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§ 好事不如無。
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ビルの合間を吹き抜ける生温い風に吹かれながら周囲に目をやるが、ここは屋上とはいえ、所詮五階建のビル。高層ビルが立ち並ぶ都心では、遠くを見渡せるわけもない。高い壁に取り囲まれているようなこの景色は、今の自分の気持ちと似ている。
以前は打ち合わせや納品が終わり中途半端に時間が空くと、この屋上で缶コーヒーを飲みながら時間つぶしをしたものだ。気候の良い季節には、山内さんとふたり、弁当を持ち込み打ち合わせをしたこともあった。
ここの社長は面白い。大きなイベント等の仕事を率先して手がけ、毎日飛び回っているのに、どこにそんな暇があるのか、この屋上に木々を配置し花壇や畑を作り、庭づくりに勤しんでいる。
「考えごと?」
木製のガーデンテーブルにコツンと音を立てて置かれた缶コーヒーに驚いて顔を上げると、私を見下ろしている山内さんがいた。その爽やかに微笑む瞳に、心の内を見透かされているような気がして、目を泳がせ視線をそらせた。
「別に何も……ただちょっとぼーっとしてただけで」
「そう? そうは見えなかったけど?」
山内さんは向かい側に座り、プシュッと音を立てて、缶コーヒーのプルタブを開け、返事のしようがなく戸惑っているその表情を読み取ろうとするが如く私の顔を覗き込む。
そんな彼の顔を漠然と見ながら、頭にひとつの疑問が浮かんだ。もしこの人だったら、何を考えどうするのだろう。訊いてみたい衝動に駆られた。
「あの……ひとつ訊いてもいいですか?」
「いいよ、なに? 僕で答えられることならなんでも訊いて」
何気ないふうを装っているつもりではあるが、多少の躊躇いは顔に出てしまったのかも知れない。山内さんは、軽い口調で了承しながらも、顔から笑みが消え、眉根に少し皺を寄せた。
「男の人は同時に複数の相手と恋愛ができるものなんですか?」
「それは……一般論として? それとも僕の考えを聞きたい?」
「どちらでもいいです」
山内さんは、少し考える素振りをしてから、ひとつ大きく息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「一般論としては簡単。人それぞれだろうね。僕としてはそうだな、同時に複数なんてあり得ない。でも、どうして急にそんなこと……やっぱり、何かあったんでしょう?」
真っ直ぐな彼の目を見ていられなくて、それとなく缶コーヒーに手を伸ばし、ひと口啜った。冷たい甘味とほろ苦さが、口中に広がる。
「このコーヒー、美味しいですね」
「こら。ごまかさない」
自分から話を振っておいて、それは無い。へへへと苦笑いしながら、どうして今この人にこんなことを訊いてしまったのだろうと、少し後悔した。
「実は……彼が、女の人と歩いているところを偶然見てしまってそれで」
「浮気されてるんじゃないかって思ったの?」
「浮気……なんですかね? でも、どっちが浮気なのやら……」
「なるほど。それで同時に複数ね」
「やだ。そんな顔しないでください。大丈夫です。そんな、大したことじゃないし……」
「その割に悲壮感漂ってるよ?」
「そんなわけ……」
コーヒーの缶を両手で握りしめ、膝の上に置いた。悲壮感なんて言われたら、自分が情けなくなってしまう。落ち込んでいるつもりはなかったのだが、そんなにわかりやすい顔をしているのだろうか。
「藤本さんって、何に対しても常に強気で白黒ハッキリしてるのかと思ってたけど、こと恋愛に関しては、意外と臆病なんだね。まぁ、僕も人のことは言えないけどさ」
「山内さん?」
「彼のこと、好きなんでしょう?」
「……はい」
山内さんは真剣な眼差しで私の目を見つめている。その瞳に今の私はどう映っているのだろう。
「僕の……話をしようか」
山内さんが、少し苦しそうに微笑んだ。
以前は打ち合わせや納品が終わり中途半端に時間が空くと、この屋上で缶コーヒーを飲みながら時間つぶしをしたものだ。気候の良い季節には、山内さんとふたり、弁当を持ち込み打ち合わせをしたこともあった。
ここの社長は面白い。大きなイベント等の仕事を率先して手がけ、毎日飛び回っているのに、どこにそんな暇があるのか、この屋上に木々を配置し花壇や畑を作り、庭づくりに勤しんでいる。
「考えごと?」
木製のガーデンテーブルにコツンと音を立てて置かれた缶コーヒーに驚いて顔を上げると、私を見下ろしている山内さんがいた。その爽やかに微笑む瞳に、心の内を見透かされているような気がして、目を泳がせ視線をそらせた。
「別に何も……ただちょっとぼーっとしてただけで」
「そう? そうは見えなかったけど?」
山内さんは向かい側に座り、プシュッと音を立てて、缶コーヒーのプルタブを開け、返事のしようがなく戸惑っているその表情を読み取ろうとするが如く私の顔を覗き込む。
そんな彼の顔を漠然と見ながら、頭にひとつの疑問が浮かんだ。もしこの人だったら、何を考えどうするのだろう。訊いてみたい衝動に駆られた。
「あの……ひとつ訊いてもいいですか?」
「いいよ、なに? 僕で答えられることならなんでも訊いて」
何気ないふうを装っているつもりではあるが、多少の躊躇いは顔に出てしまったのかも知れない。山内さんは、軽い口調で了承しながらも、顔から笑みが消え、眉根に少し皺を寄せた。
「男の人は同時に複数の相手と恋愛ができるものなんですか?」
「それは……一般論として? それとも僕の考えを聞きたい?」
「どちらでもいいです」
山内さんは、少し考える素振りをしてから、ひとつ大きく息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「一般論としては簡単。人それぞれだろうね。僕としてはそうだな、同時に複数なんてあり得ない。でも、どうして急にそんなこと……やっぱり、何かあったんでしょう?」
真っ直ぐな彼の目を見ていられなくて、それとなく缶コーヒーに手を伸ばし、ひと口啜った。冷たい甘味とほろ苦さが、口中に広がる。
「このコーヒー、美味しいですね」
「こら。ごまかさない」
自分から話を振っておいて、それは無い。へへへと苦笑いしながら、どうして今この人にこんなことを訊いてしまったのだろうと、少し後悔した。
「実は……彼が、女の人と歩いているところを偶然見てしまってそれで」
「浮気されてるんじゃないかって思ったの?」
「浮気……なんですかね? でも、どっちが浮気なのやら……」
「なるほど。それで同時に複数ね」
「やだ。そんな顔しないでください。大丈夫です。そんな、大したことじゃないし……」
「その割に悲壮感漂ってるよ?」
「そんなわけ……」
コーヒーの缶を両手で握りしめ、膝の上に置いた。悲壮感なんて言われたら、自分が情けなくなってしまう。落ち込んでいるつもりはなかったのだが、そんなにわかりやすい顔をしているのだろうか。
「藤本さんって、何に対しても常に強気で白黒ハッキリしてるのかと思ってたけど、こと恋愛に関しては、意外と臆病なんだね。まぁ、僕も人のことは言えないけどさ」
「山内さん?」
「彼のこと、好きなんでしょう?」
「……はい」
山内さんは真剣な眼差しで私の目を見つめている。その瞳に今の私はどう映っているのだろう。
「僕の……話をしようか」
山内さんが、少し苦しそうに微笑んだ。
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