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わたしだって恋をする。
漆
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「家に行くんじゃないの?」
空港から真っ直ぐ実家へ連行されると覚悟していたら、家に向かう手前の十字路を曲がらずに通り過ぎた。
「私、まだ朝ご飯食べてないのよ。優香あんたもでしょ?」
「うん」
「とりあえずご飯食べてから何処かでお茶しようよ。あんた、うちに長居したくないでしょ? 積もる話もあるしさ」
姉が、ニヤリといい顔で笑う。
姉の積もる話はちょっと恐いが、こちらの事情をよくわかってもいらっしゃる。
家に長居したところで、小言をもらうか手伝いを集られるのがせいぜいで、いいことなんてこれっぽっちもない。
両親はどうせ、清香の話す勝手な情報を鵜呑みにしているに決まっている。そんな相手と正面切って話をしても、まともな話し合いが成立するのかは怪しいものだ。だから、ここでうまく姉を味方に付けられれば、わたしとしても多少は気が楽になる。
「優、何食べたい?」
馴染みのコンビニの駐車場へ車を入れてからそれを訊いて、いまさらどうしろと?
「訊くだけ無駄。この子は、やきとり弁当(小)タレ一択でしょ」
やきとり弁当は、帰郷時に一度は必ず食すほどの大好物だが、姉の奢りとなればもっと別の選択肢がないでもない。でもここで下手にそれを口走れば、好きなところへ連れて行ってあげるけれど支払いはあんたよ、と、へそを曲げられるのがオチなので、おとなしく口を噤む。
それぞれ好みの味のやきとり弁当を——といいつつ、姉もタレを注文。
なによ。自分だってやっぱりタレ一択じゃないの。
弁当を待つ間に店内を散策する。飲み物や菓子も購入し、イートインコーナーの窓際、定位置に陣取った。
やきとり弁当を食べる時、わたしが守り続けている大切な御作法がある。
はじめに、できたて弁当の蓋を開けたら、香ばしい香りを愉しむ。箸を割り、肉から串を抜いて海苔の上に重ならないように並べる。これで準備完了だ。
いよいよ実食だが、最初から肉にがっつくのは邪道というもの。まずは並べた肉の一番端の一欠片を避け、豚の脂と甘辛いタレが染みこんだ海苔ご飯を一口。もちろん、すぐに飲み込むなんて言語道断。ゆっくり咀嚼し、鼻に抜ける香ばしい香りと甘辛いタレの絶妙なハーモニーを堪能するのだ。
そして最後に、メインである肉の欠片に箸を付け——
「ちょっと優香! あんた、ひとの話、聞いてる?」
「……へ?」
顔を上げると、姉が睨んでいる。
いけない。そんな場合ではないというに、ついやきとり弁当の世界に没頭してしまった。
「遙ちゃんの選択ミスだな」
ケンちゃんが姉の隣でクスクスと笑えば——
「煩い」
すかさずペチッと、姉の容赦ない平手打ちがケンちゃんの額に飛んだ。
姉は楽しそうだし、額を摩りながら唇を尖らせるケンちゃんは構われて嬉しそう。ホント、割れ鍋に綴じ蓋。いいコンビじゃないか。これで付き合っていないのだから、ホント、笑ってしまう。
「それで? いったいどういうことなの?」
「どういうって……清香から話聞いてるんじゃないの?」
「あんたがそれ言う?」
「まあ……そりゃそうだね」
姉だってわたし同様、清香には長年被害を受けてきている。末っ子娘の舌っ足らずな嘘も我が侭も天使の微笑みも、今は昔。二十歳も疾うに過ぎた我が侭お嬢の一方的な話を鵜呑みになんてするわけがない。
「一応先に訊くけど、清香はなんて?」
「清香? あー、なんか、あんたが変な? 怪しい? 男に騙されてるから放っておけないって言ってたわ」
変な男……まあ、素性は確かだけれど、本質的な部分では否定しきれない、かな。
「それ何時の話?」
「昨夜よ。あんたに電話するちょっと前。あ、晩ご飯の後だったかな? あんたに口止めされてるけどやっぱり報告しなきゃとか言ってさ」
口止め……なるほど計画に時間を要した訳だ。
「ふうん。それで?」
「で、その男に囲われて愛人みたいになってるって。んー、他にもなんか言ってたような……あー、とにかく、なんか支離滅裂で要領を得ない話なんだけどさ、それ聞いてお父さんは怒っちゃうし、諫めたお母さんと喧嘩し出すしもう大騒ぎでさぁ。私とケンで何とか納めたけど、ぐったりだったわ」
愛人みたい——ねぇ。
「それで昨夜、お姉ちゃんが呼び出しの電話してきたんだ」
「うん。他に方法無くてさ。だってお父さん、それこそそのまま乗り込んで行きそうな勢いだったんだもの」
思い出してウンザリしている姉の表情から、その場の騒ぎが想像できる。
父を怒らせわたしを地元へ呼び戻せば、自分が取って代われるとでも考えたのだろう。まったく安易な。身体ばっかり成長して頭の中身は未だ幼児か。
「それは……ご迷惑をおかけしました」
わたしのせいではないけれど、気持ちの問題。最後の一口を食べきり蓋を閉めて箸を袋に戻して置き、ぺこりと頭を下げた。
「べつに……そんなのいいわよいつものことだし。それよりも、本当のところはどうなってるの? 当然、聞かせてくれるわよね?」
浮いた話のひとつもあった試しのない妹の、『愛人みたいな話』が面白くないわけがない。そのためにわざわざ迎えに来てやきとり弁当まで奢っているのだから、聞き出さなければ割に合わないだろう。
さあ、本題はここから。お茶で喉を潤し、興味津々の姉に向き合う。
空港から真っ直ぐ実家へ連行されると覚悟していたら、家に向かう手前の十字路を曲がらずに通り過ぎた。
「私、まだ朝ご飯食べてないのよ。優香あんたもでしょ?」
「うん」
「とりあえずご飯食べてから何処かでお茶しようよ。あんた、うちに長居したくないでしょ? 積もる話もあるしさ」
姉が、ニヤリといい顔で笑う。
姉の積もる話はちょっと恐いが、こちらの事情をよくわかってもいらっしゃる。
家に長居したところで、小言をもらうか手伝いを集られるのがせいぜいで、いいことなんてこれっぽっちもない。
両親はどうせ、清香の話す勝手な情報を鵜呑みにしているに決まっている。そんな相手と正面切って話をしても、まともな話し合いが成立するのかは怪しいものだ。だから、ここでうまく姉を味方に付けられれば、わたしとしても多少は気が楽になる。
「優、何食べたい?」
馴染みのコンビニの駐車場へ車を入れてからそれを訊いて、いまさらどうしろと?
