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§ 密事 *

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 脱ぎ捨てられるTシャツ。晒される筋肉質な上体。

 ジーンズのジッパーを下ろし、下着ごと潔く脱ぎ捨てて一糸まとわぬ姿になれば、取り除かれた衣類の果てにあるそれが、亜弥の目の前に聳り立つ。

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 釘づけられたまん丸の目が、亜弥の本能を呼び覚ます。身体が理性を無視して生唾を呑み込んだ。

「見られるって、‘案外恥ずかしいもんだな」

 見開いた目でそれを凝視する亜弥に、克巳は苦笑する。

 そうでしょう。そうでしょう。

 平時なら勝ち誇るように笑い胸を張る亜弥が、そんな言葉すら浮かばないほどに動転していた。

「触ってみる?」

 言葉が亜弥の頭上を滑る。意識を向ける間もなく、亜弥の手が導かれた。触れた途端、ぴくり、と、それが動く。

「うわっ? えっ?」

 ぐっとそれを握らされる。手の甲を覆う克巳の大きな手が、逃げたがる亜弥を許してくれない。

 熱く、硬く、滑らかで不思議な感触。はじめて触れる男性のそれは、まるで特別な意思を持つ生き物のように、亜弥の手の中で息づいていた。

「苦しそう? 痛くはないの?」

「ああ」

 亜弥だとていっぱしの女子高生だ。実体験はなくとも、ある程度の情報くらいは知っている。

 この状態がなにを指し示すのか。この状態の男性がなにを渇望しているのか。張り詰めたそれの持ち主である克巳は、どんな心地がしているのだろう。

 それでも、女の自分に感じ取ることができない男性の生理を、亜弥は不思議に思う。

「う……」

 マジマジと観察しているうちに、つい指に力が入ってしまった。克巳が反射的に呻き、腰を引く。

「あ、ごめんなさい……痛かった?」

 不安げに瞳を揺らす亜弥を落ち着かせるように、克巳は亜弥の髪を撫でて言う。

「いや。でも、これ以上刺激したら、押し倒してこのまま入れちまいたくなる」

「押し、倒す……」

「うん。だけど、がっついたら嫌われるって言われたから……その、女の子のはじめては、一生忘れられない思い出なんだってさ。だから、壊れ物を扱うようにやさしくしろって」

「それ、誰に言われたの?」

「ウチの事務員のおばさん。でも、だめだよな。そんなこと言われても返って緊張してどうしたらいいのかわかんねぇ」

 克巳だって同じ。緊張しているのだ。その気持ちを知り、亜弥は自然と肩の力が抜けてくる。

「あ、やばい、忘れてた。ちょっと待ってろ」

 突然立ち上がった克巳は、全裸のまま本箱を漁りだした。

「克巳くん?」

「あった。これだ」

 なにを探しているのかと問う前に、所々色褪せた黒いベルベットの小箱を押し付けられた亜弥は、意味がわからず克巳の言葉を待つ。

「誕生日だろ。おまえにやる」

「え? なんで知って……」

「決まってるだろう? 桃子だ」

 プレゼントをくださいと要求しているようで嫌だ。そう思った亜弥は、誕生日が目前に迫っていることを、克巳に告げていなかったのに。

 誕生日プレゼントを渡されるなんてサプライズは、想像すらしていなかった。

 まじで、桃ちゃん、ぐっじょぶ。

「ねえ、中、見てもいい?」

「うん」

 亜弥は恭しく箱を開けば、小さな赤い石のペンダントトップが、蛍光灯に照らされて輝いている。

「……かわいい。ありがとう」

 嬉しさに気持ちが高ぶった亜弥は、開いている片腕を克巳の首に回して背を伸ばし、自ら克巳の唇に唇を押し付けた。

「そんなに喜ばれるとこまるな。たいしたもんじゃないのに」

「そんなことないよ。ありがとう。すごく嬉しい」

 瞼を閉じ、今一度重ねた唇から、ふたりの熱が混ざり合い溶けていく。

「亜弥、好きだ」

「わたしも。大好き」

 背に触れるひんやりとしたシーツ。触れ合う素肌は、火が付いたように熱い。流れる汗。唇の端から漏れる甘やかな吐息。荒い息づかいと水音が、亜弥の脳裏に響く。

 心の隅に残っていた羞恥や恐怖はいつしか消え去り、亜弥は克巳に求められるまま翻弄され、身体ごと愛される悦びに呑み込まれた。

 もう二度と戻らない、あの夏の日。

 あの人はいま、何処でなにをしているのだろう。

 ブラウスの上から、胸元の赤い石をそっと握ってみる。
 敦史に誘われた誕生日のあの日から、亜弥の頭に浮かぶのは、克巳のことばかりだった。



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