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ふたりとも秘密がある。

肆 :優香

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 派手な化粧とキンキラキンのパーティードレスに身を包んだこの女に、見覚えがあるなんてもんじゃない。

 井川結衣。

 先日専務が視察をした亀屋旅館で、風呂上がりの専務との抱きつきツーショット写真を送りつけてきた女。
 しかも、わざわざわたしに宛てて、だ。
 なにがしかの反応を期待されているのは予想の範囲内だが、はいそうですか、と、反応するつもりもなければ、こちらから絡むつもりもないわけで。

 やっぱり面倒くさいものは面倒くさい。

 レストルームを出たところで、いかにも待ち伏せふうに仁王立ちしてこちらを睨んでいる女を前にして、わたしはため息をついた。

「長いトイレね」

 一面識もない相手に向かって最初にかける言葉がそれですか。失礼な。

「あの……失礼ですが、どちらさまでしょう?」

 ここは一応、素っ恍けてみることにする。

「なによあなた、要くんの秘書のくせに、私が誰だか知らないの? そんなのでよくもまあ専務の第一秘書だなんて名乗れるわね? 呆れちゃうわ」

 自ら名乗る気もないこの女は、わたしのことをちゃんとご存じらしい。そりゃそうか。社内、社外を問わず、専務秘書であるわたしを知っている人間は多い。当然あることないこと噂話も回っているだろう。もちろん、この女にご注進する輩も——あんな写真を送りつけてくる時点でお察し・・・ってところか。

 そうであるならば遠慮する必要は無さそうだ、と、戦闘の覚悟を決めたはいいが、目的が明確じゃない。つまり、いまのところは一応、様子見、ということで探りを入れるところから始めよう。

「声をかけられた、ということは、わたしになにかご用でしょうか?」

 何事もなかったように切り返すわたしに、井川結衣は呆れたとばかりにため息をついた。

「挨拶もなしって、イマドキの若い子は……」

 関係者以外立ち入り禁止のエリアに、如何にして潜り込んだのかは知らないが、挨拶もないのはいったいどちらさまでしょうかね? それどころか、今宵の招待客であるかすらも怪しいのだけれど。それにしても。
 イマドキの若い子……って。若くない自覚はあるのか。なるほどそれで、キンキラキンの若作り。

「まあいいわ。無駄話なんてするつもりはないから単刀直入に言うわね。あなた、要くんの秘書、辞めなさい」

「……それは……どういう……」

「どうもこうもないでしょ。あなたみたいに何処の馬の骨だかもわからない貧相な女が、要くんに纏わり付いてたら、いい迷惑よ。周りの人たちだって許せないありえないって言ってるの、あなただって知らないわけじゃないでしょ? あなたがいると要くんの評価にだって障りがあるのよ。要くんは優しいから、あなたに辞めてくれって言わないだけなの。だから、私が代わりに言ってあげてるの。いつまでもみっともなく縋り付いていたって要くんに相手にされるわけないんだから、身の程を弁えてさっさと消えなさい。わかった?」

 すごい……。

 人差し指を振り回しながら息継ぎもせず早口で捲し立てるそのあまりの剣幕に、わたしはすっかり見蕩れていた。

「ちょっと! 聞いてるの? ぼーっとしてないで返事くらいしなさいよ!」

 と、キンキン声で怒鳴られて、我に返る。ぽかんと開きっぱなしになっていた口を閉じ、コホンとひとつ咳払いをした。

「ひとつ、お伺いしたいのですが、よろしいですか? あの、専務を要くん、と、親しげに呼ばれていらっしゃいますが、あなたさまとうちの専務はいったいどのようなご関係なのでしょう?」

 ——もちろん存じておりますが。

「それは……こ、恋人、恋人よ! あなた、本当に鈍いわね! わざわざ証拠の写真まで送ってあげたのに、そんなのもわからないの?」

「へぇ……」

 なるほど、と、見据えれば、怯んだように目を泳がせる。どうやら自分がなにを言っているのか自覚はあるらしい。

「あなたは知らないんでしょうけど、私は要くんの初恋の人なのよ。要くんはずっと私に憧れてたらしくて……あの日は、私の誕生日だったわ——」

 十六歳の要くんは、ハッとするほど見目麗しく、少し話しをしてみると、無口なわりにボソボソ喋る声のトーンが艶っぽくて。さぞかしモテるんだろうな、と思ったらそうでもなくて、女慣れのしていなさが初々しくて凄くかわいかった、のですと!
 気持ちのすれ違いで泣く泣く別れてしまったけれど、要くんはそれ以後新しい恋人もつくらずに、勉強に仕事に邁進し、独り身を通していた。それは偏に私を忘れられずにいたからで、いまでもその想いは変わらない。

 井川結衣は、力説する。

「そうよ! だから、あなたが要くんに纏わり付いてると、ものすごく迷惑なの。私も要くんもね。そのくらいのこと、大人なんだから、わかるでしょう?」

「はぁ……」

 浪々と語る己の詞に酔い痴れる井川結衣に呆れながら思う。

 夢を見られるあなたが羨ましい。と。

 わたしは大人だ。大人だから、大人の対応をした。それ故に、蜘蛛の糸が絡まるように纏わり付かれ、外堀をこれでもかと埋められ搦め捕られ、情に訴えられて絆されて、戦う気力すら削がれて白旗を揚げるはめになったのよ。

 次々と捲し立てられる有る事無い事。いいかげんウンザリしてくる。
 もう飽きた。こんな茶番劇、いつまで繰り返せばいいのだろう。元を正せば、酔わされ襲われかけた専務を助けてしまったのが始まりで。

 数年にわたるあれこれが、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。なんだかもうぜんぶどうでもよくなってきた。

「相沢、あんたトイレ長過ぎ」

「は?」

 ——トイレかよ!

 わたしはぴた、と、自分の額を手で打った。

 ここにもデリカシーのない男がひとり。


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