「訊くだけ無駄。この子は、やきとり弁当(小)タレ一択でしょ」
やきとり弁当は、帰郷時に一度は必ず食すほどの大好物だが、姉の奢りとなればもっと別の選択肢がないでもない。でもここで下手にそれを口走れば、好きなところへ連れて行ってあげるけれど支払いはあんたよ、と、へそを曲げられるのがオチなので、おとなしく口を噤む。
それぞれ好みの味のやきとり弁当を——といいつつ、姉もタレを注文。
なによ。自分だってやっぱりタレ一択じゃないの。
弁当を待つ間に店内を散策する。飲み物や菓子も購入し、イートインコーナーの窓際、定位置に陣取った。
やきとり弁当を食べる時、わたしが守り続けている大切な御作法がある。
はじめに、できたて弁当の蓋を開けたら、香ばしい香りを愉しむ。箸を割り、肉から串を抜いて海苔の上に重ならないように並べる。これで準備完了だ。
いよいよ実食だが、最初から肉にがっつくのは邪道というもの。まずは並べた肉の一番端の一欠片を避け、豚の脂と甘辛いタレが染みこんだ海苔ご飯を一口。もちろん、すぐに飲み込むなんて言語道断。ゆっくり咀嚼し、鼻に抜ける香ばしい香りと甘辛いタレの絶妙なハーモニーを堪能するのだ。
そして最後に、メインである肉の欠片に箸を付け——
「ちょっと優香! あんた、ひとの話、聞いてる?」
「……へ?」
顔を上げると、姉が睨んでいる。
いけない。そんな場合ではないというに、ついやきとり弁当の世界に没頭してしまった。
「遙ちゃんの選択ミスだな」
ケンちゃんが姉の隣でクスクスと笑えば——
「煩い」
すかさずペチッと、姉の容赦ない平手打ちがケンちゃんの額に飛んだ。
姉は楽しそうだし、額を摩りながら唇を尖らせるケンちゃんは構われて嬉しそう。ホント、割れ鍋に綴じ蓋。いいコンビじゃないか。これで付き合っていないのだから、ホント、笑ってしまう。
「それで? いったいどういうことなの?」
「どういうって……清香から話聞いてるんじゃないの?」
「あんたがそれ言う?」
「まあ……そりゃそうだね」
姉だってわたし同様、清香には長年被害を受けてきている。末っ子娘の舌っ足らずな嘘も我が侭も天使の微笑みも、今は昔。二十歳も疾うに過ぎた我が侭お嬢の一方的な話を鵜呑みになんてするわけがない。
「一応先に訊くけど、清香はなんて?」
「清香? あー、なんか、あんたが変な? 怪しい? 男に騙されてるから放っておけないって言ってたわ」
変な男……まあ、素性は確かだけれど、本質的な部分では否定しきれない、かな。
「それ何時の話?」
「昨夜よ。あんたに電話するちょっと前。あ、晩ご飯の後だったかな? あんたに口止めされてるけどやっぱり報告しなきゃとか言ってさ」
口止め……なるほど計画に時間を要した訳だ。
「ふうん。それで?」
「で、その男に囲われて愛人みたいになってるって。んー、他にもなんか言ってたような……あー、とにかく、なんか支離滅裂で要領を得ない話なんだけどさ、それ聞いてお父さんは怒っちゃうし、諫めたお母さんと喧嘩し出すしもう大騒ぎでさぁ。私とケンで何とか納めたけど、ぐったりだったわ」
愛人みたい——ねぇ。
「それで昨夜、お姉ちゃんが呼び出しの電話してきたんだ」
「うん。他に方法無くてさ。だってお父さん、それこそそのまま乗り込んで行きそうな勢いだったんだもの」
思い出してウンザリしている姉の表情から、その場の騒ぎが想像できる。
父を怒らせわたしを地元へ呼び戻せば、自分が取って代われるとでも考えたのだろう。まったく安易な。身体ばっかり成長して頭の中身は未だ幼児か。
「それは……ご迷惑をおかけしました」
わたしのせいではないけれど、気持ちの問題。最後の一口を食べきり蓋を閉めて箸を袋に戻して置き、ぺこりと頭を下げた。
「べつに……そんなのいいわよいつものことだし。それよりも、本当のところはどうなってるの? 当然、聞かせてくれるわよね?」
浮いた話のひとつもあった試しのない妹の、『愛人みたいな話』が面白くないわけがない。そのためにわざわざ迎えに来てやきとり弁当まで奢っているのだから、聞き出さなければ割に合わないだろう。
さあ、本題はここから。お茶で喉を潤し、興味津々の姉に向き合う。
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