上 下
41 / 61

41 聖女神殿(アナザーサイド)

しおりを挟む

「忌々しいな。あの小僧、王家となんの関わりがあるというのだ? よもや王家の守護神獣なんぞがわざわざ姿を現わすとは」
「まあ構いませんよ。どうせ、その王家そのものが風前の灯なのですからね」

 聖女一家が運営する神殿の奥で、そんな会話がなされていた。
 1人はこの町の領主。もう1人は聖女の父親、神官長エグアスだ。

 さて、この町の冒険者ギルドマスターであるダウィシエは、ダンジョン探索の任務から無事に帰還した翌日から、この2人に繰り返し詰問を受けている。

 ダンジョンに関する詳細な報告書を至急提出するようにという領主命令も受け、さらに翌朝この場に呼び出されていた。

 扉が開き、ダウィシエが神殿の一室に現われる。
 彼女は再び、なんとも面倒な問答につき合わされることになる。

「ですから…… エフィルアは探索中に行方不明になった。何度もそう申し上げております」

「馬鹿な答えだ、ではどこへ消えた?。なんのために貴殿が動向していたのだ?」
「彼の行動を監視するような職務も義務も私にはありませんよ」

 派手な鎧を身にまとった壮年の男がダウィシエに詰め寄る。
 今代剣聖。リナザリア王国の南端に位置するこの南町の領主である。

 初代の剣聖は確かな剣豪で、この地域を支配した有力な豪族だったが、今となってはその力は遥か昔のこと。今代には力の名残すらもない。
 名ばかり剣聖。それが実体だったが、それでもこの町の領主としての地位だけは残されていた。

「まあまあ剣聖殿。ギルドマスターも、よもやあの化物もどきに何か肩入れをするような事もありますまい。報告によれば、ダンジョンには凶悪な霧の魔物が居たとか。もしやすると、その魔物に食われたのかもしれません。ねぇ? ギルドマスター。探索中に行方不明者が出てしまったことは嘆かわしい事態ですがな」

 白い法衣の男が語りかける。神官長エグアス。
 こちらは代々、聖女を輩出してきたという事になっている一族。その取りまとめ役。

 一見すれば物腰柔らかくも見える男だが、ダウィシエが警戒感を持っているのはむしろこの男の方だった。

 この町での“行方不明者”について話をするならば、ダウィシエの方から神官長に尋問したい事件が山ほどあるのだった。
 聖女神殿を取り巻く黒い噂は、枚挙にいとまがない。

 町の人々によれば神官長エグアスは聖神と精霊に愛されている存在だそうで、その恩恵で、やたらな長寿を授けられているという。
 がしかし、実際にこうして間近で顔を付き合わせるダウィシエにしてみれば、彼の顔は精気の抜けた人形か何かのようにしか見えなかった。

 ニタニタとした嫌らしい人形のような笑顔で、ダウィシエの様子を見定めるように視線を向ける神官長。

 彼らが神殿と称している煌びやかな邸宅で“新ダンジョン対策会議”は続いていく。

「ダウィシエさん。分かっているでしょう? 冒険者ギルドは確かに広大な組織だ、魔物と戦う力も絶大だ。しかしね、町の統治に関しては君らの権限は及ばない。我々には遥かに及ばない。我ら残神会ざんしんかいでは至誠しせいを尊びますよ? 我らに対する清らかな真実の心のみが貴女の身を救うのです」

 一方のダウィシエは考える。
“うるさいな、何が至誠だ腐れチンコめ。外道ほどそういう言葉を臆面もなく吐き出す。外道に向ける誠なんぞを私は一切持ち合わせてはいないのだ” 

 ダウィシエは心の中では少々破廉恥な悪態を付きながらも、毅然とした態度で会話に臨んでいた。

 残神会というのは地上に在る神々の組織の1つで、少なくともこの大陸においては最大勢力を誇っている巨大組織だ。

 エグアスのような神官たちは、その神々と人の世の為政者達を結びつける仕事を生業なりわいの1つとしている。

 冒険者ギルドという組織も手放しに褒められるような組織ではないが、良くも悪くも権謀術数に関してはこの残神会の連中には及ばない。

 特にこの町では、地方のまつりごとを束ねる領主と、この神官長様の繋がりが強い。これがダウィシエの頭を悩ませる。

 実際の武力実力ならともかく、形式上は剣聖一家の下に地方の冒険者ギルドは位置づけられている。

「それではダウィシエ。もう1人、新参の小娘も同行したと聞いているが? 今その者はどこに?」

 彼らの関心は、ほとんど町の安全という問題には向けられていなかった。
 町の中での力関係や権力闘争、誰が大人しく従い、誰が自分たちに従わないのか、そんなことばかりのようだった。

「彼女には引き続きダンジョン探索の任にあたらせております。探知系統の術に秀でているもので」

 ダウィシエは思う。
 “くそおっ! やはり私もエフィルア達と一緒に行ってしまえばよかった! もうやだよぉ! ああもうこんな町しらないよっ。と言いたいが、そうもいかんのだろうなぁ。
 大人たちの事情を何も分からずに日々を過ごしている子供たちもいる。
 共に戦ってくれている者も僅かながらいる。

 今の状況をかんがみれば、この町で唯一、冒険者ギルドという世界的組織の後ろ盾を僅かながらも持っている私が頑張らねばなるまいよ…… なんてな。私のような武力バカは、ただ斧槍をふるっている方が性に合っているのだが”


 彼女はそんな事を考えながら、終わりの見えない会話に辟易としていた。
 ゆっくりと、実にゆっくりと、この部屋の空気が重く沈んでいくことには気がつかないまま。

 “ああ、しかしもう…… いっその事、こいつらを皆叩き切ってしまって、それからエフィルアたちの後を追ってみるか。
 ああ、いっそのこと人知を超えた力で、この町ごと吹き飛ばしてくれたなら……
 などと言ってもしかたがないか。もしそんな事が起きたとしても、それで解決するわけでもない問題ばかりだろう。ふう、……”

 一度小休憩をはさみ、会議はまだ続くと告げられたあと、そこで初めて彼女は自分の身体の変化に気がついた。

 あ、? あれ? なんだ? か ら だの・ いしきも・”

「ダウィシエ、おいダウィシエっ! 返事をしろ。なんなのだ、だらしのない女め」
「まあまあ剣聖殿。彼女も仕事が続いて疲れていたのでしょう。あとは神殿の方で面倒をみておきますから、今日のところは解散としましょう」
「そ、そうか…… 分かった」

 よもや、ダウィシエには考えも及ばない事だった。
 いくら悪党とはいえ、冒険者ギルドの職員にまで直接危害を加えるなど。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いっぽう、聖女さんチーム
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「なあ、聖女のエルリカ様さ。こんな事してていいのか?」
「なあにギャオ? あんた嬉しくないの? 私とこんな事出来て」

 それは2日目の探索を終えた後の夜の事。
 聖女チームの2人はベッドの上で仲良くしていた。

「いや、もちろん嬉しいけどさ。エルリカは剣聖のやつと付き合っていたんじゃないのか? それに新興商人の息子の、ほら、あいつもいただろう」

「あら、いたわね~、そんな男の子たちも。だからなに?」

 聖女はとてもビッチだった。ビッチビチだった。

「だから何ってさ、一応聖女としての世間体とかあるんじゃないのか?」
「そーんなの、どうとでもなるでしょう? 何をしたって、揉んで揉み消せないものなんてないわよ。だいたいそういうものよ? この世界。下民とは違うのよ」

「まあいいけどさ。でも少しは用心してくれよ?」
「だーいじょうぶだって。庶民なんてみんなバカばっかりなんだから。適当に笑顔を振りまいてるだけで、あとは肩書きがあれば皆なにも思わないわ。そんな事よりギャオ? あんた、あの受付の小娘のことはいいの? なんか町にいないみたいよ? あれの事が好きだったんでしょう?」

「い、いや、別に好きとは言ってないだろう」

「ふーん、まあいいわ。どっちにしても私あの子嫌いだから、お父様に頼んで近いうちにいなくなってもらうし」

「え、おいおい、ほんとか? またどこかに売るのか? あー、なら俺に売ってもらえないかな」

「ばかね、あんなのにお金使うなんて。どっちにしても、普通じゃないところにやっちゃうから、あんたにはどうにも出来ないわよ」

「んー、あの子、俺に気があると思うんだよな」
 ギャオは勘違い馬鹿だった。
 その点は聖女にも分かっていた。

「ほんと馬鹿ねぇ。もういいわ。つまんないから、あんたさっさと帰りなさい。明日もダンジョン潜るんだからね」

 初日の探索でダンジョンボスが討伐されたという情報は、広く一般に知らされている。しかし、ダンジョンそのものが消えたわけでもなく、その探索は継続されている。

 特に聖女たちにとっては、行方不明とされているエフィルアの行方、あるいは死骸を求めての精力的な探索が、未だ不可欠なものに思われていた。

 とっくに他の冒険者チームが聖女たちよりも深く広範囲に展開しているため、実際には別にやらなくてもいい事ではあるのだが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やがて最強になる結界師、規格外の魔印を持って生まれたので無双します

菊池 快晴
ファンタジー
報われない人生を歩んできた少年と愛猫。 来世は幸せになりたいと願いながら目を覚ますと異世界に転生した。 「ぐぅ」 「お前、もしかして、おもちなのか?」 これは、魔印を持って生まれた少年が死ぬほどの努力をして、元猫の竜と幸せになっていく無双物語です。

勇者召喚に巻き込まれたおっさんはウォッシュの魔法(必須:ウィッシュのポーズ)しか使えません。~大川大地と女子高校生と行く気ままな放浪生活~

北きつね
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれた”おっさん”は、すぐにステータスを偽装した。  ろくでもない目的で、勇者召喚をしたのだと考えたからだ。  一緒に召喚された、女子高校生と城を抜け出して、王都を脱出する方法を考える。  ダメだ大人と、理不尽ないじめを受けていた女子高校生は、巻き込まれた勇者召喚で知り合った。二人と名字と名前を持つ猫(聖獣)とのスローライフは、いろいろな人を巻き込んでにぎやかになっていく。  おっさんは、日本に居た時と同じ仕事を行い始める。  女子高校生は、隠したスキルを使って、おっさんの仕事を手伝う(手伝っているつもり)。 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめて行います。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

闇属性で虐げられたけど思い切って魔神になってみたら ~冥府魔界と地獄の祀り上げ~

雲水風月
ファンタジー
 普通ならアンデッド系モンスターが所持しているはずの闇属性。それをなぜか、物心ついたときから付与されていた主人公エフィルア。  そのせいで町の人々から蔑まれ、虐げられながら生きていたが、ある時、どうせ蔑まれているのならと、思い切って闇属性の力を使ってみるのだった。 ――人のレベルを超えて、人外の配下もどんどん増えて。そんな成り上がり最強モノ復讐ざまぁ風味。 ※、非ハーレム。老若男女人魔鬼を問わず配下になります。 ※、1章部分は完結済。2章書き溜め中。ご意見ご感想などいただけると喜びます。 ※、“なろう”でも投稿してる作品です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる

グリゴリ
ファンタジー
『旧タイトル』万能者、Sランクパーティーを追放されて、職業が進化したので、新たな仲間と共に無双する。 『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる』【書籍化決定!!】書籍版とWEB版では設定が少し異なっていますがどちらも楽しめる作品となっています。どうぞ書籍版とWEB版どちらもよろしくお願いします。 2023年7月18日『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる2』発売しました。  主人公のクロードは、勇者パーティー候補のSランクパーティー『銀狼の牙』を器用貧乏な職業の万能者で弱く役に立たないという理由で、追放されてしまう。しかしその後、クロードの職業である万能者が進化して、強くなった。そして、新たな仲間や従魔と無双の旅を始める。クロードと仲間達は、様々な問題や苦難を乗り越えて、英雄へと成り上がって行く。※2021年12月25日HOTランキング1位、2021年12月26日ハイファンタジーランキング1位頂きました。お読み頂き有難う御座います。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...