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俺にも俺の考えがある。
肆
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「要くん、祐司くん、遠いところよく来たね」
「いらっしゃいませ」
「お久しぶりです、幸三小父さん」
旅館の表玄関で居並ぶ仲居さんたちとともに俺たちを待ち受けていたのは、亀屋旅館元四代目社長三原幸三氏。いまとなっては好好爺の風情を醸し出しているが、俺と祐司を物置に一晩閉じ込めた張本人のおっかない小父さんである。
「しばらくだね。元気にしていたかい?」
「はい。おかげさまでこのとおり」
「そうか。それはよかった。せっかく来たんだ。特別な物はなにもないが、まあ、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます。それで、早速ですが、赤城は……」
赤城は、西園寺本社から亀屋へ出向している責任者だ。
「赤城さんなら幸治と応接室だよ。すまんね、幸治に出迎えもさせずに」
「いいえそんなこと」
「お客様ですか?」
「ああ。井川さんがもうみえててね」
「予定は明日だったんじゃ?」
「そうなんだが、かなりご熱心なようでね、早く見たかったらしい。榊原さんは予定どおり明日いらっしゃるだろう。どうする? 先に部屋で荷物を下ろすかそれとも……」
「そうですね、では、先にちょっとご挨拶させていただきましょうか」
井川設計は、今回のリノベーションプロジェクトの選定候補事業者のうちのひとつだ。
西園寺グループそのものと大口の取引はないが、前所長が父の大学時代の後輩で、独立開所当時から父がなにかと目をかけていたらしい。
息子の代になってからは不動産バブルの波に乗り、現在、関東エリアでは中堅どころの設計事務所に急成長した。
案内された応接室へ入ると、正面に座っていた五代目社長がすぐに俺の顔を見定め、立ち上がった。つられて赤城と、入り口に背を向けていたひと組の男女がこちらを振り返り立ち上がる。
「要くん、祐司くんも、いらっしゃい」
「要専務、おつかれさまです」
赤城に黙礼し、笑顔の幸治社長と向き合い挨拶を交わす。
「幸治社長、本日はお忙しいなかお時間を頂きましてありがとうございます」
「おいおい、わたしらの関係で、いまさら硬い挨拶はいらないだろう」
「はは。たしかに」
「井川さん、大町さん、こちらがいま話題にしていた西園寺要くん、西園寺ホテルの専務取締役、と、もうお一方は秘書の佐伯祐司くんだ」
幸治社長の紹介を受け、初対面のふたりに向き合い名刺を差し出した。
「どうも。初めまして。西園寺です」
「初めまして。今回のプロジェクトを担当させていただきます、設計士の大町と申します。こちらは……」
「営業の井川です。よろしくお願いします」
以前の担当は別人だったな、と思いつつ受け取った名刺に書かれた名前と肩書きをざっと眺め——思わず二度見した。
「座りましょう。井川さん、要くんも」
「あ、はい」
俺と祐司の前に、茶が運ばれてくる。テーブルの上に置いた名刺から目を離し、顔を上げれば、その女性は妖艶な笑みを湛え、俺たちふたりを見ている。
「井川……結衣? 結衣ちゃん?」
「そうよー。久しぶりね、祐司くん。要くんも」
「なんだ? 君たちは知り合いだったのかい?」
「知り合いもなにも。私、要くんのお姉さんの後輩で、よくお家に遊びに行ってたんですよ」
「へぇ、そうだったのかい」
幸治社長はなにやら面白そうに俺と祐司、井川結衣の顔を行ったり来たり——。
「うそ。ホントにあの結衣ちゃん? マジで?」
「なによその反応。私で悪い?」
「いやいやいやいや、違うって。変な意味じゃなくてさ。すげーキレイになったって驚いただけよ」
井川結衣の変わり様に目を丸くした祐司が軽口を飛ばし。
「祐司くんってば、相変わらず口が上手いんだから」
「いや、ホントだってば。昔とは別人みたいに大人の女って感じでさ」
