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そこは平凡な日本の普通の道路。そのはずだった。
しかし奇妙な違和感を感じて、ブロック塀の角をひとつ曲がった先を覗いてみる。と、そこには何か黒い渦のような物体が見えていた。
なんとも唐突な出来事なのだが、その渦は瞬く間に光と闇の大爆発へと変化して、目の前いっぱいに広がっていく。
爆発の光は魔方陣のようにも見えたし、空間にひびが入ったようにも見えた。
はは~ん。もしかしてこれ、異世界に飛ばされるやつなのでは? はっはっはー……
などと呑気な事を考えているうちに、いつのまにやら本当に見知らぬ場所に立っていた。
今、目の前には小さなトカゲの姿がある。クリスタルのように輝く鱗をもっていて、地球では見かけることの無いような不可思議なトカゲだった。
彼は半分閉じた眠たそうな目でこちらをじっと見ている。
それから唐突に近寄って来て、首を斜めに傾げ、かわいらしい声を出した。
「あの、あなたは魔神様ですか?」
あまりにも自然に話しかけてきたトカゲさん。俺もつい普通に返事を返してしまう。
「ええと、違いますけど?」
「ほんとに? 違いますか?」
トカゲさんは食い下がる。彼の話によると、この日、この場所に、闇の魔神が出現するという予言があったそうなのだ。
「本当に魔神様じゃないですか? うーん、うーん、おかしいなぁ? 貴方もなんだか凄く禍々しい闇の魔力をたれ流してるように感じますけど? 魔神様じゃないんですか?」
「いやぁ、ぜんぜん知らないなぁ」
俺は人間である。まぎれもなく地球育ちの平凡な日本人だ。
「本当にですか?」 「うん」
「困ったなー。僕、冥府と地獄の偉い神様に頼まれていて、魔神様に会いに行かなくちゃならないのです」
トカゲさんはつぶらな瞳で俺を見上げている
「ふうむ…… まあ、俺には魔神というのは良く分からないから、ごめんな」
「…… ……」
トカゲさんは俺を見つめ続けている。
なんだかあまりにもチビッちゃくて、儚げで、俺は思わず、
「ええと、探す手伝いくらいなら出来るかも?」
そう言いながら、自然と彼の前に手を伸ばしていた。
俺自身が、今とっても意味不明な状態に陥っている身だというのに。
「本当ですか! じゃあお願いします! とにかくこのままだと、僕もうすぐ消滅しちゃうところだったんです」
トカゲさんは俺の腕を駆け上がって、胸元からシャツの中へと潜り込んだ。
くすぐったい。
あれちょっと待てよ? 今になって気がついた。俺の服ボロボロである。洋服というよりも、ほとんどただのボロ布である。
ボロ布の穴の隙間からは、トカゲさんが鼻先を覗かせるほどだった。
その鼻先が突然、ピクピクッと忙しなく動き始めたので、くすぐったさは倍増だ。
「人間が! 人間が来ますよっ?!」
トカゲさんは少し慌てた様子である。
あらためて周囲を見渡してみると、どうやらここは寂れた墓場のようだった。
壁の向こうにはファンタジックな石造りの建物が見えていて、町並みは小さな丘の斜面に向かって続いている。
ここは町はずれに造られた墓場なのだろう。
そしてトカゲさんが言ったように、壁の向こう側から確かに人間が現れた。
数名の若者たちだ。
中心にいるのは聖職者のような服を着た女の子で、仰々しい杖を手にしていた。
身分の高そうな雰囲気がある。聖女なのですと言われれば納得してしまうような感じだ。
彼女の周りには剣士っぽい美男子が2名と、町娘っぽい少女が2名。少女2人はそれぞれ弓と短杖を手に持っていた。
先頭を歩いていた美男子の1人が、剣を抜いてこちらに向けた。
「お~い、おいおいぃ~~、ど~こから入り込んだんだよ、人間かぁ? なーんかアンデッドくせえけどな。もしアンデッドならよぉ、聖女エルリカ様のいらっしゃるこの町の中に湧いて出るとはふざけた奴だぜっ」
