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§ 露顕

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「ひとつ、訊いてもいいですか?」

 背筋を伸ばして座り直した小夜が、真顔で亮に尋ねた。

「いいよ。なんでも訊いて」

 亮の目も真剣なものに変わる。

「あの、松本さんと瑞稀って、どこまで進展してるんですか?」
「小夜!」

 話を遮ろうとする私の手が、大きな手に握り締められた。どきどきと高鳴る胸の鼓動が煩い。笑顔を消した亮は、私を見つめ頷いてから、小夜に向き直り、ゆっくりと口を開いた。

「俺は、瑞稀が好きだよ。瑞稀の本心がどこにあるかはべつとして……少なくとも俺は、本気の付き合いをしているつもりだ」

 いくら相手が小夜だからって、こんなの、恥ずかし過ぎるだろう。亮の目は、小夜に向けられているけれど、これは私への告白だ。背筋を冷や汗が伝う。この場面、赤くなればいいのか青くなればいいのか、握られた手の温度が挙動不審に拍車をかける。

 暫くの間、逸らすことなく亮の瞳を見つめていた小夜は、俯き、一呼吸置いてから顔を上げ、私たちに満面の笑みを向けた。

「よかった。安心しました。松本さん、こんな子ですけど、どうぞ瑞稀を末永くよろしくお願いします」
「小夜……」

 姿勢を正した小夜が、亮に向かって頭を下げた。小夜は、私に恋人ができた、と、自分のことのように喜んでくれているのだ。
 祝福される喜びと、罪悪感で、胸がきゅうと締め付けられ、目頭が熱くなる。

「さて。心配事は解決したし、邪魔者は退散するとしますか! 松本さん、ゆっくりしてってくださいね! 瑞稀、シャワー借りるわ」

 言い終わるより早く、小夜はベッドルームへ走って行く。
 どうしてこうなっちゃうんだろう。複雑な気持ちで、弾む小夜の後ろ姿を眺めた。

「いい友だちだ」
「……うん。小夜は……口煩くて怒ると恐いけれど、優しくて面倒見がよくて……本当に大切な友だちなの」
「そうだね」
「あーでも、我が侭だし、オカンだし、騒がしいし」
「あはは。たしかに。青木さんって、見た目の印象と違って賑やか、だな」

 まったくそのとおり、と、顔を見合わせて、思わず吹き出した。

 突然、肩を抱いた亮に引き寄せられ、バランスを崩した。腕の中に閉じ込められ、落ち着きかけていた心臓がまた、忙しさを増す。

「なあ……」

 抱き締められる腕に力が込められる。反射的に、身を硬くした。なんだか、嫌な予感がする。

「おまえ、あの日はどうやって帰ったんだ?」

 やはり捨て置いてはくれなかったか。
 まるで隠し事がバレて叱られる前の子どもみたいに、心臓がさらに大きく早鐘を打ちだした。亮は、問い詰める気満々。ちらりと見上げた口元が、意地悪そうに笑っている。

「え、あの……地下鉄を乗り継いで……ごめんなさい」

 きまりが悪くて、合わせる顔が無い。

「なるほどね。まあ、しかし、あの日のおまえはなにも覚えていなかったんだから、俺を警戒したのは無理もない、か」

 優しい声音に、緊張で固まった体を撫でられるよう。よかった。怒っていない。

「しかしなぁ……俺たち、話す時間はたくさんあっただろう?」
「そ、それは……そうだけど」
「今日のところは、徒歩三分に免じて許してやってもいい。だが、悪い子にはお仕置きが必要だな」
「え?」

 突然変化した声音に驚いて顔を上げた途端、唇を塞がれた。
 キスなんて、かわいらしく呼べるようなものじゃない。半開きになっていた唇から滑るように差し込まれた舌が、容赦なく口腔を暴いていく。口蓋を舐められ、逃げた舌を捕まえて絡まり、何度もきつく吸い上げられ、その痛みに喉から呻き声が漏れた。
 身を捩り抵抗しようにも、上半身をガッシリと押さえ込んだ男の力強い腕に、到底叶うはずも無く。息をつく暇さえ与えてもらえない私は、苦しさに喘ぐばかりだ。

 頭の芯が、じん、と、痺れてくる。それは次第に甘い痺れへと変化し、私の強ばった身体を緩めていった。身も心も、亮の口づけに溶かされる。わたしはいつしか夢中になって、自ら舌を絡めていた。

 どれだけの時間そうしていたのだろう。荒々しく蠢いていた舌が、熱い唇が、そっと離れされた。私は、やっと解放されて荒い呼吸を繰りながら、濡れた唇を掠めるひんやりとした空気に、若干のさみしさを覚えた。
 亮は、至近距離から私の表情の変化を見つめている。見られたくないのに、その甘い瞳から目が離せない。

「気持ちよさそうだ」
「!!!」

 突然、羞恥で頭がいっぱいになり、顔が火照った。私を覗き込んでクスリと笑う、その悪人面を引っ叩いてやりたい。そう思うのに、脱力した腕は、まるっきり言うことを聞いてくれなかった。
 
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