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§ 貴方の傍にいるだけで
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「週末でよかったな」
翌朝、といってもお日様が天頂に差し掛かる頃、全身のだるさと筋肉痛に呻き、起き上がれずに悪態をつく私に向けて、亮が言い放った。
ダイニングからは淹れたてのコーヒーと、テーブルに並べられているであろう朝食の香りが漂っている。誰のせいでこうなっているのだ、と、ぶつぶつ文句を並べても、さも楽しそうに笑われるばかり。
ベッドから離れることを許された、久々の休日。上げ膳据え膳は相変わらずで、もちろん漏れ無くお小言付きだ。
膝にはまだ薄く痣が残っているけれど、もう痛みはない。食欲もあり、食事をしっかり取った上で、おやつに大福をひとつ食べきれるほどに回復した。この分なら週明けには問題なく仕事に行かれるだろう。
久しぶりにゆったりと流れる時間。暇に飽かしてネット配信のテレビドラマも観た。付き合いだしてからかなりの時間が経ったが、亮と一緒にドラマを観るのは初めてで。当然の如く私の好みを一切考慮せず選ばれた番組はなんと、連続猟奇殺人モノ。
まさかこんなジャンルを好むなんて。思いも寄らない幸運にほくそ笑みながらも、自分の趣味を知られていないのをいいことに「恋人と肩を寄せ合って観るようなドラマじゃないんじゃないの?」と、自分をきれいに棚に上げて文句を言った。
珍しく私より先に眠りにつき、規則正しい寝息を立てている亮の顔を眺める。目元には薄らと隈が。顎のラインも少しシャープになった。普段の生活にプラスして私の世話と付き合わされる我が侭で疲れているのだろう。申し訳なくて、胸が痛む。
ぽつりぽつりと語り合う過去のできごとは、晩酌の共。もちろん私は匂いだけの反省と摂生が強要されるわけで。いつかきっと一杯くらい許してもらえる日が来る、と、微かな野望でももたないと、こればっかりはやっていられない。
「おまえ、それ……本気か?」
出勤用に身支度を終え、寝室から出てきた私を見て、亮が目を丸くした。
『他人は他人。おまえはおまえ。他人の分まで責任感じて自分を責める必要なんてないんだ。自由になればいい。おまえはもうひとりじゃないんだからな』
ベッドの中で偉そうに説教されたから、心を入れ替えたのに。その張本人が驚くなんて。亮の反応がおかしくて、つい笑ってしまった。
今日からは偽らず隠さず。いつでもありのままの自分でいる。顔に痣も雀斑も描かないし、敢えて地味な服装も止めだ。言いたいことを言い、やりたいようにやる。当然、すべてが思い通りにできるなんて思っていない。迷い悩み、嫌な思いもたくさんするだろう。けれども。
私の隣には、亮がいてくれるのだ。この人の傍で、私は私らしくいたいと思った。
「どこかおかしい?」
「いや、どこもおかしくはないが……」
顎に手を当て、渋い顔でうんうん唸っている亮の膝に乗り、首に腕を回す。
「おかしくないなら、なんなの?」
ちゅっと唇が触れるだけのキスをして、離れていった顔を至近距離から覗き込む。
「べつに……なにってわけじゃないが」
「なによ? はっきり言えばいいじゃない」
奥歯に物が挟まったようなもやもやした態度が焦れったい。
「いや、昨日の今日で思い切ったものだと、感心しているだけだよ」
その口ぶりは、感心している、じゃなくて呆れているって言いたそうな。
「私の負けだもの。潔いでしょう?」
「負け?」
「うん、私の負け。賭けをしたの、忘れちゃった?」
「あぁ……そうか、そんなこともあったな」
忘れてなんかいないくせに惚けちゃって。顔を見合わせ、ふたり同時に、にやりと笑う。
あれからほんの数ヶ月しか経っていないのに、もう遠い昔のように感じる。
カフェバーで飲んで目が覚めたら隣に寝ていた見ず知らずの男。仕事先で再会し、半ば脅しのように賭けを強要され——あの先にこんなに幸せな未来が待っていたなんて。
「さて、行くか」
「うん。のんびりしていたら遅刻しちゃう」
「戸締まり確認してくるから、先に靴を履いて待っていなさい」
玄関を出る前にもう一度、行ってきますと唇を合わせた。
「亮」
「ん?」
「愛してる」
「ああ。俺も。愛しているよ」
