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§ 天空碧
冥婚の二
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「あ!」
「小鈴!」
わたしの両側を歩く曉慧とアマンダが、躓き転びそうになったわたしの両腕を引き上げ、がっちりと支え直してくれる。
「小鈴、大丈夫?」
「うん、ごめん。大丈夫」
足元を確認し、緊張に震える足を踏みしめた。
頭を上げればそこに見えるのは、淡いピンク色のアレンジメントフラワーで飾りつけられた美しい祭壇。その向こう、正面の壁には、同系色の薔薇で縁取られたカイくんとわたしのウエディングフォトが見える。
祭壇の前に安置されている白い棺。その中で、純白のタキシードを身に纏った新郎のカイくんが、わたしを待っている。
ウエディングドレス姿のわたしは、すすり泣く人々に見守られながら、祭壇までの道程をゆっくりと進んだ。
棺の真横で足を止め、眠るカイくんを覗き込む。その寝顔は、いま行われているこの儀式の意味を理解しているかのように、微笑んでいた。
そっと手を伸ばし、その頬に触れてみる。ひんやり冷たいその温度に、わたしは否応なしにこの現実を思い知らされる。
わたしの首元で揺れるペンダントトップが、体の動きに合わせてチリチリと音を立てた。
カイくんの遺品を整理していた林媽媽が、彼が最後に着ていたジャケットの内ポケットからこのペンダントを見つけたのは、事故から二週間ほどのちのことだった。
華奢な長方形のケースの中で艶めく、澄み切った青空色のペンダントトップ。
添えられていたカードに書かれた文字を読んだ林媽媽は、カイくんがかわいそうで涙が止まらなかった、と、わたしを抱き締めて泣いた。
知らなかった。カイくんが、わたしを好きだったなんて。
林媽媽からカイくんの気持ちを告げられるまで、カイくんは曉慧と付き合っているのだと思っていた。まさか、とっくの昔に振られていただなんて。信じられない。あんなに仲よしだったのに。
「カイくん、ごめんね」
——あきらめが早くて。
わたしがもっと早くカイくんの気持ちを知っていたら、現在も未来も変わっていたのだろうか。
大雨のときは、バイクに乗らないでって、あれほど言ったのに。
誕生日のプレゼントなんて、要らなかったのに。
あの日、約束なんてしていなければ。
迎えを断っていれば。
どんなに後悔しても、カイくんの笑顔は、もう二度と見られない。
一呼吸置いて背筋を伸ばし、祭壇に一礼して振り返る。
ハート型の風船を手に集う人々に、深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。
最前列に座っている林媽媽が、真っ赤に泣き腫らした目元をハンカチで押さえ、泣き笑いしながら、うんうんとわたしに何度も頷いている。
林媽媽に頷き返し、姿勢を正した。
「みなさま、本日は、お集まりくださり、ありがとうございます。みなさまのご祝福のもと、林旭海と、わたし、林美鈴は、この婚姻の儀をもって夫婦となりました——」
指輪も婚姻証も無い形だけの儀式だけれど、わたしやみんなの気持ちはきっと、カイくんに届いているはずだ。
宣誓を終えて結んだ唇が震え、堪えていた涙が溢れる。
曉慧もわたしの首にすがりついて嗚咽を漏らし、声を上げて泣くわたしたちふたりを、アマンダが泣きながら抱き締めてくれた。
冥婚——。
それは、若くして亡くなった独身の死者が、あの世で寂しい思いをしないよう、生者、あるいは死者との婚礼儀式を執り行う、華人世界に古くから伝わる風習であるという。
通常は、恋人が。恋人がいない、または、事情がある場合には、親しい友人有志。それをも叶わないときにはなんと、お金を入れた紅い封筒を道端に置き、拾った人が伴侶役となるのだそう。
そんなことが本当に行われているのか。
少なくともわたしがこちらへ来て以降、実際に見たことも聞いたこともなかった。
カイくんのわたしへの想い。それは、家族の希望でもあったのだと聞かされてしまったわたしは、林媽媽の「形だけでも成就させてやりたいから、協力してほしい」との願いを二つ返事で引き受けた。そうして、葬儀は急遽、婚姻儀式へと様変わりしたのだった。
わたしの向かい側、林媽媽の隣には、大きなお腹を庇いつつ林媽媽の肩を抱くカイくんのお姉さん、芙蓉姐と、その旦那さんである詠哥。わたしの両横には、ブライズメイドの曉慧とアマンダ。棺の足元には、カイくんの親友たちがいる。
みんなが棺を囲み、泣き、笑い、口々に祝福し、永遠の別れを惜しんでいる。
