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§ 貴方の傍にいるだけで
03
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「ああ、白石、ありがとう。助かったよ」
「あ、いえ、あの……」
「あとは俺が付いているから、白石はもう会社へ戻りなさい」
「あ、だったら私も……」
やり残している仕事があるし、と、起き上がりかけたところで、亮の手が私の肩を押さえた。
「おまえは寝ていなさい」
聞いたことのない低い声。優しかった瞳も別人のように鋭くなっている。
「で、でも」
「でもじゃない! さっき俺が説明したのをもう忘れたのか? おまえはこんな状態で仕事ができるとでも思っているのか?」
「それは……そのぉ」
「そもそもおまえ、この一週間なにをやっていたんだ? ろくに飯も食っていないだろう? そうだな?」
「え、っと……」
やはり、お説教が爆裂。うっかりスイッチを押してしまったらしい。
「昨日はなにを食べた? まさか一日コーヒーだけとは言わないだろうな? 覚えているぞ? 昨日の夕飯はカルボナーラとサラダ、昼はハンバーグランチ(ライス大盛り)でどちらも完食したんだったな? 一昨日は生姜焼きランチ。デザートに苺ショートとモンブランと……」
夕飯のカルボナーラはコンビニで見つけて、手に取って眺めた。
昼のハンバーグ定食(ライス大盛り)を完食したのは、佐藤くん。男の子って食べるのね、と、ハンバーグが小気味よく飲み込まれていく様に感心しきりだった。
生姜焼きランチを頼んだのは白石さんと木村さんだ。
「……ごめんなさい」
「つまり、全部嘘なんだな?」
「全部じゃないけれど……」
デザートのプチケーキを一口ずつご相伴に与ったのだけは本当だが、そんなことを口にしたら火に油を注ぐだけなのは心得ている。
「こんなに痩せて……。正直に言いなさい。本当は食べていないだけじゃなくて、夜もろくに眠れていないんだろう? 迂闊だったな。元々自罰的な傾向があるのは知っていたが、これほどだと予想できなかった俺のせいだ。いくら忙しいからといって、きちんと話し合う時間を取らず仕事にかまけていた俺が悪い。おまえをひとりにするべきじゃなかったんだ」
「亮……ごめんなさい」
日頃亮がどれほど私を想い、心を砕いてくれているのかを、悲しげに揺れる瞳が雄弁に語っている。口先だけじゃなくて、ちゃんと反省しなければ。こんなに心配させてしまうなんて、悪いのは私のほうだ。
「あのぉ……お話し中スミマセン?」
まずい。白石さんがいるのをまるっきり失念していた。
「あれ? 白石、まだいたの?」
「え? あ、あのぉ——これを……」
白石さんは突然私を叱りだした亮の剣幕に事態を飲み込めず、買い物の紙袋を下げたまま、なにも言えずに待っていたのだ。
「ああそうだ。悪いな、すっかり忘れていたよ。ありがとう、パジャマも買ってきてくれた?」
亮はその場で動けなくなっている白石さんの元へ行き、平然と紙袋を受け取り、中身を確認している。白石さんはなんとも形容し難い妙な顔でそれを見守っていた。
そこへ現れた看護師さんが、点滴の針を抜きテキパキと処置をしながら、「優しい旦那さんでいいですねぇ~羨ましいわぁ」と、ひとり賑やかにお喋りをして微妙な雰囲気を破壊して行った。
「ちょうどいい。着替えるか。白石、悪いけど瑞稀に着替えをさせるから外してくれる?」
頬を染めて立ち尽くす白石さんの姿が、シャーッと音を立てて引かれるカーテンの向こうに消えていった。
「着替えくらい自分でできるってば」
ボタンを外そうと伸ばした亮の手ごとシャツの襟元を抑えた。
「いいから、おとなしくしていなさい」
