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叙任式と模擬試合

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 支度のための時間が終わると、ミランが闘技場に再び姿を見せた。
 彼が纏う鎧は、銀色に輝く美しい金属鎧プレートメイルである。
 ただ、鎧の構造はあまり大仰なものではなく、身体に合わせて細身に纏められた動きやすそうなものに見えていた。
 一見、外見を意識する彼らしくない鎧に思えるかもしれないが、よく見ると、そこかしこに流線形の文様と装飾が施されているのがわかる。
 そして、その文様が鎧全体を何とも言えない上品な雰囲気に仕立て上げていた。
 ミランはそれに加えて左手に、大きめの方形盾ヒーターシールドを持っている。
 その磨かれた銀色の金属板は、上品な鎧の雰囲気とも合っているように思えた。

 対するセシリアは、カイが作った白い無機焼結体セラミックスの鎧である。
 白地に青い装飾の入った鞘は、今は開かず腰に吊していた。

 闘技場の観客席にいたカイは、ミランが闘技場の中央まで到達したのを確認すると、手招きをして、セシリアを近くまで呼び戻した。
 指示があるのなら先に伝えておけば良かったように思うが、カイの様子を見てみると、わざとこのタイミングを選んで呼び戻したらしい。
 セシリアは対戦直前だけに若干の躊躇を見せたが、結局カイの指示通りに、彼とリーヤの側まで戻った。
 そして、彼女は改めてミランがいる方向を見つめると、その体勢のままで、カイの話に聞き耳を立てる。

「いいか、セシリア。
 そこで動かずに、俺の話をよく聞いてくれ」

 セシリアはその声を聞いて、一瞬視線をカイの方へと向けた。
 なぜならその声が、自分が想像していたよりも、近い距離から聞こえたからだ。

 見ると、カイの日焼けした顔は、まるで口づけされそうな程に迫っていた。
 それは、大勢の観客の声の中で、指示を伝えるためには仕方のないことだったのかもしれない。

 だが、それでも、セシリアは一瞬ドキリとした。
 とはいえ、出来るだけ平静を装って、ミランの方へと視線を戻す。

 恐らくその様子を遠くから窺っていたのだろう。ミランの表情は、明らかに険しいものへと変貌へんぼうしていった。
 彼の感情が単に憎しみを表しているのか、嫉妬を表しているのかは、ここからではわからない。
 とにかく彼の何らかの強い情念が、セシリアを捉えて放さないことだけは確かなようだ。

「セシリア、ヤツを
 追い込まれた者は、必ず思わぬことをしでかす。
 見たところ、ヤツは君に随分とご執心なようだな。
 だからこの戦いも、君が優勢になった時が、実は一番危ない。
 何か思わぬことを仕掛けられたとしても、決定的な隙に繋がらないよう十分気をつけておくんだ」

 セシリアはカイの言葉を頭に叩き込むと、静かに彼の方へ向き直って一つ頷いた。

 セシリアは目の前にいるミランが、普段稽古の相手をしてくれているカイよりも手強い存在だとはとても思えなかった。
 だが今、彼が警告してくれたように、ミランは何を考えているのかわからない不気味さを持っている。

「では、双方前へ」

 審判ジャッジが掛けた声に合わせて、セシリアとミランが中央に進み出た。
 足音が殆どしないセシリアと比べると、ミランの金属鎧プレートメイルは歩く度に、キィキィと不快な金属音を立てている。

「双方、剣を抜きなさい。
 それぞれ、正々堂々と勝負することを誓うように」

 審判ジャッジの言葉を聞いた二人は、それぞれ異なる言葉で騎士の誓いを立てた。

「我が名はセシリア・アロイス。
 この剣にかけて、正々堂々と戦うことを誓う!」

「我が名はミラン・ギャレット。
 この剣にかけ、我が身に恥じぬ戦いを誓おう。我に名誉を!!」

 二人の誓いを聞いた審判ジャッジが、後方へ下がりつつ開始の声を上げる。

「では、始め!!」

 その言葉と共に、一斉に観客たちが声を上げた。
 セシリアとミランは声援に押されて、お互いが前方へ一気に踏み出してゆく。
 そしてもう一歩で剣が届くという距離になって、ミランがニヤリと不敵に笑った。

「ククク――。
 セシリア、手加減はしないぞ」

「無駄口を!!」

 セシリアはそう叫ぶと、振りかぶって先制の攻撃を仕掛けた。
 それは、ある程度、受け払われることを想定した左からの一撃だ。
 果たしてミランはそれを簡単に払うと、鋭い剣勢の反撃を加えてくる。
 セシリアがその攻撃をひらりとかわすと、観客たちの声が一段と高くなった。

「躱したぞ!!」

 先ほど対戦を見たとはいえ、誰もがセシリアの実力を計りあぐねている。
 それもあって、闘技場に詰めかけた観客の大部分は、立場上劣勢なセシリアに声援を送っていた。

 セシリアがミランの攻撃を受け流すと、その度に観客たちはいちいち大きな歓声を上げる。
 すると一〇合もやり合わぬうちに、ミランの攻撃が大振りなものに変化し始めた。

 見れば彼の眼は赤く充血して、表情には余裕が伴っていないように思われる。
 額からは動く度に、大粒の汗がしたたり落ちていた。

「チッ――!!」

 ミランは攻撃が一向に当たらないのに苛立っているのか、いちいち舌打ちを挟みながら剣を振るい続けている。
 対するセシリアは受け流すばかりで、決して無理な反撃を仕掛けようとはしていない。

 そしてそのやり取りが更に一〇合ほど続いた時、セシリアはミランの攻撃を、一旦ガッシリと剣で受け止めた。
 直後、彼女は力一杯押し返して、ミランが剣を持つに鋭く襲い掛かる!

