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2.再開期

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 遠ざかる意識の中。消える前の世界は断罪式で多くの知らない顔から投げられた石が痛くて、ミルワームに切られた顔の傷が痛くて、いたくてイタくて………



 再度覚醒した意識で見た世界は、初めての場所なはずなのにラウリーはどうしてか懐かしさに包まれる泉の畔。
花が咲いて柔らかな心地よさのある不思議な空間。
 花がチラチラと揺れては光る綿毛を飛ばす。


『リリアリーティが帰ってきた』
『また会いに来てくれた』


 脳内に直接届く幼い声がたくさんある普段ならば混乱するであろう状況下でも落ち着いていられる。
きっと夢なのだろう、とラウリーはどこか客観的にいられた。


「……あまり深く考えていると堕ちてしまうぞ」


 ふと後ろからした脳に直接でない現実味のある声。
どこか懐かしさを場所だけでなく声からも感じるなんて不思議なこともあると思いながら声の主の方向へ振り返る。
 ラウリーに声をかけた主は蔦のように長くしなやかに伸びる黒みがかった緑の髪、とてもスラッとした高身長の身体に淡く白みがかった蒼い瞳は、鏡でみた自分の瞳とどこか似ていた。

 光に当たれば髪の色がハッキリと緑になり、まるでこの森の緑と繋がっているように風に靡く。

 目があった瞬間、ミルワームに切られたラウリーの顔の傷をまるで自分が受けた傷かのように痛そうな顔をして表情を曇らせた。
『また…苦しめられているのか』言葉ではなく脳内に直接届いた声で、ラウリーからしたら初対面であると思っていたがどうやら相手からしたら初めましてでは無いようで。


「………私たちは何処かで御会いしたことがありますか」


 ラウリーには声が無かった。幼い頃の熱病で喉は焼けて発声の力ごと失くなった。
失くなったはずなのにどうしてか、ラウリーは発声の力を失った幼少期から十何年経った今普通に声が出た。
 自分から話し掛けておいて、自分が一番驚いているという状況に相手は一切の動揺を見せなかった。


「今の君は簡単に言えば意識の中だ。身体自体は気絶でもしているのだろう。意識の中では喋れても戻れば話せなくなるだろう……」


 男はラウリーの質問には少し悲しそうな顔をしただけで、違う話をして逸らすように言葉を変えた。
男は愛しそうにラウリーの顔を見つめて、また声ではなく脳内に直接届く『幸せになってくれ』と言った。


「………時間だな、ラウリー。にはラウリーの言葉でちゃんと気持ちを伝えてやると良い……幸せになって今度はちゃんとした姿で会いに来てくれ」


 夢の区切りのように黒い穴に堕ちる感覚。綺麗だった泉や男がどんどん消えていく。
瞬きをするタイミングで全てが消えて、真っ黒な世界。
何もかもが消えてしまった、まるで最初から無かったかのような光りも見えない闇の中。



「……リー、ラウリーッ……いたら返事を…ラウリー…」



 懐かしい声、ただどこか懐かしくとも初めて聞く声。
先ほどの男といい懐かしさに心揺れ動いても、記憶にあるものとはなにかが違う。

 正面から走っているのか音がどんどんと近づいてくる。真っ暗なはずなのにどうしてか道になにも障害物がないことがわかる。一直線にラウリーも声の主の方へ足が動いてしまう。
 初めてなのにも関わらず『会いたい』と思ってしまったこの気持ちには嘘はつけそうになかった。


 男の姿を見た時、ラウリーの心は計り知れない。
腰辺りまで伸びた長い黒髪、本で読んだ龍の血を強く継いだものに現れる深紅の瞳、青紫色の唇。

 公国の主と呼ばれている奴隷解放の英雄の容姿と同一の見た目にラウリーは本能的に頭を下げる。その行動全てがアウスからしたら初めて会った奴隷だった時のラウリーと重なり、貴族には失礼な行動だとわかった上で腕を強く掴み頭を上げさせる。
自分を畏怖対象として見ないでいてくれるだろうか、という淡い期待を捨てきることは出来なかった。


「…俺に頭を下げなくて良い、俺は……君を傷付けたりはしないから」


 ラウリーは何故だか先に会った彼の、気持ちを伝えてやると良いという言葉を思い出す。
次に会うのがアウスだと知っていたからこその言葉だろうが、ラウリーには中々難しいことだと知っていただろうに。


「……手紙に書いたように、君を守れる土台を作ったんだ。初めましてというのにこんな事を言う俺を許して欲しい………愛している、君と結婚したい、です」
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