幸福奇譚

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
17 / 22
本編

17

しおりを挟む

 榊組組長ならびに若頭は仲が悪い。
これは組に所属するものがまず知らなければならない問題で、組長の前で若頭の話をしない。同様に若頭の前で組長の話をしないという暗黙のルールすらあるほどだ。

 叶真含む一部の幹部や長い歴の者は除外され普通に話すこともあるが、それぞれあまり良い顔はしない。


「………」


 呼び呼ばれたはずにしては重すぎて息をするのも詰まるような空間。
『呼んだのならさっさと用件を済ませろ』という意思表示が顔に浮かび上がってしまう重東に呆れてものも言えない豪我という図ではあったが、豪我も性格が悪いので重東から話を切り出すのをまっていた。

 何分だろうが口を開かない重東と豪我に痺れを切らしたのが豪我の右腕ともいえる存在である将吾であった。
「組長、若。お話くださらないとなにも進みません」

 将吾は重東を幼い頃から知っている存在ゆえ、扱い方も手慣れたもの。
豪我のことを上手く宥めつつ、重東の背中の押し方も熟知している。


「………愛した人を囲っています、言質は取ってある。文句は無いでしょう?」

「言質、なぁ。その言質ってのは夜勤明けの子拐って閉じ込めて薬打って言わせた愛の言葉か。その子の意思はどこにもない」


 豪我は決してこの関係を良くは思わない。重東もよく理解している。
だが、想定以上に情報を得ていたんだと少しだけ動揺する。

 せいぜい調べて分かることは、このあたりの情報だけだろうと見下していた。相手が自分の父親である前に、多すぎる組員を纏め上げ頭張る人間であることを忘れていた。
深めのため息を吐けば、やっと理解したかと豪我も小さく息を吐く。ここでブラフを提示してもすぐに嘘だと露呈し面倒になりかねない。選ばされているのに、選択肢が無い。


「……意思がない、のならば母もそうだったことでしょう。意見等取り入れてもらえず衰弱し最後の記憶は心を病んで荒ぶって俺に手を上げる寸前だった。余程母を追い詰めていたのが窺える」


 豪我の言葉が詰まったように止まる。
榊親子が仲が悪い理由、それが重東の母親、豪我の妻であった存在。


 プルルル…


 氷のように冷たくなった空間に響く着信音。鳴っているのが豪我の携帯でなければ今頃どちらかが怒り無差別に舎弟達が被害にあっていたかもしれない。
イライラの積もる空間でも組長に来る連絡を無下に扱うことは出来やしない。

「……おう、どうした」

『組長、ご指示通りにお連れできる状態になりましたんでお連れしても大丈夫ですか』

「重東も来てる、大丈夫だ」


 親子だから、といえば簡単な話だろう。考えている事がわかってしまった。自分が豪我の立場ならばやるであろうことが推測できてしまった。

 重東の殺意を込めて伸ばした手を易々と躱し制圧をする。右手で重東の頭を掴み地面に押し付け、左手で手首を拘束し身動きを封じる。


「……宏臣に手を出した奴全員の手首を切り落としてやる」

「ほぉ、宏臣っていうのか。かあいい名前だな」


 暴れたにも関わらず一切の呼吸の乱れもない豪我に底知れぬ怒りはあれど、組を仕切る組長という存在が重東ですら制圧できたのならすぐにでも首を取られて終わっていたと納得すら出来てしまうのが悔しかった。
 宏臣という名前を何度も復唱して押さえつけた重東の反応を楽しむ様は拷問に近い。

 外で待つ舎弟達は中でドタバタと聴こえても入る許可がないのにと悶々とすることしか出来ずにいた。
音がしてから十数分で、組長お抱えの幹部が一人の男の子を連れてきた。
叶真は姿を見るや否や自分の羽織っていたジャケットを脱いで肩からかけた。

 自分の服が見つからなかったのだろう、重東の服をまるでワンピースのように着て靴がなかったのだろう重東のブカブカな靴を借りて、外に出る格好ではない姿。

「……宏臣さん、寒いでしょう上着を。返却は若からで……って何故此処に?」


 叶真の質問の返答待たずして、宏臣の後ろから来た豪我の部下が叶真の言葉を遮るように「組長の所へ」と強めに宏臣の腕を掴み引っ張ろうとした。


「…ッ!おい、カタギの腕だろうが」

「うるせぇぞ叶真、組長の命だぞ。逆らうってのか」


 組の者がカタギ、つまりは一般人に睨みを効かせることはおろか言葉もましてや手を出すことなど許されていない。暴対法強まる時勢ではなおのこと。
ただ、叶真の懸念している点はカタギに手を出したということよりも違う点にあった。


「……ねぇ、なんでヒロが此処にいてお前風情が腕を掴んでるの」


 叶真の悪い勘だけは良く当たるようで。
豪我の企みに気付き手を出したが失敗に終わり怒りのままに部屋を出た重東が冷たい目をして宏臣の腕を掴んだ部下を見下ろしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

