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§ 貴方の傍にいるだけで

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 システムのリリースが目前に迫る中、こちらの作業はチェックも済みほぼ終了しているため、私たちのチーム四人も最終のテスト要員として駆り出されている。

「ああ疲れた! テストテストで嫌になっちゃう」

 ずっと座りっぱなしですっかり体が凝り固まってしまう。白石さんは周囲の目も気にせずに腰をさすり背中を伸ばす。佐藤くんまでが肩を揉み、首をゆらゆらと左右に傾けストレッチだ。

「そう?」

 疲れを隠さない三人を尻目に、木村さんはひとり気炎を吐いている。書くよりテストの方が好きなエンジニアなんて珍しいと感心していたら、続く彼女の言葉で全員が噴き出した。

「だってさ、気分よくない? バグ票突きつけたときのあのハゲの顔! あれを見ると気分がすーっとするのよねぇ」

 バグ出しは粗探しとは違う。尤も、面白いとは言えない作業だから、そんな楽しみ方があってもいいのかも知れない。

「でも、さすがにこれ以上バグがあったら困るわ。明日無事にリリースできないと大変よ」
「そうよねぇ。私たちは遅くても帰れるからまだいいけど、男の人たち、ここのところ毎晩泊まり込みでしょう?」
「そうだけど、今回はぜんぜんマシよ。やっぱり上が優秀だと仕事が楽よね」

 破綻したプロジェクトを延々引き摺る地獄は、過去に何度も経験したことがある。その恐ろしさを思い返せば、今回はなんと幸運なことか。こんなの苦労のうちにも入らない。

「ホント、松本さんのプロジェクトに入れてラッキーだったわ。次は知らないけどさ」
「いやー、木村さん、言わないで! 次なんて考えたくもない」
「だよねぇ。もうじきクリスマスだし、年休取っちゃおうかな」
「彼氏もいないのにクリスマス休暇?」
「ひどい! 白石さんだっていないでしょ」

 このプロジェクトが終了すれば、私はこのオフィスへ通う必要がない。なるべく意識をしないようにはしていたが、その日はもう目前に迫っている。
 会社へ戻り、啓とどんな顔をしてなにを話せばいいのか。啓はどう思っているのだろう。以前と同じ関係に戻るなんて、できるわけがない。それならば、どうするのか。週明けには答えを見つけなければならないのだ。

「河原さん?」
「え?」
「だから、お昼何処へ食べに行こうかって話」
「ああ、ごめんなさい。お昼ね」

 彼女たちと話をしていたつもりが、いつのまにかぼーっと考え事をしてしまった。

「大丈夫? なんか、顔色よくないみたいだけど?」
「もしかして、何処かで風邪もらっちゃった? 残業続きで疲れも溜まってるから、免疫力だって低下するわよね」
「急に寒くなってきたしねー」
「あー、やっぱりいつもの喫茶店にしようよ。あそこが一番近いもん」

 女三人寄れば姦しいとは言うが、遠慮ない掛け合いをするこの子たちは、ふたりで十二分に賑やか。なぜか中央に挟まれて歩く私は、右を見たり左を見たり。ほとんどが噂話ではあるけれど話題も豊富で、退屈とは無縁だ。でもこのふたりと過ごせるこんな時間もあと少しで終わるかと思うと、正直なところ少し寂しい。

「おい、河原」

 かけられた声に、三人が同時に振り返った。

「げ……ハゲ」

 私を睨みつける酒井さんのただならぬ様子に、ふたりの顔色が変わった。

「河原、ちょっと付き合え」

 いきなり腕を引かれ、二、三歩たじろいだ。

「ちょっと酒井さん、いきなりなにするんですか!」
「そうよ、そんな乱暴に……」
「おまえらには関係無いだろ? 俺はこいつに用があるんだよ」

 力いっぱい掴まれた腕に、酒井さんの指が食い込んだ。

「痛っ……」
「煩い! おまえのおかげでこっちは好い加減迷惑してるんだ。黙って着いて来い」
「ちょっと……待って……」
「引っ張らないでよ!」

 酒井さんから引き剥がそうとする木村さんが揉み合う。間に挟まれた私は腕を捻られ服を引っ張られと揉みくちゃにされて、終にはその場に転倒してしまった。

「いゃっ!!!」
「河原さんっ! 大丈夫?」
「うぉっ?!」

 彼女たちに助け起こされてなんとか立ち上がるも、弾みで打ち付けてしまったらしい両膝がずきずきと痛み力が入らない。

「……だいじょうぶ……だから……」

 心配しないで——と口を動かす前に、視界が狭まっていく。全身から力が抜け、気が遠くなりかけたとき、遠くで「瑞稀!」と呼ぶ、亮の声が聞こえた気がした。

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