「あら、それはそれで失礼じゃない?」
俺は表向き平静を保ちながらも、心の内でどこか不穏な空気を感じていた。
「いらっしゃいませ」
「お久しぶりです、幸三小父さん」
旅館の表玄関で居並ぶ仲居さんたちとともに俺たちを待ち受けていたのは、亀屋旅館元四代目社長三原幸三氏。いまとなっては好好爺の風情を醸し出しているが、俺と祐司を物置に一晩閉じ込めた張本人のおっかない小父さんである。
「しばらくだね。元気にしていたかい?」
「はい。おかげさまでこのとおり」
「そうか。それはよかった。せっかく来たんだ。特別な物はなにもないが、まあ、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます。それで、早速ですが、赤城は……」
赤城は、西園寺本社から亀屋へ出向している責任者だ。
「赤城さんなら幸治と応接室だよ。すまんね、幸治に出迎えもさせずに」
「いいえそんなこと」
「お客様ですか?」
「ああ。井川さんがもうみえててね」
「予定は明日だったんじゃ?」
「そうなんだが、かなりご熱心なようでね、早く見たかったらしい。榊原さんは予定どおり明日いらっしゃるだろう。どうする? 先に部屋で荷物を下ろすかそれとも……」
「そうですね、では、先にちょっとご挨拶させていただきましょうか」
井川設計は、今回のリノベーションプロジェクトの選定候補事業者のうちのひとつだ。
西園寺グループそのものと大口の取引はないが、前所長が父の大学時代の後輩で、独立開所当時から父がなにかと目をかけていたらしい。
息子の代になってからは不動産バブルの波に乗り、現在、関東エリアでは中堅どころの設計事務所に急成長した。
案内された応接室へ入ると、正面に座っていた五代目社長がすぐに俺の顔を見定め、立ち上がった。つられて赤城と、入り口に背を向けていたひと組の男女がこちらを振り返り立ち上がる。
「要くん、祐司くんも、いらっしゃい」
「要専務、おつかれさまです」
赤城に黙礼し、笑顔の幸治社長と向き合い挨拶を交わす。
「幸治社長、本日はお忙しいなかお時間を頂きましてありがとうございます」
「おいおい、わたしらの関係で、いまさら硬い挨拶はいらないだろう」
「はは。たしかに」
「井川さん、大町さん、こちらがいま話題にしていた西園寺要くん、西園寺ホテルの専務取締役、と、もうお一方は秘書の佐伯祐司くんだ」
幸治社長の紹介を受け、初対面のふたりに向き合い名刺を差し出した。
「どうも。初めまして。西園寺です」
「初めまして。今回のプロジェクトを担当させていただきます、設計士の大町と申します。こちらは……」
「営業の井川です。よろしくお願いします」
以前の担当は別人だったな、と思いつつ受け取った名刺に書かれた名前と肩書きをざっと眺め——思わず二度見した。
「座りましょう。井川さん、要くんも」
「あ、はい」
俺と祐司の前に、茶が運ばれてくる。テーブルの上に置いた名刺から目を離し、顔を上げれば、その女性は妖艶な笑みを湛え、俺たちふたりを見ている。
「井川……結衣? 結衣ちゃん?」
「そうよー。久しぶりね、祐司くん。要くんも」
「なんだ? 君たちは知り合いだったのかい?」
「知り合いもなにも。私、要くんのお姉さんの後輩で、よくお家に遊びに行ってたんですよ」
「へぇ、そうだったのかい」
幸治社長はなにやら面白そうに俺と祐司、井川結衣の顔を行ったり来たり——。
「うそ。ホントにあの結衣ちゃん? マジで?」
「なによその反応。私で悪い?」
「いやいやいやいや、違うって。変な意味じゃなくてさ。すげーキレイになったって驚いただけよ」
井川結衣の変わり様に目を丸くした祐司が軽口を飛ばし。
「祐司くんってば、相変わらず口が上手いんだから」
「いや、ホントだってば。昔とは別人みたいに大人の女って感じでさ」
「あら、それはそれで失礼じゃない?」
俺は表向き平静を保ちながらも、心の内でどこか不穏な空気を感じていた。
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