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51 護送任務あるいは、

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 浮遊する古城の下側には大量の土がくっついている。
 コボルトの坑道街は今、その土の中にあり、その坑道街の一角に俺達の新居がある。
 この小さな一軒家で俺たちの少しだけ新しい生活が始まりつつある。

 この建物は元々、コボルトさん達の古い集会場だった建物らしい。だがなんと、それをわざわざ俺たちのために改築してくれ特別物件なのだ。

「エフィルアの旦那。すみませんね、まだまだ直しが終わらなくて」

 コボルトの大工さんはそんな事を言ってはいるが、いやいや、すでに十分な生活が出来る状態だ。
 細かな細工仕事を得意とする彼ら。その基準で考えると、内装も外装もまだもう少し手を入れたいのだそうだ。

 ロアさんが希望していた大きめのベッドまで既に特注で用意してくれている。
 建物もベッドも、コボルトサイズではなく人間サイズに調整してくれてあるのだ。

 随分と世話になってしまっている。俺も少しは働いて返さねばならない。
 もちろん諸々の代金は支払うとも言っているのだが。

「旦那、何を言ってるんです。旦那から貰ったあのイカ肉だけだって、俺たちにゃ当分の間は食うに困らないほどの獲物ですぜ? 族長もそう言ってたじゃあありませんか」

 そんな感じで金銭は受け取ってもらえなかったりする。
 まあとりあえず、自分に出来ることを地味にやっていこうか。
 
 大工さん達を家に残し、俺は母屋の外にある土蔵つちぐらへと移動する。
 簡単には出入りできないつくりになっている頑丈な蔵で、その中には転移陣が設置されている。

 転移陣の作者は地獄の死霊王ダフネさんである。
 これを通り抜けると、はい。久しぶりにやってきました人間の町。

 転移陣は俺が暮らしていた小屋へと通じている。
 小屋の玄関から外へ出ると、相変わらず寂れた雰囲気の墓場がある。


 俺は1人、町の中にある大家さんの商店へ向かった。
 店に入ると彼女がいつものように奥から出てくる。変わらず元気そうである。

「なんだいエフィルアじゃないか、貰った家賃なら返さないよ? ひっひ」
 そしていつもの魔女っぽい笑顔である。

「いえいえ今日は契約の延長をお願いしに来たんですよ。とりあえず1年分。今後もあそこお借りしたいのです」
「おやおやなんだい。風の噂じゃあね、奇妙な城を手に入れて、そっちに住み始めたって聞いたけどね。あの墓場の小屋にまだ何か用があるってのかい」

「ええまあそうなんですよ。ちょっと特殊な用途に使いたいので、大屋さんにじゃないと頼めない事なのです」
「なるほど分かった。好きに使いなエフィルア」

 なにせあの浮遊古城と、この人間の町を転移陣で繋げてある場所なのだよ、あそこの小屋は。こんな所業は他の人間ではまず許可してくれないだろう。

「ただしだよ? そのかわりに何をやっているのかは私にも見せてくれるんだろうね? どうせ面白そうな何かをやっておいでだろう?」

 大屋さんならば面白がってくれるような気はしていたが、安定の奇人ぷりに密かに安堵あんどする俺がいた。

「ふふふ、そんなたいした事でもないですけれど、ぜひ大屋さんも遊びに来てください。ご案内しますよ」
「ひっひっひ、楽しみだね」

 帰りがけ、彼女はまた自慢の肉パンティーギをくれた。ありがたくいただく。
 とくべつ上等なパンというわけじゃあないが優しい味で、俺はこいつが好きだ。

「じゃあまた寄ります」
「ひぇっひぇひぇ。今度来るときは儲け話でも持ってきておくれよ」

 ふむ…… 儲け話か。実は1つ考えていることはあるのだ。
 コボルトの群長じょいぽんさんから相談を受けた話でもあるのだが。さて、俺はティーギをかじるのをいったんやめて口を開く。

「そうそう、それなら良い話があるんですよ。大屋さんにぴったりの商談です」

「んんんっ?! 馬鹿だねぇ、そんな話があるならすぐに言いなあ」
 彼女は不敵な笑みをうかべた。

 大家さんは手広くいろんな商売をやっている。そして相手を選ばない。
 実はコボルトさん達が人間と商売をやりたがっていたから、その窓口に良いかと思っていたのだ。それを伝える。

「きぇ~~っひぃぇっひぇ。こりゃたまらんっ」
 嬉しそうな大家さん。これなら上手く進みそうだ。
 とりあえず一度コボルトさん達にも合わせてみようか。

「ひゃっひゃっひゃ。こいつは楽しくなってきた」

 近いうちに群長夫妻と顔を合わせてもらうように話をまとめて、俺は彼女の雑貨店を後にした。

 町の様子を眺めてみる。
 変わらない日常と、潰れた聖女神殿。
 領主の館は以前と同じように残されているが、妙に静かで人の出入りも少ないように思えた。

 冒険者ギルドに入ると、そこにはいつもどおりに煩いギャオの声。
 こいつは相変わらずだな。

 冒険者ギルドのマスターダウィシエさんはまだ傷が癒えていないようで、事務仕事に精を出していた。
 俺は中の様子を少しだけ覗いて、すぐに外へでた。

「や、やあエフィルア」

 ギルドを出たところで声をかけてきたのは次代剣聖シオエラル。領主の息子である。微妙な笑顔を振りまきながら近寄ってくる美男子というのは、なんとも微妙な不気味さがあるものだ。

