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§ 命運

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 押し入れの下段にぎっしりと詰め込まれた段ボール箱や半透明の衣装箱。その中身ももちろんぎっしりと、『皆の愛』が詰め込まれている。

「これでも時間があるときに少しずつ仕分けはしてるのよね。ぜんぜん追いつかないんだけど」

 茫然とした克巳は、大量の子ども用品と苦笑いする亜弥とを見比べて、「すごいな」と言葉を漏らした。

 押し入れから引っ張り出したそれらを広げた中央へと腰を下ろした亜弥は、贈答用の箱を開け、白い御包みと小さな兎のぬいぐるみを手に取る。

 フワフワのタオル地でできたこの兎はきっと、産まれてくる子どものお気に入りになるだろう。

 握って振ればカラカラと音がする色鮮やかな玩具で遊ぶこの子は、どんなふうに笑うのだろうか。

 亜弥の隣に座り込み、腰を抱き寄せた克巳が、未だ膨らんでもいない亜弥の下腹部に触れると、克巳の肩に身体を預けた亜弥が、その甲に手を重ね、細い指を絡めた。

「ねえ克巳くん。わたし、ここでこの子を産んで育てたいの。海があって、空気が気持ちよくて、食べ物もおいしくて、子どもを育てるにはとてもいい環境でしょう? もちろん仕事もね、続けたいの」

 黙って亜弥の話に耳を傾けている克巳は、なにを思うのだろう。反応の無さに不安を感じた亜弥は、更に饒舌になる。

「そりゃはじめのうちは慣れなくて大変だったけど、いまはやり甲斐もあるし、楽しいの。休みはきちんともらえるし、残業もほとんど無いから、育児とだって両立できると思う。それに、女将さんもそうしなさいって言ってくれてるし、職場の先輩たちの応援も……この子のための大荷物を見ればわかるよね? って、これって、我が侭かな? ねぇ? なんでなんにも言ってくれないの?」

 返事を強請るように見上げた亜弥は、克巳の意図を一瞬のうちに理解し、頬を膨らませた。

「いじわるね。人のこと揶揄って……」

「揶揄っていないさ。ただ、亜弥が俺に願い事するの、二度目だなって」

 克巳は何処か遠くを眺めるような目をして、ふっと笑った。

「二度目?」

「前に俺の部屋に来たがっただろ?」

「あ……」

 十七歳の誕生日前日、桃子に協力を仰ぎ両親に嘘まで吐いて、決死の覚悟で克巳に抱かれたあの日。

 そして——。

 十年も前のあの日が、昨日のことのように思い出され、亜弥の表情が曇る。

「……わるい。辛いことを思い出させてしまった」

 労るように包み込む克巳の腕の中で、亜弥は小さく首を左右に振った。

 初めての体験に浮かれ舞い上がった次の瞬間には、両親を失いどん底へと突き落とされた。辛い痛みに耐え、苦しみを心の奥に押し込め、死んだように生きて来た。

 そんな孤独な時間がいつのまにか過去になり、いまは幸せだと思える日々を過ごしている。

「いいの。大丈夫」

 どんなに過去を嘆いても、失ったものは二度と取り戻せはしない。

 けれども、楽しかった思い出までが消えてしまったわけではないし、新に得たものもたくさんあるのだ。亜弥は小さな兎を振って見せた。

「家を、買うか。俺たちの」

「い、家って……そんな贅沢な!」

 唐突な克巳の言葉に、亜弥は狼狽えた。

「贅沢じゃないだろ? 住むところは必要だ」

「え、だって、いまだってべつに不自由しているわけじゃ……」

「……あのなぁ」

 呆れたように大きな溜息をついた克巳が、背を丸めて亜弥の顔を覗き込む。

「おまえと子どもはここでぬくぬくいい思いして、俺だけ仲間外れかよ」

 ホテル暮らしは侘しいんだぞ、と、凄む克巳に、そうじゃなくて、と、言いかけた口を塞がれる。

 下唇を強く吸い上げられ、咎めるように滑り込んだ克巳の舌が、亜弥の口腔を舐めまわした。

「ばか……」

 瞼を閉じて唇を寄せる克巳の表情を見れば、何故か笑いが込み上げてきて口の中でクスクスと笑う。

「笑うな。集中しろ」

 頬に添えられた無骨な手が熱い。

 瞼を閉じれば、意識は深く沈み込み、甘やかな吐息に呑み込まれる。

「愛してるよ。亜弥」

「わたしも。愛してる」

 顔に掛かる息が擽ったい。

 額を合わせて見つめ合うふたりは、微笑みに彩られる唇をどちらからともなくふたたび重ね合わせた。



 了



 最後までお付き合いありがとうございました( ´ ▽ ` )



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