冷淡に凄まれては拒絶のしようもなく、襟元を抑えている手の力を抜いた。顰められた眉とは裏腹に、シャツのボタンを外すその手つきは、とても優しい。
「あ、いえ、あの……」
「あとは俺が付いているから、白石はもう会社へ戻りなさい」
「あ、だったら私も……」
やり残している仕事があるし、と、起き上がりかけたところで、亮の手が私の肩を押さえた。
「おまえは寝ていなさい」
聞いたことのない低い声。優しかった瞳も別人のように鋭くなっている。
「で、でも」
「でもじゃない! さっき俺が説明したのをもう忘れたのか? おまえはこんな状態で仕事ができるとでも思っているのか?」
「それは……そのぉ」
「そもそもおまえ、この一週間なにをやっていたんだ? ろくに飯も食っていないだろう? そうだな?」
「え、っと……」
やはり、お説教が爆裂。うっかりスイッチを押してしまったらしい。
「昨日はなにを食べた? まさか一日コーヒーだけとは言わないだろうな? 覚えているぞ? 昨日の夕飯はカルボナーラとサラダ、昼はハンバーグランチ(ライス大盛り)でどちらも完食したんだったな? 一昨日は生姜焼きランチ。デザートに苺ショートとモンブランと……」
夕飯のカルボナーラはコンビニで見つけて、手に取って眺めた。
昼のハンバーグ定食(ライス大盛り)を完食したのは、佐藤くん。男の子って食べるのね、と、ハンバーグが小気味よく飲み込まれていく様に感心しきりだった。
生姜焼きランチを頼んだのは白石さんと木村さんだ。
「……ごめんなさい」
「つまり、全部嘘なんだな?」
「全部じゃないけれど……」
デザートのプチケーキを一口ずつご相伴に与ったのだけは本当だが、そんなことを口にしたら火に油を注ぐだけなのは心得ている。
「こんなに痩せて……。正直に言いなさい。本当は食べていないだけじゃなくて、夜もろくに眠れていないんだろう? 迂闊だったな。元々自罰的な傾向があるのは知っていたが、これほどだと予想できなかった俺のせいだ。いくら忙しいからといって、きちんと話し合う時間を取らず仕事にかまけていた俺が悪い。おまえをひとりにするべきじゃなかったんだ」
「亮……ごめんなさい」
日頃亮がどれほど私を想い、心を砕いてくれているのかを、悲しげに揺れる瞳が雄弁に語っている。口先だけじゃなくて、ちゃんと反省しなければ。こんなに心配させてしまうなんて、悪いのは私のほうだ。
「あのぉ……お話し中スミマセン?」
まずい。白石さんがいるのをまるっきり失念していた。
「あれ? 白石、まだいたの?」
「え? あ、あのぉ——これを……」
白石さんは突然私を叱りだした亮の剣幕に事態を飲み込めず、買い物の紙袋を下げたまま、なにも言えずに待っていたのだ。
「ああそうだ。悪いな、すっかり忘れていたよ。ありがとう、パジャマも買ってきてくれた?」
亮はその場で動けなくなっている白石さんの元へ行き、平然と紙袋を受け取り、中身を確認している。白石さんはなんとも形容し難い妙な顔でそれを見守っていた。
そこへ現れた看護師さんが、点滴の針を抜きテキパキと処置をしながら、「優しい旦那さんでいいですねぇ~羨ましいわぁ」と、ひとり賑やかにお喋りをして微妙な雰囲気を破壊して行った。
「ちょうどいい。着替えるか。白石、悪いけど瑞稀に着替えをさせるから外してくれる?」
頬を染めて立ち尽くす白石さんの姿が、シャーッと音を立てて引かれるカーテンの向こうに消えていった。
「着替えくらい自分でできるってば」
ボタンを外そうと伸ばした亮の手ごとシャツの襟元を抑えた。
「いいから、おとなしくしていなさい」
冷淡に凄まれては拒絶のしようもなく、襟元を抑えている手の力を抜いた。顰められた眉とは裏腹に、シャツのボタンを外すその手つきは、とても優しい。
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