男の言葉は日本語ではなかった。もちろん英語でもない。ただ不思議なことに、その言葉は俺にも自然と理解できるのだった。
彼の態度が友好的ではないのも明らかに分かる。
「オラァ、聖女様にひざまづいて許しを請え。恩赦のひとつもねだってみろよ。言葉はしゃべれるかぁぁん?」
初めて出あった異世界の人間はチンピラだった。
そして彼らの中心にいる偉そうなあの少女は、どうやら本当に聖女様だったらしい。
その聖女様が杖をシャリィンと鳴らす。
杖の先端から光の輪が波紋のように広がっていき、それに触れた彼らの服や防具が仄かに輝きを増した。
おお魔法か? とても魔法っぽい。いや、これはもう魔法に違いない。
俺は確信した。この世界が完全なる異世界ファンタジーなやつであると。
しかしファンタジックな光景を目にしたからといって、こんなふうに喜んでいる場合ではない。なにせチンピラ男は剣を抜いて、その切っ先を俺に向けているのだ。
危険である。抜き身の剣を向けられるととても危ない。これはやめてほしい。
「待ちなさいギャオ。その男は確かに不浄な空気を身に纏った怪しげな存在ではあるけれど、まだ魔物と決まったわけでもないでしょう。そもそもお父様たちが幾重にも防護結界を張り巡らせているこの場所に、何の前兆も無く魔物が進入できるとも思えない」
聖女様は不敵な笑みをうかべながら男の剣を制止した。しかし彼女の微笑は友好的とは程遠いものだった。その冷たく鋭い目が俺に向けられる。
「そうねぇ、もしかしたらだけど、どこか別の場所から飛ばされてきた存在という可能性もあるのよ。もしそうなら…… 何か特別なアイテムとか能力を持っているなんてこともあるそうよ? さて、あなたの場合はどうかしら。どちらにせよ調べてみる必要があるわね」
彼女が指をクイクイッとさせて指図すると、もう1人いた男が前に出てきて、剣を抜きながら俺に尋ねるのだった。
「キミは口がきけるかね?」
これがまた美形な男だったが、やはり雰囲気は悪い。髪を手でいじくりながら俺に剣を突きつけてくる。
「ええ、話せるんじゃないですかね」
男に応えてみると、やはり言葉は通じているようだった。まあトカゲと話せたくらいなのだから、人間相手なら大丈夫か。俺は言葉を続ける。
「1つ質問しても?」
俺の問いかけに、ナルシストっぽい美剣士は答えない。
男たちは2人とも聖女の両脇を固めて、俺に剣を突きつけているだけだった。
応えたのは聖女と呼ばれている女だった。
「あら、あなた喋るのね? で、なにかしら? ああ待って。でもその前に、あなたはまず不法侵入に対する私への謝罪から始めるのが筋ってものだわ」
聖女様はとても高飛車だった。高圧的なオーラがブリンブリンにでている。
適当に謝罪らしき言葉を並べてみると彼女は満足したように頷き、俺の幾つかの質問に答え始めた。
さて、どうやらこの周辺では昔から、突発的にどこか別の場所から飛ばされてくる者がいるらしい。
ただし彼女の話を聞く限り、俺のように完全に別な世界から飛ばされてくるわけではないようだった。それでも、他所の場所から来た者は何か未知の新しい技術や道具や知識を持っている事があるそうだ。
そして彼女は話を続ける。なにか持っているものがあれば全て差し出すようにと。特別な能力があれば全て話すようにと。
さてどうしたものかと考える間もなく、今度は兵士風の男たちが数名現われて、俺はそのまま何処かへ連行される事となった。
俺の服の中にいたトカゲさんの姿はいつの間にか見えなくなっていた。
しかし、なんとなく、まだ俺のすぐ近くにいるような気がした。トカゲさんは大丈夫だろうか? 町の人間のことを恐れていたみたいだけれど。
周囲を囲まれながらしばらく歩く。俺が連れて行かれたのは冒険者ギルドという施設だった。ほほう、冒険者ギルド? ファンタジー小説に良く出てくるやつだろうか。
中に入ってみると、そこはまさに、剣と魔法の世界を冒険する者達が集う場所だった。いかにも魔法使いですよといった風情の女性がいたり、無骨な斧を担いだ髭もじゃのマッチョがいたり、暗殺者風の者までいる。
髭もじゃ斧マッチョは、魔物の素材を奥のカウンターにドカリと乗せたところだ。おそらく今狩ってきた物なのだろう。
羊皮紙に書かれた張り紙を見て情報を集めている者や、新たな仲間を探そうとしているような連中もいるし、あるいはただ、酒を飲んで肉にかぶりつきバカ騒ぎをしているゴロツキもいるが、これはもはや、どうみてもイメージどおりの冒険者ギルドである。
「何をぼうっとしてるの? さっさと、ステータスチェッカーに手を乗せなさいね? 貴方の素性を鑑定するのよ。そんな事も分からないの?」
聖女たちに促されて目の前の板に触れてみると…… そこに表示されたのは、どうやら俺の能力表らしい。
【名前】未設定
【種族】人間
【職能】未設定
【LV】24
---------------------
【H P】51
【M P】 8
【攻撃力】18
【防御力】41
【魔 力】 6
【速 度】10
---------------------
◆スキル一覧
【鑑定】
【インベントリ】
◆属性・耐性
【闇属性】+100%
【闇耐性】+100%
【狂気化耐性 (闇)】 +1620%
【変体耐性 (闇)】 +823%
「うげえ、なんだよこれ、どうりで臭ぇわけだぜ。やっぱり闇属性持ち」
「え~、そんな人間いるの?」
「ある意味レアだな。クソの役にも立たねーけどよ」
「やあ、まともなスキルは1つも無しだね」
「ほんと…… クソスキルしかない。【鑑定】なんて、もとから知ってることくらいしか調べられないし。【インベントリ】もゴミ。あーあ、せめてアイテムボックスの魔法なら低レベルでも利用価値があったのにね」
「持ち物もボロ布だけ。魔導具の1つももっていない非文明人の蛮族」
「ステータスも微妙、とくに魔力値6は酷いよね」
なんだか酷い言われようである。
そして最後に聖女は一言で断じた。
「まぁ、ゴミね」
彼女らの見立てでは、俺の能力の中に役に立つようなものは何も無いらしい。しいていえば、少し身体が頑丈なくらいだそうだ。
他にあるのは、ただただ闇属性だけ。人々から忌み嫌われる闇属性だけらしい。
どうも闇属性というのは本来、魔物だけがもっているものらしい。
それも、特にアンデッド系の魔物が所持しているらしいのだ。
いわゆるゾンビやスケルトン、ゴーストなどなど、人間から特に嫌悪される魔物の象徴でもあるという。
そんな闇属性を俺も強烈に持っていたと、そういうわけだ。
「まあいいわ。うちの神殿に連れて行きましょう。闇の魔力を清めてあげるわ。普通は高額の料金を頂いたってやらないけれど、今日は私の慈悲をこいつに向けましょう。大人しく付いてきなさいね。うちで面倒をみてやるから」
あいかわらず彼女の顔にはニヤニヤとした薄笑いが張り付いている。
俺は兵士に両腕をつかまれて、無理やりに引き立てられる。
俺の中で警鐘がガンガンに鳴り響いている。コイツはヤバイ奴だ。とりあえず、逃げておくべきだと。何とかして逃げた方が良さそうだ。いっぱつ腹を決めるか――
と、そのとき。先ほどのトカゲさんが不意に俺達の前に姿を現した。
その傍らには奇妙で美しい色彩の鳥を連れている。ペンギンに似た形の小さな鳥だった。その瞬間、人間たちがどよめきだした。視線がペンギン鳥に集まっている。
『その者に、手出し無用』
それは頭に直接響くような不思議な声だった。鳥が一言だけ発すると、周囲の人間たちは顔色を変えて俺から遠ざかってしまった。深く頭を下げている者までいるようだ。
この様子から察するに、もしかすると偉い鳥なのかもしれない。
人間たちが俺から離れるとすぐに、トカゲさんも美しい鳥も姿を消してしまう。
「チッ」
聖女は舌打ちをして建物から出て行った。お仲間たちもそれに続いて行った。
後に残った人々は、俺から距離をとって目をあわせようとしない。
急に1人でポツンと取り残された俺だったが、そこへ1人の女の子が声をかけてきた。
「あの、こっちへ来て少し待ってて下さい。今ギルドマスターを呼んで来ましたから」
彼女は冒険者ギルドの受けつけ業務を担当している人物のようだ。
俺のような不信人物にもまったく普通に接してくる女の子だった。
ギルドマスターなる人物はどこかに出かけていたらしく、外から扉を開けてやってきた。非常に逞しい身体をした女性である。
「どうした? なにがあった? まったく次から次へと問題が山積みになる。例の洞穴からは未知の魔物が湧いて出たというし、今度は……?」
ギルドマスターと目が会う。
彼女はこの町の冒険者ギルドで最も偉い人物らしい。近くにいた人たちに一通りの経緯を聞いてまわると、さらりと結論を述べた。
「なら、とにかく冒険者として働くといい」
その後。
俺はこの異世界の町で、冒険者としての新しい生活を始める事となった。
町の為に働けば皆の理解も得られるだろうという、ギルドマスターと受付の娘の薦めによるものだった。
その薦めはどう考えても、聖女様の家に厄介になるよりもまともな選択肢だと俺は思った。
ちなみにあの美しいペンギン鳥。どうもこの国を守護する偉い鳥らしい。守護神獣のムーニョ様というらしい。めったな事では人前に姿など現さないそうなのだが。
しかし奇妙な違和感を感じて、ブロック塀の角をひとつ曲がった先を覗いてみる。と、そこには何か黒い渦のような物体が見えていた。
なんとも唐突な出来事なのだが、その渦は瞬く間に光と闇の大爆発へと変化して、目の前いっぱいに広がっていく。
爆発の光は魔方陣のようにも見えたし、空間にひびが入ったようにも見えた。
はは~ん。もしかしてこれ、異世界に飛ばされるやつなのでは? はっはっはー……
などと呑気な事を考えているうちに、いつのまにやら本当に見知らぬ場所に立っていた。
今、目の前には小さなトカゲの姿がある。クリスタルのように輝く鱗をもっていて、地球では見かけることの無いような不可思議なトカゲだった。
彼は半分閉じた眠たそうな目でこちらをじっと見ている。
それから唐突に近寄って来て、首を斜めに傾げ、かわいらしい声を出した。
「あの、あなたは魔神様ですか?」
あまりにも自然に話しかけてきたトカゲさん。俺もつい普通に返事を返してしまう。
「ええと、違いますけど?」
「ほんとに? 違いますか?」
トカゲさんは食い下がる。彼の話によると、この日、この場所に、闇の魔神が出現するという予言があったそうなのだ。
「本当に魔神様じゃないですか? うーん、うーん、おかしいなぁ? 貴方もなんだか凄く禍々しい闇の魔力をたれ流してるように感じますけど? 魔神様じゃないんですか?」
「いやぁ、ぜんぜん知らないなぁ」
俺は人間である。まぎれもなく地球育ちの平凡な日本人だ。
「本当にですか?」 「うん」
「困ったなー。僕、冥府と地獄の偉い神様に頼まれていて、魔神様に会いに行かなくちゃならないのです」
トカゲさんはつぶらな瞳で俺を見上げている
「ふうむ…… まあ、俺には魔神というのは良く分からないから、ごめんな」
「…… ……」
トカゲさんは俺を見つめ続けている。
なんだかあまりにもチビッちゃくて、儚げで、俺は思わず、
「ええと、探す手伝いくらいなら出来るかも?」
そう言いながら、自然と彼の前に手を伸ばしていた。
俺自身が、今とっても意味不明な状態に陥っている身だというのに。
「本当ですか! じゃあお願いします! とにかくこのままだと、僕もうすぐ消滅しちゃうところだったんです」
トカゲさんは俺の腕を駆け上がって、胸元からシャツの中へと潜り込んだ。
くすぐったい。
あれちょっと待てよ? 今になって気がついた。俺の服ボロボロである。洋服というよりも、ほとんどただのボロ布である。
ボロ布の穴の隙間からは、トカゲさんが鼻先を覗かせるほどだった。
その鼻先が突然、ピクピクッと忙しなく動き始めたので、くすぐったさは倍増だ。
「人間が! 人間が来ますよっ?!」
トカゲさんは少し慌てた様子である。
あらためて周囲を見渡してみると、どうやらここは寂れた墓場のようだった。
壁の向こうにはファンタジックな石造りの建物が見えていて、町並みは小さな丘の斜面に向かって続いている。
ここは町はずれに造られた墓場なのだろう。
そしてトカゲさんが言ったように、壁の向こう側から確かに人間が現れた。
数名の若者たちだ。
中心にいるのは聖職者のような服を着た女の子で、仰々しい杖を手にしていた。
身分の高そうな雰囲気がある。聖女なのですと言われれば納得してしまうような感じだ。
彼女の周りには剣士っぽい美男子が2名と、町娘っぽい少女が2名。少女2人はそれぞれ弓と短杖を手に持っていた。
先頭を歩いていた美男子の1人が、剣を抜いてこちらに向けた。
「お~い、おいおいぃ~~、ど~こから入り込んだんだよ、人間かぁ? なーんかアンデッドくせえけどな。もしアンデッドならよぉ、聖女エルリカ様のいらっしゃるこの町の中に湧いて出るとはふざけた奴だぜっ」
男の言葉は日本語ではなかった。もちろん英語でもない。ただ不思議なことに、その言葉は俺にも自然と理解できるのだった。
彼の態度が友好的ではないのも明らかに分かる。
「オラァ、聖女様にひざまづいて許しを請え。恩赦のひとつもねだってみろよ。言葉はしゃべれるかぁぁん?」
初めて出あった異世界の人間はチンピラだった。
そして彼らの中心にいる偉そうなあの少女は、どうやら本当に聖女様だったらしい。
その聖女様が杖をシャリィンと鳴らす。
杖の先端から光の輪が波紋のように広がっていき、それに触れた彼らの服や防具が仄かに輝きを増した。
おお魔法か? とても魔法っぽい。いや、これはもう魔法に違いない。
俺は確信した。この世界が完全なる異世界ファンタジーなやつであると。
しかしファンタジックな光景を目にしたからといって、こんなふうに喜んでいる場合ではない。なにせチンピラ男は剣を抜いて、その切っ先を俺に向けているのだ。
危険である。抜き身の剣を向けられるととても危ない。これはやめてほしい。
「待ちなさいギャオ。その男は確かに不浄な空気を身に纏った怪しげな存在ではあるけれど、まだ魔物と決まったわけでもないでしょう。そもそもお父様たちが幾重にも防護結界を張り巡らせているこの場所に、何の前兆も無く魔物が進入できるとも思えない」
聖女様は不敵な笑みをうかべながら男の剣を制止した。しかし彼女の微笑は友好的とは程遠いものだった。その冷たく鋭い目が俺に向けられる。
「そうねぇ、もしかしたらだけど、どこか別の場所から飛ばされてきた存在という可能性もあるのよ。もしそうなら…… 何か特別なアイテムとか能力を持っているなんてこともあるそうよ? さて、あなたの場合はどうかしら。どちらにせよ調べてみる必要があるわね」
彼女が指をクイクイッとさせて指図すると、もう1人いた男が前に出てきて、剣を抜きながら俺に尋ねるのだった。
「キミは口がきけるかね?」
これがまた美形な男だったが、やはり雰囲気は悪い。髪を手でいじくりながら俺に剣を突きつけてくる。
「ええ、話せるんじゃないですかね」
男に応えてみると、やはり言葉は通じているようだった。まあトカゲと話せたくらいなのだから、人間相手なら大丈夫か。俺は言葉を続ける。
「1つ質問しても?」
俺の問いかけに、ナルシストっぽい美剣士は答えない。
男たちは2人とも聖女の両脇を固めて、俺に剣を突きつけているだけだった。
応えたのは聖女と呼ばれている女だった。
「あら、あなた喋るのね? で、なにかしら? ああ待って。でもその前に、あなたはまず不法侵入に対する私への謝罪から始めるのが筋ってものだわ」
聖女様はとても高飛車だった。高圧的なオーラがブリンブリンにでている。
適当に謝罪らしき言葉を並べてみると彼女は満足したように頷き、俺の幾つかの質問に答え始めた。
さて、どうやらこの周辺では昔から、突発的にどこか別の場所から飛ばされてくる者がいるらしい。
ただし彼女の話を聞く限り、俺のように完全に別な世界から飛ばされてくるわけではないようだった。それでも、他所の場所から来た者は何か未知の新しい技術や道具や知識を持っている事があるそうだ。
そして彼女は話を続ける。なにか持っているものがあれば全て差し出すようにと。特別な能力があれば全て話すようにと。
さてどうしたものかと考える間もなく、今度は兵士風の男たちが数名現われて、俺はそのまま何処かへ連行される事となった。
俺の服の中にいたトカゲさんの姿はいつの間にか見えなくなっていた。
しかし、なんとなく、まだ俺のすぐ近くにいるような気がした。トカゲさんは大丈夫だろうか? 町の人間のことを恐れていたみたいだけれど。
周囲を囲まれながらしばらく歩く。俺が連れて行かれたのは冒険者ギルドという施設だった。ほほう、冒険者ギルド? ファンタジー小説に良く出てくるやつだろうか。
中に入ってみると、そこはまさに、剣と魔法の世界を冒険する者達が集う場所だった。いかにも魔法使いですよといった風情の女性がいたり、無骨な斧を担いだ髭もじゃのマッチョがいたり、暗殺者風の者までいる。
髭もじゃ斧マッチョは、魔物の素材を奥のカウンターにドカリと乗せたところだ。おそらく今狩ってきた物なのだろう。
羊皮紙に書かれた張り紙を見て情報を集めている者や、新たな仲間を探そうとしているような連中もいるし、あるいはただ、酒を飲んで肉にかぶりつきバカ騒ぎをしているゴロツキもいるが、これはもはや、どうみてもイメージどおりの冒険者ギルドである。
「何をぼうっとしてるの? さっさと、ステータスチェッカーに手を乗せなさいね? 貴方の素性を鑑定するのよ。そんな事も分からないの?」
聖女たちに促されて目の前の板に触れてみると…… そこに表示されたのは、どうやら俺の能力表らしい。
【名前】未設定
【種族】人間
【職能】未設定
【LV】24
---------------------
【H P】51
【M P】 8
【攻撃力】18
【防御力】41
【魔 力】 6
【速 度】10
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◆スキル一覧
【鑑定】
【インベントリ】
◆属性・耐性
【闇属性】+100%
【闇耐性】+100%
【狂気化耐性 (闇)】 +1620%
【変体耐性 (闇)】 +823%
「うげえ、なんだよこれ、どうりで臭ぇわけだぜ。やっぱり闇属性持ち」
「え~、そんな人間いるの?」
「ある意味レアだな。クソの役にも立たねーけどよ」
「やあ、まともなスキルは1つも無しだね」
「ほんと…… クソスキルしかない。【鑑定】なんて、もとから知ってることくらいしか調べられないし。【インベントリ】もゴミ。あーあ、せめてアイテムボックスの魔法なら低レベルでも利用価値があったのにね」
「持ち物もボロ布だけ。魔導具の1つももっていない非文明人の蛮族」
「ステータスも微妙、とくに魔力値6は酷いよね」
なんだか酷い言われようである。
そして最後に聖女は一言で断じた。
「まぁ、ゴミね」
彼女らの見立てでは、俺の能力の中に役に立つようなものは何も無いらしい。しいていえば、少し身体が頑丈なくらいだそうだ。
他にあるのは、ただただ闇属性だけ。人々から忌み嫌われる闇属性だけらしい。
どうも闇属性というのは本来、魔物だけがもっているものらしい。
それも、特にアンデッド系の魔物が所持しているらしいのだ。
いわゆるゾンビやスケルトン、ゴーストなどなど、人間から特に嫌悪される魔物の象徴でもあるという。
そんな闇属性を俺も強烈に持っていたと、そういうわけだ。
「まあいいわ。うちの神殿に連れて行きましょう。闇の魔力を清めてあげるわ。普通は高額の料金を頂いたってやらないけれど、今日は私の慈悲をこいつに向けましょう。大人しく付いてきなさいね。うちで面倒をみてやるから」
あいかわらず彼女の顔にはニヤニヤとした薄笑いが張り付いている。
俺は兵士に両腕をつかまれて、無理やりに引き立てられる。
俺の中で警鐘がガンガンに鳴り響いている。コイツはヤバイ奴だ。とりあえず、逃げておくべきだと。何とかして逃げた方が良さそうだ。いっぱつ腹を決めるか――
と、そのとき。先ほどのトカゲさんが不意に俺達の前に姿を現した。
その傍らには奇妙で美しい色彩の鳥を連れている。ペンギンに似た形の小さな鳥だった。その瞬間、人間たちがどよめきだした。視線がペンギン鳥に集まっている。
『その者に、手出し無用』
それは頭に直接響くような不思議な声だった。鳥が一言だけ発すると、周囲の人間たちは顔色を変えて俺から遠ざかってしまった。深く頭を下げている者までいるようだ。
この様子から察するに、もしかすると偉い鳥なのかもしれない。
人間たちが俺から離れるとすぐに、トカゲさんも美しい鳥も姿を消してしまう。
「チッ」
聖女は舌打ちをして建物から出て行った。お仲間たちもそれに続いて行った。
後に残った人々は、俺から距離をとって目をあわせようとしない。
急に1人でポツンと取り残された俺だったが、そこへ1人の女の子が声をかけてきた。
「あの、こっちへ来て少し待ってて下さい。今ギルドマスターを呼んで来ましたから」
彼女は冒険者ギルドの受けつけ業務を担当している人物のようだ。
俺のような不信人物にもまったく普通に接してくる女の子だった。
ギルドマスターなる人物はどこかに出かけていたらしく、外から扉を開けてやってきた。非常に逞しい身体をした女性である。
「どうした? なにがあった? まったく次から次へと問題が山積みになる。例の洞穴からは未知の魔物が湧いて出たというし、今度は……?」
ギルドマスターと目が会う。
彼女はこの町の冒険者ギルドで最も偉い人物らしい。近くにいた人たちに一通りの経緯を聞いてまわると、さらりと結論を述べた。
「なら、とにかく冒険者として働くといい」
その後。
俺はこの異世界の町で、冒険者としての新しい生活を始める事となった。
町の為に働けば皆の理解も得られるだろうという、ギルドマスターと受付の娘の薦めによるものだった。
その薦めはどう考えても、聖女様の家に厄介になるよりもまともな選択肢だと俺は思った。
ちなみにあの美しいペンギン鳥。どうもこの国を守護する偉い鳥らしい。守護神獣のムーニョ様というらしい。めったな事では人前に姿など現さないそうなのだが。
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エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
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