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§ 魯肉飯

閨蜜の二

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 ぽってりと唇を彩るピンクベージュのルージュを筆頭に、コスメを次から次へと試してはお買い上げしていく。
 わたしはもとより、一緒に燥いでいた買い物好きのアマンダまでもが疲れを見せたころ、やっと地下のフードコートで遅い夕食にありつけた。
 閉店間際までお喋りに花を咲かせて店を出て、途中、コンビニでスナック菓子とビールを調達。曉慧の家へ帰り着いたときにはすでに、午後十時をとっくに回っていた。

 パジャマにガウン姿で出迎えてくれた曉慧のお母さんへの挨拶もそこそこに、忍び足で曉慧の部屋への階段を上がる。部屋へ入り荷物を下ろすと同時に、アマンダとふたり床にへたり込んだ。

「はぁ、疲れたー。こんなに歩き回ったのって、ひさしぶりかも」

 アマンダがスリッパを放りだし、脹脛を揉んでいる。

「情けないわね、これくらいなによ」

 曉慧はどっかりとソファに座り込み、早速ビールのプルタブを開け、ポテトチップスの袋をバリバリと破いている。ここまで機嫌の悪い彼女は、知り合ってこの方、記憶にない。

「ねえ、曉慧。今日はどうしたの? もしかして、篠塚さんとなにかあったとか?」

 一瞬、缶を口から離してアマンダを睨んだ曉慧が、なにかと決別するようにビールを一気に煽った。

 まずい。アマンダってば、単刀直入すぎる。

「ちょ……曉慧、やめなよ! そんな飲み方」

 慌てて体を起こして手を伸ばし、曉慧の手から缶を奪い取ったが、中身はすでに空。俯いた曉慧は、いまにも泣きそうに表情を歪め、両手で顔を覆った。

「曉慧? いったいどうしちゃったのよ?」
「ねえ?」

 ビール缶をテーブルに置いて隣に座り、宥めるように曉慧の肩を抱く。アマンダも心配そうに下から顔を覗き込んでいる。
 しばらくして顔から手を離した曉慧は、ひとつ大きなため息をついて顔を上げ、重い口を開いた。

「修哥とね、話したんだ……」
「篠塚さんと?」
「……結論から言うとね、これからもいいお友だちでいましょう、ってこと。かな」

 てっきり泣いていると思ったのに、顔を上げた曉慧の目に涙はなかった。

「うそ?」
「友だちって、なにそれ?」
「なんでそんなことになってるの?」

 アマンダもわたしも、ふたりの気持ちを知っている周囲の人たちも、てっきり曉慧と篠塚さんはうまくいくものだと思っていたのに。

「私の気持ちも伝えたし、修哥も誠実に話してくれたの。そのうえで、お互いの状況を考えたら、やっぱりいまの関係以上にならないほうがいいって、結論に達したってことよ」

 無理矢理作った曉慧の笑顔が、痛々しい。

「お互い好き同士なのに? それなのに、なんでそんな結論になっちゃうの?」
「曉慧は、本当にそれでいいの?」
「だってしょうがないじゃない? 修哥の生活基盤は日本だし、私は私でこっちに仕事も家もあるんだしさ。もし付き合うことになっても、いずれは遠距離確定だし……」
「そんな理由なの? そんな理由で諦めちゃうわけ?」

 アマンダが食い下がる。わたしも同意。

 恋愛って、仕事でも生活でも、障害はお互いの気持ちをひとつにして、乗り越えるものじゃないの?

「私だってものすごく考えたのよ。でも、お互い譲れないものがあるのよね。それに私、修哥の負担にだけはなりたくないしさ。ま、縁がなかったのよ」

 縁がなかったって——そんな言葉ひとつで割りきれるものなの?