 なんだろう、なにか良からぬことでも企んでいなければ良いのだが。
 彼の隣には見知らぬ人物がいた。奇妙な風貌の男で、その顔は良く見えない。

 男は、王国に所属する特務兵の1人だと名乗った。
 特務兵。リナザリア王国の特殊部隊員のようなものらしい。

「なに、私などは何でも屋のようなものです」

 男はそう言ったが、隣にいる領主の息子のかしこまり方を見れば、その立場と権限の高さがうかがえた。
 
 
 男は聖女神殿の一件の後処理をしにこの町へ来ているらしい。
 神殿の取り潰しはすでに決定されたとは聞いていたが、他にも、それに関わった者達の処罰と引渡しが進められているという。

 領主一族の責任についても話があったようだ。
 その結論としては…… 領主の身分は維持される事になったそうだ。

 ただし、
 所有兵力の大幅な削減と、その他いくつか認められていた自治権の剥奪があり、さらに町での警察権と司法権については王国中央から派遣される監察官のもとでのみ行使されることになったらしい。

 領主の館の人気が少なくなっているとは思ったが、どうやら、あそこの兵士の一部が職を失ったのが原因だったのか。

 話がそのあたりまで進んだところで、領主の息子シオエラルは家に帰される。
 俺は特務兵の男性と2人きりになる。

 彼はまだ俺に何か用事があるようだった。
 そして渡されたのは書簡だ。蝋封ろうふうされた羊皮紙のスクロールが差し出された。

 俺がそれに手を触れた瞬間、封印の紐が淡い光を残してハラリと緩んでゆく。
 なんともファンタジックなお手紙だった。

「私の今日の任務は郵便配達なのです」
 彼はあらためて、自分は特務兵の雑用係だと強調した。

「なるほど、特殊な配達員さんというわけですね」
「そうなりますか」

 そんな配達員さんによると、この手紙の差出人は王様だという。
 押印されている紋章が、国王個人を表す図柄になっているから確認してくれと言われる。が、俺には判別が出来なかった。
 そんな高貴な人間と付き合いなんてないのだから、分からなくてもしかたがないだろう。

「ともかく、確かに受け取りました。配達ありがとうございます」
「任務なので」

 手紙を開いてみるとそこには、リナザリア王室から俺への新たな指名依頼の話が書かれていた。
 ダンジョン探索の指名依頼はすでに完了してしまったが、もしかすると、王国の守護神獣ペンギンさんが気を利かせて、また新しい依頼を用意してくれたのかもしれないな。

 これで引き続き、俺は王家からの仕事を請け負っている冒険者という身分が継続される。
 あのペンギンさんも律儀な神獣である。

 さて内容のほうは。
 ふむふむ、護送か。聖女家の事件に関わっていた神官たちを護送する任務のようだ。道中は敵対勢力からの攻撃も予想され、高い実力と裏切りのない遂行能力が求められると。

 なんだか大変そうな依頼である。敵対勢力ってなんだ。
 そんなのがいたのか? 王家の敵か? あるいは御家騒動か?

 ふうむ、聖女神殿の件は俺にとっても他人事ではないが、さて、すんなり受けて良いものなのか……

 どうしようかなと考えながら詳細を読んでいると……

 護送先の地名が目に留まる。お? おやおや、これって、ハチ蜜が取れる場所の近くなのでは? いや、これはまさしくそうだ。 轟炎バチの生息地帯のすぐそばではないか。よし、行こう。ハチ蜜を採りに行こう。

 今の俺ならレベル的にも十分だし、Eランクの冒険者カードもあるから他所の町にも簡単に入れる。それに王家から指名依頼という身分までも加わるのだから完璧だ。

「お受けしましょう」
「ありがとうございます。では正式な受注手続きは冒険者ギルドで願います」

 ちなみにこの手紙、ここまでの部分は冒険者ギルドの方にも同じ内容で伝えてあるそうだ。

 でだ、俺への手紙はこのあとにまだ続きがある。ここから先の記述は機密事項らしい。ずいぶんともったいぶった書き方だが、内容はシンプル。
 王様が俺との会談を望んでいるらしい。

 実際のところそれは、たんなるお誘いと言うよりも、俺という謎の魔神を野放しにはしておきたくないという意図があるようにも思えた。

 実際に会うのは諸々の準備が整ってから、タイミングの良い時と場所を見計らってという事らしいが。

 俺が手紙を読み終えると、特殊配達員さんは一礼してから姿をくらませた。
 もはや肉眼では彼の姿が消え去ってしまったかのように見える。
 
 ただ申し訳ないことに、俺には彼の姿がはっきりと見えていた。
 魔導視によって配達員さんの身体にまとわり付いている魔力を見れば、彼がソロリソロリと離れていく姿が丸見えだった。

 彼は右腕と左目に流れる魔力回路が良く発達しているのだなー、などという事も良く分かる。

 配達員さんは木の上に留まっていて、こちらを観察しているようだ。
 まあいいさ。
 俺は町外れの墓場にある小屋の中に入り、そこから上空に浮かぶ古城へと帰った。

 さあ、ハチミツ採りの準備をしようか。
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