上 下
33 / 65
わたしにはわたしの考えがある。

しおりを挟む
 百均で仕入れた食器や保存容器は、専務が書斎から探し出してくれたマニュアル片手に食洗機へ。調味料や食材は冷蔵庫やキッチンキャビネットへ収め、すぐに使う予定のない肉や魚は下拵えをし小分けにして冷凍と、ダイニングテーブルいっぱいの戦利品を、サクサクと処理していく。

 専務も冷蔵庫に野菜を収めたり、食器棚を片付けたり、猫の手よりは働いてくれたが、まったくなにもないところから一般的なふたり暮らし可能な状態にまでする作業は、並大抵の量ではなく、作業がある程度落ち着いた頃には、とっぷりと日が暮れていた。

「お疲れになったでしょう? コーヒー淹れますね」

 なにが気になるのか、冷蔵庫の扉をパタパタ開け閉めしている専務に声をかける。

「いや、俺は大丈夫。相沢こそ疲れたろう? コーヒーはいいよ、俺が入れるから座って休んでて」

 そう言いつつもやはり、冷蔵庫の中身が気になるようで、閉めては開けて中を覗き込んでいる。

「そんなに開けたり閉めたりしてたら、冷気が逃げちゃいますよ」
「あ、そうだね。ごめん」
「どうしたんですか? なにか気になるものでもありますか?」

 専務の後ろから手を伸ばし、冷蔵庫の扉をパタンと閉めた。

「いや、そうじゃないんだけど。なんかさ、家庭って感じがするなって」

 言われてみればそうかも知れない。水とアイスクリームのみだった冷蔵庫には食材が詰められ、コンロの周辺には調味料が並び、カウンタートップには洗いカゴや調理器具が置いてある。

 ほんの今朝までほぼ未使用新品同様のキッチンが、生活感たっぷりの空間へと変貌を遂げているのだ。

「申し訳ありません。わたし、勝手なことをしてご迷惑を……」

 専務は生活感のない空間での暮らしを愉しんでいたのかも知れない。

 そこに思い当たったわたしは、自分のライフスタイルを持ち込むべきではなかったのではないか、と、少しだけ申し訳なく思った。

「いや、違うよ。俺が言いたかったのは、家庭って感じがしていいな、ってこと。俺の育った家——実家だけど、食事は料理人が作るし、身の回りのことは女中がしてくれるわけ。祖父母も両親も忙しいひとだったし、うちの使用人はみんな好い人でよくしてくれたから世話されるのが嫌だったわけじゃなかったけど、お母さんがオムライスにケチャップで名前を書いてくれたとか、お母さんの作るカレーがおいしいとかね、学校で友だちに聞かされるとさ、やっぱり子どもだから憧れるのよ」
「専務……」
「だからさ、相沢が来てくれてよかった。ありがとう」

 いつのまにやら抱き寄せられ、専務の腕の中に閉じ込められている。

 わたしの唇を啄み額を寄せて微笑む専務の瞳に映る自分の顔をぼーっと眺めながらわたしは、情けなくもぐらぐらと揺れている自分の心に気づいてしまった。

「……コーヒーはあとにして、夕飯、作り出しましょうか?」
「うん。そうだね。手伝うよ」


 まずい。完璧に絆されているな、わたし。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

婚約破棄を突きつけに行ったら犬猿の仲の婚約者が私でオナニーしてた

Adria
恋愛
最近喧嘩ばかりな婚約者が、高級ホテルの入り口で見知らぬ女性と楽しそうに話して中に入っていった。それを見た私は彼との婚約を破棄して別れることを決意し、彼の家に乗り込む。でもそこで見たのは、切なそうに私の名前を呼びながらオナニーしている彼だった。 イラスト:樹史桜様

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

ドSな上司は私の本命

水天使かくと
恋愛
ある会社の面接に遅刻しそうな時1人の男性が助けてくれた!面接に受かりやっと探しあてた男性は…ドSな部長でした! 叱られても怒鳴られても彼が好き…そんな女子社員にピンチが…! ドS上司と天然一途女子のちょっと不器用だけど思いやりハートフルオフィスラブ!ちょっとHな社長の動向にもご注目!外部サイトでは見れないここだけのドS上司とのHシーンが含まれるのでR-15作品です!

上司と部下の溺愛事情。

桐嶋いろは
恋愛
ただなんとなく付き合っていた彼氏とのセックスは苦痛の時間だった。 そんな彼氏の浮気を目の前で目撃した主人公の琴音。 おまけに「マグロ」というレッテルも貼られてしまいやけ酒をした夜に目覚めたのはラブホテル。 隣に眠っているのは・・・・ 生まれて初めての溺愛に心がとろける物語。 2019・10月一部ストーリーを編集しています。

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~

イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。 幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。 六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。 ※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...