 面と向かって口にできない言葉が、もやもやと頭のなかに浮かんでは消える。

「さてっと。報告はこれでおしまい! 今日はふたりとも、失恋したかわいそうな親友に付き合ってくれるんでしょ。飲もう?」

 曉慧がアマンダの肩を力強く叩いた。

「よし、わかった。飲もう!」

 これ以上なにを言っても無駄と、アマンダは結論づけたようだが。本当にそれでいいのか。

「ほら、小鈴も」
「う、うん」

 二缶目のビールを高々と掲げる曉慧に倣い、わたしとアマンダもビールの缶を手に取った。音頭を取る曉慧が「失恋に乾杯!」と、わたしたちのビールにガチャガチャ缶をぶつけ、一気に煽る。

 酒に酔い、たとえ一時的にでも辛さを忘れられるなら、それもいい。わたしもごくごくと喉を鳴らした。

 スナック菓子とビールって、なんて罪作りなんだろう。遅い夕飯をそれなりにではあるがしっかり食べたのに、これは別腹らしい。

 帰りがけに仕入れた六本パックふたつは疾うに握りつぶされ、スナック菓子の空き袋と一緒にゴミ箱に沈んだ。

 酒が切れた飲み足りない、と、三人で階下へ下り、キッチンを物色し、冷蔵庫から発掘した、きっと誰かの取って置きであろうチーズをつまみに、白ワインであらためて乾杯する。
 もともとお酒にさほど強くない曉慧はそこまでで撃沈。いまはベッドで夢のなかだ。

「泣くかと思ってたけどね……」
「泣きたくないから飲んだんでしょ!」

 アマンダのグラスにワインを注ぐ。
 そうだねと頷きつつも内心では、泣けばいいのに、と、思う。
 曉慧は、我慢強い。人に弱みを見せないし、なんでもひとりで抱え込む。けれども。

「本当にいいのかな?」

 寝顔を眺め、つい本音がぽろっと口から溢れてしまった。

「いいわけないでしょう? あたしは納得してないよ」
「オレも。納得できないな」
「やっぱりそうだよね。いいわけないよね……」
 ——でも、恋愛は当人同士のことだからなあ。

「だいたいこいつはさ、ホントはわがままお嬢のくせに、外面がよすぎなんだよ」
「なにが譲れないものよ? なにが生活基盤よ? 修のこと好きなくせに大人ぶっちゃってさ。気持ちは二の次だなんて、そんなのおかしいわよ。恋愛ってそんなもんじゃないでしょう?」
「そうだよねぇ……」
 ——本当にそう。人の心配ばかりして、自分は後回しなんだから。

「遠距離だからなんだっていうの? そんなのお互いの気持ちさえしっかりしてればいいことだし、どうにでもなるじゃない」
「うん」
「修だってそうよ。男だったらもっとガンガン攻めるべきじゃない? 小鈴もそう思うでしょう?」
「オレだって『過去、現在、未来永劫、生まれ変わってもあんただけは、ない!』じゃなくて『いいお友だちでいましょう』って言われてみたかったよ」
「それは……日頃の行いのせいでしょ」
 ——そこまで手酷く振られても『いいお友だち』って、あ、だから腐れ縁なのか。

「なあに?」

 アマンダに不思議そうな目を向けられ気づく。いまのは?

「え? あ?」
 ——ちょっと! いつの間にカイくんが参加してるのよ?

 酔っ払いに睨まれたって怖くもない、と、カイくんが意地悪げに笑い舌を出した。
 憎らしい奴。

「だよねー。笑っちゃうよねー。ホント、まどろっこしくて嫌になっちゃうよ」

 話がすれ違っていることに気づかぬアマンダも、いい具合にできあがって、抱いた膝に顎を乗せ、半分目を閉じている。

「ハハハッ。こいつもそろそろ限界だな」

 わたしだって『いろいろな意味で!』もう限界。グラスの底に残っていたワインを一気に喉へ流し込んだ。

 じき夜が明ける。明日の授業は、ふたりしてサボり決定だ。


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