ドアを開けると流れ込んでくる冷たい空気。亮の手に自分の手を滑り込ませて道を歩きながら、暑さの残る雨上がりのあの朝を思い出していた。
翌朝、といってもお日様が天頂に差し掛かる頃、全身のだるさと筋肉痛に呻き、起き上がれずに悪態をつく私に向けて、亮が言い放った。
ダイニングからは淹れたてのコーヒーと、テーブルに並べられているであろう朝食の香りが漂っている。誰のせいでこうなっているのだ、と、ぶつぶつ文句を並べても、さも楽しそうに笑われるばかり。
ベッドから離れることを許された、久々の休日。上げ膳据え膳は相変わらずで、もちろん漏れ無くお小言付きだ。
膝にはまだ薄く痣が残っているけれど、もう痛みはない。食欲もあり、食事をしっかり取った上で、おやつに大福をひとつ食べきれるほどに回復した。この分なら週明けには問題なく仕事に行かれるだろう。
久しぶりにゆったりと流れる時間。暇に飽かしてネット配信のテレビドラマも観た。付き合いだしてからかなりの時間が経ったが、亮と一緒にドラマを観るのは初めてで。当然の如く私の好みを一切考慮せず選ばれた番組はなんと、連続猟奇殺人モノ。
まさかこんなジャンルを好むなんて。思いも寄らない幸運にほくそ笑みながらも、自分の趣味を知られていないのをいいことに「恋人と肩を寄せ合って観るようなドラマじゃないんじゃないの?」と、自分をきれいに棚に上げて文句を言った。
珍しく私より先に眠りにつき、規則正しい寝息を立てている亮の顔を眺める。目元には薄らと隈が。顎のラインも少しシャープになった。普段の生活にプラスして私の世話と付き合わされる我が侭で疲れているのだろう。申し訳なくて、胸が痛む。
ぽつりぽつりと語り合う過去のできごとは、晩酌の共。もちろん私は匂いだけの反省と摂生が強要されるわけで。いつかきっと一杯くらい許してもらえる日が来る、と、微かな野望でももたないと、こればっかりはやっていられない。
「おまえ、それ……本気か?」
出勤用に身支度を終え、寝室から出てきた私を見て、亮が目を丸くした。
『他人は他人。おまえはおまえ。他人の分まで責任感じて自分を責める必要なんてないんだ。自由になればいい。おまえはもうひとりじゃないんだからな』
ベッドの中で偉そうに説教されたから、心を入れ替えたのに。その張本人が驚くなんて。亮の反応がおかしくて、つい笑ってしまった。
今日からは偽らず隠さず。いつでもありのままの自分でいる。顔に痣も雀斑も描かないし、敢えて地味な服装も止めだ。言いたいことを言い、やりたいようにやる。当然、すべてが思い通りにできるなんて思っていない。迷い悩み、嫌な思いもたくさんするだろう。けれども。
私の隣には、亮がいてくれるのだ。この人の傍で、私は私らしくいたいと思った。
「どこかおかしい?」
「いや、どこもおかしくはないが……」
顎に手を当て、渋い顔でうんうん唸っている亮の膝に乗り、首に腕を回す。
「おかしくないなら、なんなの?」
ちゅっと唇が触れるだけのキスをして、離れていった顔を至近距離から覗き込む。
「べつに……なにってわけじゃないが」
「なによ? はっきり言えばいいじゃない」
奥歯に物が挟まったようなもやもやした態度が焦れったい。
「いや、昨日の今日で思い切ったものだと、感心しているだけだよ」
その口ぶりは、感心している、じゃなくて呆れているって言いたそうな。
「私の負けだもの。潔いでしょう?」
「負け?」
「うん、私の負け。賭けをしたの、忘れちゃった?」
「あぁ……そうか、そんなこともあったな」
忘れてなんかいないくせに惚けちゃって。顔を見合わせ、ふたり同時に、にやりと笑う。
あれからほんの数ヶ月しか経っていないのに、もう遠い昔のように感じる。
カフェバーで飲んで目が覚めたら隣に寝ていた見ず知らずの男。仕事先で再会し、半ば脅しのように賭けを強要され——あの先にこんなに幸せな未来が待っていたなんて。
「さて、行くか」
「うん。のんびりしていたら遅刻しちゃう」
「戸締まり確認してくるから、先に靴を履いて待っていなさい」
玄関を出る前にもう一度、行ってきますと唇を合わせた。
「亮」
「ん?」
「愛してる」
「ああ。俺も。愛しているよ」
ドアを開けると流れ込んでくる冷たい空気。亮の手に自分の手を滑り込ませて道を歩きながら、暑さの残る雨上がりのあの朝を思い出していた。
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