番の拷

安馬川 隠

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拷の鎖

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 京家は、βが主の家系ではあったが稀にαが生まれそのαだけが誇りである、と明言するくらいには第二の性には厳しかった。
瑛大の母の家系にΩが生まれたことがある、なんて情報を得た瞬間からの父の親族の猛反対は母にとってトラウマになっている記憶。


 息子がαに噛まれた、ニュースにもなり名前は隠されていてもネットには容赦なく刻まれている名前に親族が黙っては居なかった。

 止まらない電話に、悪意のある「瑛大はもしかしたらΩなのかも」なんていう誹謗中傷にが続けば心はあっという間に壊れてしまう。
父が躊躇いがちに瑛大を遠ざける生活を始めたことで瑛大にとっても、両親すらこの件から逃げるのかと失望に近い絶望を受けていた。


 互いにバックグラウンドを知らないからこそ起こるすれ違い。話し合いも何もない。
話を聞こうともしなかった親族に嫌気がさし、電話線を抜いた時には家族全員の精神は可笑しくなる寸前だった。



 瑛大が八月朔日を殴り停学処分を受けたその日。
瑛大の母は完全に壊れたと言っても過言ではなかった。



 瑛大の母と父の相談の末、母は実家に戻り瑛大は父と二人で家に残ることとなったが父の親族が汚点など捨ててしまえばいいと何度も家に乗り込むことになり心労も相まって母方の親戚の家へと一時身を置くことに決まった。

 京家でなく母方の大瀬の家ではほぼβしか産まれたことのない家系で遠い親戚に一度Ωが産まれたという話しか聞いたことがなく、αが産まれることに関しては瑛大が初めてであったが故に第二の性をあまり上手く噛み砕き消化できていない家系ではあった。

 しかし、京家と違いβ至高主義でもα崇拝至高でもない大瀬家の穏やかな時間は瑛大の心のモヤモヤを薄めるには丁度良かった。

 大瀬の親戚の中から瑛大の身を預かることを承諾したのは大瀬家の中でも一際拘りに厳しく、かつ親族の中で最も関わりが薄かった大松家だった。

 大松家の女主人である千と書いてぜんと読む大松千は、夫であった昭三と死別してから旧姓の大瀬の家との関わりを戻した人物であまり親族内ではあまりよくは思われていないようではあったが、千がαの女性だったからこそ誰も何も言えなかったのだと瑛大は考えていた。


 大松家から『謹慎中、もし手が空くのならば我が家に泊まると良い。両親にも考える時間と整理する事柄が多すぎると思う。瑛大も心機一転するといい』と手紙が届き、両親との関係も居たたまれなくなってきていた瑛大にとって断る理由は何処にも無かった。


 電車に揺られながら、千の気むずかしさとあまり親族と楽しげに話しているところは見たことがなかったことを思い出して、移動中に渋りが生まれたが、後の祭りであった。

 大松家がある場所は、瑛大の棲んでいる地域から電車で数時間。都会の文字が消えて、穏かさしかない田舎。
田園風景が広がる中で、有り余った土地に大きく建てられた大松家は千と千の雇ったお手伝いの稲さんの二人暮らし。


 都心の何でも近場で揃う、ことがまず無い。
不便さも謹慎中のいい気分転換になるだろうと、携帯の電源を落とし、大松家の敷居を跨いだ。


 稲さんはとても優しい女性のお手伝いで、千よりか少しばかり年下であることはわかっているのだが、それ以外の情報という情報はなく、瑛大も千と同じくらいに警戒している人物ではあったが、稲は電車で来る親戚の子をまるで我が子のように改札付近で待ちわび、到着を誰よりも喜んだ。


「貴方が千さんの言っていた瑛大くんね?こんな田舎へようこそ。お家までは遠いから来るまで迎えに来たの。さぁさ、ゆっくりしている時間はなさそうね。早く千さんの元へ帰りましょう」


 瑛大は、瑛大自身がαであるにも関わらずαに噛まれて以降変わった周りの反応に敏感になっていたのに、稲からは一切の同情や蔑視に近い感覚を受けなかった。
まるで孫が遊びに来たようなうきうきとした感覚だけ。

 お世話になります。と頭を下げれば、まぁなんてお行儀が良いんでしょう。行きましょう、と決して話を掘り下げようともしない。


 稲の気遣いなのだろうか、瑛大には解りかねるものだったが久々に大きく深呼吸が出来たような気がした。 
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