「そこッ!!」

「クッ――!!」

 これまで大した反撃を受けてこなかったミランは、完全に不意を突かれてしまった。
 彼は不自然な体勢のまま防御を試みたが、方形盾ヒーターシールドの防御が間に合わない。
 次の瞬間、カンッ!という乾いた音が響いて、セシリアの剣がミランの籠手ガントレットをとらえた。

「――今のはいいわ。
 動きが鋭い」

 観戦席から二人の戦いを見守るオヴェリアが小さく呟く。

 一見、ミランが装着する籠手ガントレットには大した被害がないように見えた。
 だが、手首に打撲を負ったミランは、如実に攻撃速度を落としていく。

「あとは女性ゆえの非力さを、どうやって補うかね」

 オヴェリアは静かにそう呟くと、ニヤリと唇を吊り上げながら不敵に微笑んだ。

 打撃を受けてしまったミランの表情は、より一層焦りが見えるものへと変化を遂げた。
 彼は痛みで攻撃の精度が落ちているのか、ある程度剣を大雑把に振り回している。
 セシリアは注意深くミランの動きを見極めると、剣勢に巻き込まれないよう、隙が生まれるのを待った。

 ――そして、それはセシリアが隙を突いて、前に出ようとした瞬間の出来事だった。

 ミランが間合いを詰めてきたセシリアに向かって、一気に左手のを振りかぶる。
 これまでいい加減に振り回されていた剣の動きは、実はミランがセシリアを誘い込もうと、仕掛けただったのだ。

「クッ――!!」

 今度は罠にかかったセシリアの方が、窮屈な姿勢で身を守る番だった。
 彼女は慌てて盾を展開すると、襲いかかってくる方形盾ヒーターシールドの衝撃に備える。

 果たしてセシリアはミランの盾の一撃シールドバッシュを、何とか防ぎきることに成功した。
 だが、盾を開き、両手で剣を持てなくなったセシリアは、そこからミランの剣勢に力負けするようになる。

「どうした! 逃げ回ることしかできないのか!?」

 ミランは騎士長というだけあって、充実した体力を持っていた。
 変わらず剣の振りは大雑把だったが、セシリアはジリジリと、闘技場の端の方へと追い込まれてゆく。

 だが、彼女は後退しながらも、冷静に反撃の機会を窺い続けていた。

 そしてセシリアは一瞬の隙を突くと、再びミランが剣を持つ手に向けて襲いかかる!
 その突進は身の危険を顧みないような、ある種思い切った攻撃に思えた。

「ぐあっ!!」

 セシリアが巧みに操る剣は、剣と盾の隙間を縫うように彼の手首を叩く。
 二度に亘って同じ場所を叩かれたミランは、痛みに耐えきれずに剣を取り落としてしまった。

「剣を落としたぞ!!」

 それを見届けた観客たちが、思わず大きな声を張り上げる。

 誰の目にもセシリアが、決定的なチャンスを得たように思えたのだ。
 とはいえミランは腐っても、騎士長に選ばれる実力を持つ騎士である。
 彼は地面に剣を捨て置いたままで、再び盾を勢いよくセシリアに叩きつけようとした。

 そして、その盾の一撃シールドバッシュは、至近距離にいたセシリアの盾を綺麗に弾き飛ばす。
 ミランはそれに手応えがあったのか、宙を舞った盾を見て、一瞬ニヤリと表情を崩した。

「――ハァァァァッッ!!」

 直後、周囲に響いた声を聞いて、ミランの表情が凍り付いた。
 無論、ミランがセシリアの盾に気を取られた時間など、極々僅かな時間にしか過ぎない。

 だが、それはセシリアが剣を構え、間合いを詰めるには十分な時間だった。
 ミランはその瞬間に、自分が陽動を仕掛けたのと同じように、彼女がのも、時間稼ぎの陽動だったことを理解した。

「ば、馬鹿な――!?」

 セシリアが放った渾身の一撃は、ミランの脇腹を一直線に方形盾ヒーターシールドごと真横から殴りつけた。
 それによって彼の磨かれた盾には、大きな凹みができてしまう。
 そして、ミランは剣で横殴りされた衝撃に、耐えることができなかった。

「グアアァァァァッッ!!」

 彼は方形盾ヒーターシールドを取り落とすと、堪らず真後ろに尻餅をついてしまう。

 これでミランは完全に丸腰になってしまった。
 明確に勝機を悟ったセシリアは、さらに前へと躍り出る。
 彼女は両手で剣を握ったまま、ミランの喉元に剣を突きつけようと、一気に突進した。

「セシリアッ!!」

 その時、観客席から響いた声に、彼女はハッと我に返った。


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