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60 みんなでゴハン。クロックムッシュ風

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「何を作るんですかエフィルア様」

 宿屋の大部屋にある共用の調理場。夕食の準備をする俺。
 トカマル君は俺の頭の上から手元を覗き込んできて、ズリ落ちそうだ。
 
 さて、フレンチトーストにしろクロックムッシュにしろ、材料はこれだけでは足りないから、あくまで別の何かだ。

 とはいえ、モサモサのササミみたいな肉パンティーギの場合、卵をしみ込ませて焼くだけだって美味しくなる。これに生ハムまで挟んでおけば、程よい塩気と風味も加わって十分美味しい料理になる。

 とりあえずインベントリからボールを取り出し、卵にティーギを漬け込んでおく。インベントリには基本的な調理用具や少しばかりの調味料は常備している。

「卵か。こいつは貴重品だな、いいのかい?」

 食いしん坊おじさんが横から俺の手元を覗き込んでいる。
 トカマル君は俺の頭の上から覗きんで居るし、ロアさんは脇の下から鼻先を突き出そうとしている。なんだかとても狭い。

 卵は肉に比べると貴重品ではあるが、普通に店にも売っている。
 爬虫類系や鳥系の魔物を狩りに行った冒険者が見つけて持ち帰ってくるのだ。

 ちなみに牛乳の入手方法を俺はまだ見つけられていない。
 この世界の牛も山羊も凶悪凶暴。人間を襲って喰らう魔物だ。もちろん大人しく乳搾りをさせてくれるはずもなく。

 唯一、精霊馬だけは家畜化されているが、残念ながら乳は出ない。
 馬とは行っても元々は森の精霊ユニコーンで、それが長い時間をかけて人間のもとで暮らすようになった存在である。
 ユニコーンの系譜だけあって、主人と定めた乙女の言う事しか聞かないから、必然的に御者や行商人は女性が勤める事が多かったりする。

 大屋さんの馬車を引いている馬も、もちろんその種の精霊馬である

「あ、そういえば、失礼ですがレベルはどれくらいあります?」
「レベルか。まあ、20台前半だな。ってことはなにかい? その卵……」

「ゴルゴンの卵なのでギリギリ食べられますね」
「なんだよ、また良い材料を使ってやがんな兄さんは」

 あまり強力な魔物の素材は、低レベルな人間には毒になる。
 すぐに魔素中毒になる。
 成長したゴルゴンの肉のだとレベル20台ではとても食べられないが、卵ならば問題ない。 

 卵が染み込むのに時間がかかるから、しばらく雑談。
 フレンチトーストの場合、本当は一晩寝かせるとか言うけれど……
 いや、だって、今食べたいし。

 暇なのでおじさんの話を聞いてみる。
 名前はバラガ。ソロの冒険者というわけではなく、この町で仲間と落ち合う予定らしい。

「ウチのは陽気なやつらだぜ。品はねぇがなっ。バッハッハ」

 バラガおじさんは怪我をして、しばらく療養中だったようだ。
 もう元気そうだけどね。

「なあ兄さん。それで、そろそろ、俺はハラペコでペッコペコなんだがなぁ」
「僕もです」「もちろん私も」

 おじさんとトカゲさんとロアさんが揃って急かしてくるので、もう焼いてしまう事に。なるべくバターに近い風味の獣油を選んで、塩を少しだけまぶしてと。ああ、コショウが欲しいなぁ。

 薬草のたぐいなら普通に生えている物もあるのだから、コショウだって普通の植物として存在していてもおかしくないと思うのだが。これに関してはまだ情報のひとつも見つけられていない。

 この世界にはネットもないし物流網だって貧弱。もし世界のどこかに普通に存在している食材ても、中々一般人の手元には届かないのだ。
 街道にすら普通に魔物が跋扈しているのだから、流通機能が貧弱なのは仕方のないことだろう。
 結局、自分で歩き回って探すしかないよな。