「カイくん、ありがとう——どうか安らかに」
わたしもそっと最後のお別れを囁いた。
「小鈴!」
わたしの両側を歩く曉慧とアマンダが、躓き転びそうになったわたしの両腕を引き上げ、がっちりと支え直してくれる。
「小鈴、大丈夫?」
「うん、ごめん。大丈夫」
足元を確認し、緊張に震える足を踏みしめた。
頭を上げればそこに見えるのは、淡いピンク色のアレンジメントフラワーで飾りつけられた美しい祭壇。その向こう、正面の壁には、同系色の薔薇で縁取られたカイくんとわたしのウエディングフォトが見える。
祭壇の前に安置されている白い棺。その中で、純白のタキシードを身に纏った新郎のカイくんが、わたしを待っている。
ウエディングドレス姿のわたしは、すすり泣く人々に見守られながら、祭壇までの道程をゆっくりと進んだ。
棺の真横で足を止め、眠るカイくんを覗き込む。その寝顔は、いま行われているこの儀式の意味を理解しているかのように、微笑んでいた。
そっと手を伸ばし、その頬に触れてみる。ひんやり冷たいその温度に、わたしは否応なしにこの現実を思い知らされる。
わたしの首元で揺れるペンダントトップが、体の動きに合わせてチリチリと音を立てた。
カイくんの遺品を整理していた林媽媽が、彼が最後に着ていたジャケットの内ポケットからこのペンダントを見つけたのは、事故から二週間ほどのちのことだった。
華奢な長方形のケースの中で艶めく、澄み切った青空色のペンダントトップ。
添えられていたカードに書かれた文字を読んだ林媽媽は、カイくんがかわいそうで涙が止まらなかった、と、わたしを抱き締めて泣いた。
知らなかった。カイくんが、わたしを好きだったなんて。
林媽媽からカイくんの気持ちを告げられるまで、カイくんは曉慧と付き合っているのだと思っていた。まさか、とっくの昔に振られていただなんて。信じられない。あんなに仲よしだったのに。
「カイくん、ごめんね」
——あきらめが早くて。
わたしがもっと早くカイくんの気持ちを知っていたら、現在も未来も変わっていたのだろうか。
大雨のときは、バイクに乗らないでって、あれほど言ったのに。
誕生日のプレゼントなんて、要らなかったのに。
あの日、約束なんてしていなければ。
迎えを断っていれば。
どんなに後悔しても、カイくんの笑顔は、もう二度と見られない。
一呼吸置いて背筋を伸ばし、祭壇に一礼して振り返る。
ハート型の風船を手に集う人々に、深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。
最前列に座っている林媽媽が、真っ赤に泣き腫らした目元をハンカチで押さえ、泣き笑いしながら、うんうんとわたしに何度も頷いている。
林媽媽に頷き返し、姿勢を正した。
「みなさま、本日は、お集まりくださり、ありがとうございます。みなさまのご祝福のもと、林旭海と、わたし、林美鈴は、この婚姻の儀をもって夫婦となりました——」
指輪も婚姻証も無い形だけの儀式だけれど、わたしやみんなの気持ちはきっと、カイくんに届いているはずだ。
宣誓を終えて結んだ唇が震え、堪えていた涙が溢れる。
曉慧もわたしの首にすがりついて嗚咽を漏らし、声を上げて泣くわたしたちふたりを、アマンダが泣きながら抱き締めてくれた。
冥婚——。
それは、若くして亡くなった独身の死者が、あの世で寂しい思いをしないよう、生者、あるいは死者との婚礼儀式を執り行う、華人世界に古くから伝わる風習であるという。
通常は、恋人が。恋人がいない、または、事情がある場合には、親しい友人有志。それをも叶わないときにはなんと、お金を入れた紅い封筒を道端に置き、拾った人が伴侶役となるのだそう。
そんなことが本当に行われているのか。
少なくともわたしがこちらへ来て以降、実際に見たことも聞いたこともなかった。
カイくんのわたしへの想い。それは、家族の希望でもあったのだと聞かされてしまったわたしは、林媽媽の「形だけでも成就させてやりたいから、協力してほしい」との願いを二つ返事で引き受けた。そうして、葬儀は急遽、婚姻儀式へと様変わりしたのだった。
わたしの向かい側、林媽媽の隣には、大きなお腹を庇いつつ林媽媽の肩を抱くカイくんのお姉さん、芙蓉姐と、その旦那さんである詠哥。わたしの両横には、ブライズメイドの曉慧とアマンダ。棺の足元には、カイくんの親友たちがいる。
みんなが棺を囲み、泣き、笑い、口々に祝福し、永遠の別れを惜しんでいる。
「カイくん、ありがとう——どうか安らかに」
わたしもそっと最後のお別れを囁いた。
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