40 / 83
§ ふたりの関係が変わるとき。
03
しおりを挟む
「波瑠さん、子供は好きですか?」
「はい?」
「そうですか。波瑠さんはもう三十ですから、出産年齢としては決して早くはありませんので、急ぐ必要があるでしょう。僕としては、一年後には第一子、その後、年子で三人が希望です。性別は、長女、長男、次男の順が理想的ですね」
失礼な。私はまだ二十九。三十にはなっていない。それに、なんなのだこの人は。ひとりで勝手に話を進めている。
「あの……」
「僕は、結婚後、女性は家庭に入り、夫を支え子育てをし家庭を守るべきであると考えています。また、妻として母としての務めを果たすことが、女性として正しいあり方であり、家庭円満の秘訣だと考えています。波瑠さんは今、自営業で多忙であるとお義母さんから伺いましたが、今後あなたには主に結婚準備に当たってもらわなければなりませんし、結婚後は当然、専業主婦になるのですから、仕事は、今すぐにとは言いませんが、遅くとも結納までにすべて整理し廃業してください。ちなみに、結納までの期間は、結婚式、新婚旅行、結婚後の住居その他諸々の準備に要する時間を考慮して半年と考えています。蛇足ですが、女性は結婚後も家庭での役割を果たした後であれば当然、一個人としての自主性は尊重されるべきです。事情が許す範囲内での趣味をもつことについては、僕は寛容ですのでその辺りは心配には及びません」
こいつ……頭、沸いてる。
「新居についてですが、これは、現在、敷地内に別棟を建築中で、半年後には入居可能です。家具等必要なものはそれまでの間にあなたの意見も取り入れて揃えますが、結納、結婚式、ハネムーン、住居に関しては母がすべて取り仕切りますので、母と相談し進めてください。それから、夫婦生活は週三……」
「ストップ!」
私は立ち上がって叫んだ。
「波瑠さん、今は僕があなたに話をしているのですから、最後まできちんと聞くべきじゃありませんか?」
お坊ちゃんは、私に向けて人を小馬鹿にしたような口角を少し上げただけの笑いを見せ、銀縁眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。
私は失礼なのはてめえだろうと、怒鳴りつけたい気持ちをぐっと堪え、冷淡な口調で言った。
「もう結構です。あなたの仰りたいことはわかりました。母に用事がありますので、これで失礼します」
もうこれ以上、このお坊ちゃんと同じ空気すら吸っていたくない。私はそのまま居間を出てバタンと大きな音を立て閉めたドアに寄りかかり、ふーっと大きな溜め息をついた。
廊下からダイニングキッチンを覗くと、母はひとりで手土産らしき菓子箱を前にして、ど・れ・に・し・よ・う・か・な、と唱えながら、饅頭を選んでいる。それを横目で見ながら声をかけずに通り過ぎ、階段を上がった。
二階の自室へ行き、押し入れから特大のスーツケースを取り出して床に広げ、実家に残してあるさしあたり今着られそうな衣類と、必要な本や小物類を次々乱暴に放り込んだ。
ベッドの上で丸くなって寝ていたみーさんは、そんな私に驚いて首をもたげ、目を丸くしている。
ベッドに腰をかけ、みーさんを撫でた。
「みーさん、ごめんね。お姉ちゃん、しばらく帰ってこられないわ。夜はちゃんと栞里ちゃんとねんねするのよ? 間違っても、あのオバサンと一緒に寝ちゃ駄目よ、潰されるから」
気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らすみーさんの背中を撫でながら、ベッドにゴロンと横になって引き寄せ、キスしてもらおうと顔を寄せると、代わりにカプッと齧られた。
「痛いよ……」
「はい?」
「そうですか。波瑠さんはもう三十ですから、出産年齢としては決して早くはありませんので、急ぐ必要があるでしょう。僕としては、一年後には第一子、その後、年子で三人が希望です。性別は、長女、長男、次男の順が理想的ですね」
失礼な。私はまだ二十九。三十にはなっていない。それに、なんなのだこの人は。ひとりで勝手に話を進めている。
「あの……」
「僕は、結婚後、女性は家庭に入り、夫を支え子育てをし家庭を守るべきであると考えています。また、妻として母としての務めを果たすことが、女性として正しいあり方であり、家庭円満の秘訣だと考えています。波瑠さんは今、自営業で多忙であるとお義母さんから伺いましたが、今後あなたには主に結婚準備に当たってもらわなければなりませんし、結婚後は当然、専業主婦になるのですから、仕事は、今すぐにとは言いませんが、遅くとも結納までにすべて整理し廃業してください。ちなみに、結納までの期間は、結婚式、新婚旅行、結婚後の住居その他諸々の準備に要する時間を考慮して半年と考えています。蛇足ですが、女性は結婚後も家庭での役割を果たした後であれば当然、一個人としての自主性は尊重されるべきです。事情が許す範囲内での趣味をもつことについては、僕は寛容ですのでその辺りは心配には及びません」
こいつ……頭、沸いてる。
「新居についてですが、これは、現在、敷地内に別棟を建築中で、半年後には入居可能です。家具等必要なものはそれまでの間にあなたの意見も取り入れて揃えますが、結納、結婚式、ハネムーン、住居に関しては母がすべて取り仕切りますので、母と相談し進めてください。それから、夫婦生活は週三……」
「ストップ!」
私は立ち上がって叫んだ。
「波瑠さん、今は僕があなたに話をしているのですから、最後まできちんと聞くべきじゃありませんか?」
お坊ちゃんは、私に向けて人を小馬鹿にしたような口角を少し上げただけの笑いを見せ、銀縁眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。
私は失礼なのはてめえだろうと、怒鳴りつけたい気持ちをぐっと堪え、冷淡な口調で言った。
「もう結構です。あなたの仰りたいことはわかりました。母に用事がありますので、これで失礼します」
もうこれ以上、このお坊ちゃんと同じ空気すら吸っていたくない。私はそのまま居間を出てバタンと大きな音を立て閉めたドアに寄りかかり、ふーっと大きな溜め息をついた。
廊下からダイニングキッチンを覗くと、母はひとりで手土産らしき菓子箱を前にして、ど・れ・に・し・よ・う・か・な、と唱えながら、饅頭を選んでいる。それを横目で見ながら声をかけずに通り過ぎ、階段を上がった。
二階の自室へ行き、押し入れから特大のスーツケースを取り出して床に広げ、実家に残してあるさしあたり今着られそうな衣類と、必要な本や小物類を次々乱暴に放り込んだ。
ベッドの上で丸くなって寝ていたみーさんは、そんな私に驚いて首をもたげ、目を丸くしている。
ベッドに腰をかけ、みーさんを撫でた。
「みーさん、ごめんね。お姉ちゃん、しばらく帰ってこられないわ。夜はちゃんと栞里ちゃんとねんねするのよ? 間違っても、あのオバサンと一緒に寝ちゃ駄目よ、潰されるから」
気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らすみーさんの背中を撫でながら、ベッドにゴロンと横になって引き寄せ、キスしてもらおうと顔を寄せると、代わりにカプッと齧られた。
「痛いよ……」
0
お気に入りに追加
379
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる