上 下
55 / 61

55 トカマル君の宝石

しおりを挟む
 広場には大勢の人間が集まっていた。
 妙な儀式を続ける慈愛の女神の信徒たち、それを眺める観衆、様子を見に来た衛兵たち。そして、すでに魅了術の影響を受けてしまった人々。
 その中には、先ほどウチで買い物をしてくれた気のいいおじさんもいた。

 いっぽう濁声カエルおじさんは、魅了した人間たちを引き連れながらも衛兵と話をしている。

「魅了術? いやいや何を馬鹿なことを。我らの儀式はあくまで女神様の降臨を行ったものである。魅了術など使うものか。もっとも、慈愛の女神様のお姿に目を奪われれば、普通の人間ならば心を奪われてしまうのは仕方のないこと。それは女神様が元来お持ちになっている魅力なのだ」

 何か面倒くさい事を述べ散らかす高音濁声ガエルだったが、衛兵はそれ以上追求することもなく撤収しようとしていた。

 魅了された人々は、あの妙な女神像を見つめたまま神輿の行列について歩いている。
 もちろん、うちのお客のおじさんも。

 良く知らないおじさんではあるが、多少気がかりだな。
 魅了状態を回復させるような術でも使えればよいのだが、残念ながら俺は持ち合わせていない。

 何か他に魅了術を打ち破る方法はないものか…… 
 ふむ、あの像を破壊すれば術そのものは消えそうだが、魅了されている人たちの精神に多少なりともダメージが残りそう。微妙だな。あ、そうだ。

「トカマル君、あの宝石を試してみようか」

「宝石ってあれですか?」
 トカマル君の手のひらからは、大ぶりのムーンストーンがにょきりと生えてくる。

「そうそう、それ」
 こいつはアンデッドの古城でスパルトイ達が守っていた宝石だ。

 トカマル君は魔力を秘めた宝玉を体内に吸収することで、石の属性に応じた術を習得できるはずなのだ。
 せっかく手に入れたのだから、すぐにでも使ってみたかったのだが、色々あって今にいたる。

 なにせこの石、よりにもよって強い聖属性を持った石だったのだ。ムーンストーンのなかでも特に聖なる癒しの力に特化した、ヒーリングムーンスト―ンというものらしい。
 トカマル君て俺の闇属性な魔力を摂取して成長してきたわけだし、少なからず影響を受けているのではないか? そういう懸念があったのだ。聖属性の石なんか摂取して大丈夫なのかどうか、安全性を調べるのに手間取った


 今朝になってようやく、摂取しても問題ないという研究成果をダフネさんが持ってきてくれた。
 石は今朝の出発前にトカマル君の口に入った。入りたてである。

 結果的には諸々の心配はまったく無用なものだった。彼は今や聖属性魔法を操るトカゲである。
 戦うときには死神のような大鎌を操り、白銀の全身鎧をまとう聖属性トカゲである。

「でもでも、僕が回復魔法なんて使うのヤじゃないですか? エフィルア様って聖属性は好きじゃないでしょう?」

「いやいや、べつにそんな事はないよ。いちおう弱点だから、それで攻撃されたら多めにダメージを受けるけどね、それだけの事だし」

「ほんとうですか?」
「うむ、むしろ俺には不得意なジャンルの魔法だから、トカマル君が習得してくれると助かるよ。ぜひ頑張って覚えて欲しいくらいだ」

「むふー、それなら頑張ります」
 トカマル君は手の平に大きなムーンストーンをゴロリと露出させたまま、魔力を込めた。

「あの人たちの魅了状態を回復させるんですよね?」
「そうだね。できそう?」

「うーん、うーん、この石で使えるようになった魔法は、いまのところ回復魔法ヒールと浄化の雨っていうのだけで…… 浄化の雨を使えば一瞬くらいなら魅了状態をとけそうです。でも効果は一瞬だけです」

 聖属性の回復魔法の1つ、浄化の雨。これは精神的な状態異常を打ち消す効果をもった光の雨を一定時間降らせるという魔法だ。

 その効果時間は術者の力量による。
 トカマル君はまだまだ使っていられる時間は短いようだが、今はそれで十分だった。

 ほんの一時でも魅了術が解ければ、あとはその隙に女神像を破壊してしまえば済む話だ。
 そして、

「ヌァァッ?! 何事か?!」
 
 浄化の雨が降り注いだ。その瞬間、広場は少しざわめきたった。喧噪の間を縫って、俺は小さめの魔弾を放った。見事に爆散する女神像。

 魔弾の発射は音がするし、弾の目視も可能である。こんな人ごみで使えば俺がやった事がばれる可能性もあった。が、幸いなことに人々の目は女神像の方に向いていて誰も俺に気がついた者はいない。

 濁声カエルと信徒の連中は騒然としている。
 魅了されていた例のおじさんは正常な状態に戻ったようだ。首をかしげながら小道へと歩いていった。
  
「エフィルア様、僕ちゃんとできましたよっ。浄化魔法! ふっふっふー」
 嬉しそうにするトカマル君の頭をグイッとなでてから、俺はその場を去ることにした。

 濁声カエルおじさんたちは血眼になって儀式を邪魔した犯人を捜そうとしていたが、索敵能力はあまり高くないようだった。
 
 女神像が破壊された広場からは、徐々に人が減っていく。
 俺達も馬車を進め、町の入り口付近に移動させるのだった。

 この町には門のそばに広めの空き地があって、そこに馬車を止めておけるようになっている。
 この空き地は有事の際に、他所から集められた兵士が陣を張ったりする場所らしい。が、平時には一般にも貸出しされているのだ。

 今晩はここに止めた馬車の中で一泊する予定だ。
 いちおう宿に泊まることも可能っぽいが、俺の闇属性パワーは相変わらず健在。なにかと変な目で見られるので馬車の方が気楽だろう。

 翌日の朝。俺達はドンパウの町の外へ。
 大屋さんと彼女の馬車はそのまま南町へと帰っていったが、俺達は野原へと向かう。ワイルドキラーストロベリーという魔物を探して。

 俺達の屋台のお客さん第1号である例のおじさんが教えてくれた魔物を探すのだ。
 香りの良い植物系モンスターだというが、さて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

やがて最強になる結界師、規格外の魔印を持って生まれたので無双します

菊池 快晴
ファンタジー
報われない人生を歩んできた少年と愛猫。 来世は幸せになりたいと願いながら目を覚ますと異世界に転生した。 「ぐぅ」 「お前、もしかして、おもちなのか?」 これは、魔印を持って生まれた少年が死ぬほどの努力をして、元猫の竜と幸せになっていく無双物語です。

勇者召喚に巻き込まれたおっさんはウォッシュの魔法(必須:ウィッシュのポーズ)しか使えません。~大川大地と女子高校生と行く気ままな放浪生活~

北きつね
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれた”おっさん”は、すぐにステータスを偽装した。  ろくでもない目的で、勇者召喚をしたのだと考えたからだ。  一緒に召喚された、女子高校生と城を抜け出して、王都を脱出する方法を考える。  ダメだ大人と、理不尽ないじめを受けていた女子高校生は、巻き込まれた勇者召喚で知り合った。二人と名字と名前を持つ猫(聖獣)とのスローライフは、いろいろな人を巻き込んでにぎやかになっていく。  おっさんは、日本に居た時と同じ仕事を行い始める。  女子高校生は、隠したスキルを使って、おっさんの仕事を手伝う(手伝っているつもり)。 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめて行います。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

処理中です...