 という感じで、とりあえず出来上がったぞ。
 肉パンティーギにゴルゴンの卵を染み込ませて、オークの生ハムを挟んでマイルドな油で焼いただけ。

 出来ればチーズもあればな。半分に切ったパンの断面からトロリっとね。それに付け合せのレタスとトマト。はぁそんなのは贅沢すぎるな。とにかく皆でいただきましょうかっ。

「馬鹿かよ。くそうめぇよ。あーー、脳髄がしびれる、しびれて死ぬな」
「う~~ サクサクッの、フワフワっですね」
「はい、おーいしーです。あ、でも、僕のにはもう少しエフィルア様のトッピングを……」

 ああそうだ、忘れていた。
 トカマル君は冥界ジュエルサラマンダーという生き物だ。鉱物や宝石が大好物。それによって成長もするし、特殊能力を身につけたりもする。

「これでお願いしますっ」
 そう言ってトカマル君が出してきたのは小さなルビーの原石だった。
 真っ赤に燃えるトマトのような石だった。
 これは、俺の魔力を注ぎ込んでから自前の簡易魔道炉に入れて軽めにチンする。
 やりすぎるとプルプルになってしまうから、今日は少し柔らかくなる程度で良いだろう。

「ロアさんもいります?」
「もちろんじゃあないですか。当然にして無論の事ですよ」

 というわけで2人の皿に、細切りにした半生ルビーをパラッとかける。
 特に大きな味の変化があるわけではないけれど、魔力味? そんな感じのコクと深みが生まれる。
 もちろん、魔素の供給には最高だ。

「おい、おいおいおい、なんだよ、俺にもかけてくれよ赤いその変なやつを」

 バラガおじさんはそう言うが、それは無理な事だった。普通の人間が食べると間違いなく何かが起きる。少なくとも狂気化したり肉体がバランスの悪い変異をおこしたりはする。

「すみませんね、これは基本的に神獣用なんですよ。ロアさんはちょっと特殊な人なので少しは食べられますが」

「くあ~~、なんだよなんだよ。ん~、だがまあ良いか。これだけだってメチャクチャ美味いんだ。この卵も濃厚だし、生ハムの滑らかな舌触りだって普通のもんじゃないぜ。こりゃあどっかの王宮料理で使ってるもんだって言われても納得するね、俺は」

 おや。バラガおじさんは大雑把な見た目と違って、繊細な舌をもっているのかもしれない。
 その生ハムは確かに王国の守護神獣から貰ったものだからな。

 しかし3人ともガツガツ食べるね。
 ロアさんは狼の如くバクバクとあっという間に。
 トカマル君は手乗りトカゲサイズで啄ばむように高速に。
 バラガおじさんは、「くあ~ッ」とか、「うめぇ~」とか、「ふぁっふぁ」などと声を上げながら食べてゆく。

 バラガおじさんの雄たけびが喧しいせいか、大部屋の皆さんの視線がさらにこちらに向いてくる。ちょっと気まずくなってきた。

 そしてついに、一番近くにいた女性グループが立ち上がって俺達の前へ。
 ああごめんなさい。うるさかったですね、このおじさんは。全然知らないおじさんなので煮るなり焼くなり好きに処罰を与えてもらってかまいませんよ。

 そうやってバラガおじさんを差し出そうとする直前に、女性グループの1人が言った。

「あの、私たちも混ぜてくれませんか? 角ウサギジャッカロープの肉くらいしかないんですけど」
「あ、ずりぃっ。なら俺達も!」
「おいおい、じゃあウチもだ!」

 ガヤガヤと集まってくる冒険者。
 格安な大部屋に泊まっているだけあって、皆ほとんど貧乏冒険者のようだった。持っている食材も良いものではない。
 しかし今日この中に、闇属性だからどうだのと言ってくるような人間はいなかった。それよりも美味いもの食おうぜといった感じである。結局、皆で食材を出し合っての賑やかな晩御飯となった。
 
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