制限生活

澄玲 月
BL
R18作品です。ほぼ全部。 監禁だったり、もうすべてエロいことしまくります。

サファヴィア秘話 ―月下の虜囚―

文月 沙織
BL
祖国を出た軍人ダリクは、異国の地サファヴィアで娼館の用心棒として働くことになった。だが、そこにはなんとかつての上官で貴族のサイラスが囚われていた。彼とは因縁があり、ダリクが国を出る理由をつくった相手だ。 性奴隷にされることになったかつての上官が、目のまえでいたぶられる様子を、ダリクは復讐の想いをこめて見つめる。 誇りたかき軍人貴族は、異国の娼館で男娼に堕ちていくーー。 かなり過激な性描写があります。十八歳以下の方はご遠慮ください。

イケメン教師陵辱調教

リリーブルー
BL
生徒に、校長に、調教師に、日夜犯されるイケメン教師。彼には人に言えない秘密があった。大人のBL 今後の更新予定 2024年9月14日〜年内は毎週更新❣️ 土曜夜21:10 連載8周年ありがとうございます✨ ・公開後も適宜推敲(増量)しています。 ★special thanks★ ◆ミヤセ様@3388se 表紙イラスト・挿絵(2021)◆ ◆枯無様 1頁漫画化(生徒編)(2021)◆ ◆さやいんげん様 現在プロの漫画家さんになられました! 1頁漫画化(2017/12/10)◆ ◆奏陽様 小坂先生のSS(2018)◆ とりあえずエ.....エロイです.....////ドMで気弱な小坂さん最高です!!!!プライドは高いのに身体はエロイとかやばいっす!!!!(コタツ様) /えむっけのイケメンってだけでも萌えるのに、妻子ある校長先生っていうキャラとあの話し方、 素晴らしいです!! (sethna様) /耽美/切ない/シリアス/官能/羞恥/スカトロ/ドS/年の差/教師受け/淫乱受け/SM/高校/学校/過去あり/溺愛/執着/総受け/R18/エロ/ML/ヤンデレ/禁断/輪姦/玩具/女装/言葉責め/生徒会/モブ攻め/モブレ/総受け/小スカ/大スカ/自慰/撮影/ 【登場人物】 小坂 愛出人(こさか おでと)高校教師 2年2組担任 27歳 神崎 総一郎(かんざき そういちろう)校長 麓戸 遥斗(ろくと はると)調教師 村田 悪照(むらた おてる)高2 2組 宮本 桜児(みやもと おうじ)高2 2組級長 水瀬 慈育(みなせ じいく)生徒会長 高3 伊東 不離(いとう ふり)風紀委員長 高3 池井 櫂(いけい かい)他校の先輩教師。研修会で小坂を世話。 池井 慶(いけい けい)麓戸の高校時代の後輩 ★フリー素材写真 一部挿絵・写真加工/リリーブルー (以前の表紙Cover photo by S. Hermann & F. Richter) エックス @lilymetroblue twitter.com/lilymetroblue 主人公総受け。生徒会長と級長は襲い受けなので先生が攻め。 受け攻め度↓ 校長>調教師麓戸>不良村田>風紀委員長>先輩教師池井>主人公イケメン教師小坂先生>生徒会長>級長宮本 ※本作品はフィクションであり実在する団体・組織等とは関係ありません。

暴君に相応しい三番目の妃

abang
恋愛
貧乏なのに見栄張り、そんな両親と兄妹の居る伯爵家よりはマシ。 売られるようにして帝国へと送られる筈だった妹の代わりに彼女は帝国の皇帝。暴君 ヒンメル・ジャスピアの妃になった。 けれど三番目の妃の役割は情婦のようなものだと知る。 しかも空席の皇后の座に代わって権力をもつ二番目の妃 アエリは嫉妬深く新しい妻を酷い目に合わせるので三番目の妃が変わるのは初めてではない。 そうして家族に都合よく売られてしまったお人好しなドルチェ・ヴァニティはドルチェ・ジャスピアとなったが、彼女には美しい容姿と素晴らしい身体。そして……「魔法が使えたのか?」素晴らしい魔法の力があった。 皇帝の情婦?いいわ、なんだってやってあげる。 けれど、私を侮らないで。 うっかり喉元を噛みちぎられたく無ければね。

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

堕ちた英雄

風祭おまる
BL
盾の英雄と呼ばれるオルガ・ローレンスタは、好敵手との戦いに敗れ捕虜となる。 武人としての死を望むオルガだが、待っていたのは真逆の性奴隷としての生だった。 若く美しい皇帝に夜毎嬲られ、オルガは快楽に堕されてゆく。 第一部 ※本編は一切愛はなく救いもない、ただおっさんが快楽堕ちするだけの話です ※本編は下衆遅漏美青年×堅物おっさんです ※下品です ※微妙にスカ的表現(ただし、後始末、準備)を含みます ※4話目は豪快おっさん×堅物おっさんで寝取られです。ご注意下さい 第二部 ※カップリングが変わり、第一部で攻めだった人物が受けとなります ※要所要所で、ショタ×爺表現を含みます ※一部死ネタを含みます ※第一部以上に下品です

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

妹に騙され性奴隷にされた〜だからって何でお前が俺を買うんだ!〜

りまり
BL
俺はこれでも公爵家の次男だ。 それなのに、家に金が無く後は没落寸前と聞くと俺を奴隷商に売りやがった!!!! 売られた俺を買ったのは、散々俺に言い寄っていた奴に買われたのだ。 買われてからは、散々だった。 これから俺はどうなっちまうんだ!!!!

処理中です...