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第4章

10 幸せな夜を、幸せな明日を

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「まあ、どうやって戻ってきたのかしら。ふふ、スピカちゃんにそんな力があるなんて予想外だったけれど、面白いわ。ああ、本当にあなたたちは――っ!?」
「悪いけど、俺には魔法は通じないよ。さっきは、不覚をとったけど、これがあれば俺は君に負けない」
「英雄の剣……魔剣・ソヴァール。確か、魔法を切ることが出来る剣だったかしら。はあ、なんか興ざめね」


 夢から戻り、ヴェリタ様と対峙した。
 彼女は、私たちの帰還を驚き、そして歓喜に体を震わせた。しかし、彼女が放った魔法の攻撃は、目で追えないほどの速さで切り裂かれ、無力化されたのだ。ユーデクス様の攻撃によって。


(すごい、魔法を切っちゃうなんて……)


 ソヴァール自身にそのような力が付与されているのかは分からなかったが、きっと、ユーデクス様だから魔法を切るなんていう芸当が出来たのだと思う。英雄の剣に選ばれし英雄だったから。
 ヴェリタ様はそれを見て、負けを認めたのか、それとも本当に興が冷めただけなのか、首を横に振って両手を上げた。もう、敵意はない、と彼女は行動で示したが、ユーデクス様は緊張を解くことなく、彼女に剣を向け続けていた。何とも、あっさりとした……とまではいかなくとも、終わりは吐かないと思った。


「ユーデクス、でかした」
「レオ、遅い」


 空間を割って部屋に侵入してきたユーデクス様とは違い、部屋の扉から入ってきた殿下とお兄様、そして近衛騎士団の騎士は、ヴェリタ様に魔法を封じる魔道具をつけさせ、捕縛した。その行動の速さといったら、彼が魔法を切り裂いたあの瞬間と同じくらいあっという間だった。
 ユーデクス様は、やり切ったという顔をしている殿下を見て頬を膨らませていたが、殿下はすっきりとした表情で「ご褒美をやろうか」と、挑発的に笑っていた。今回もどうせ、殿下の思惑通りだったのだろう。その証拠に、殿下は私にも感謝の言葉を述べた。「ユーデクスをありがとう」と。


「ご褒美って何? お金とかいらないんだけど」
「違う。本当は、事情徴収は先にするべきなんだが、今日は特別に一日やろう。今から、明日の今まで。そしたら、朝も二人でゆっくり過ごせるだろ?」
「レオ!?」


 ぱあっ、と顔が明るくなり、ぶんぶんとしっぽを振ったユーデクス様は、先ほどとは態度が一変し、殿下に感謝の言葉を述べていた。


(というか、全部バレているのが怖いんですけど……)


「スピカ」
「お兄様っ。あの、お兄様は大丈夫ですか?」
「俺は平気だ。だが、スピカ……ふっ、なんだか大人になったな。頑張ったんだな。スピカ」
「え、いいえ、そんな! でも、ありがとうございます」
「……ユーデクス。妹を幸せにできなかったら承知しないからな」
「へえ、そこは泣かせたら、じゃないんだ」
「うるさい。貴様は泣かせないだろう」


と、いつものライバル口調で、二人はバチッと瞳を合わせていた。けれど、互いのことを理解しているからか、それ以上は何も言わず、お兄様は殿下に連れられて部屋を後にした。大事をとってエラは皇宮の治癒士のもとに行くらしく、部屋には私たちだけになってしまった。


「……」
「……」
「ユーデクス様」
「スピカ」
「あ、えっと、ごめんなさい」
「いや、こっちこそ……はあ。ごめん、本当にごめんスピカ」


 静寂を破り重なる声。そして、また微妙な空気が流れ、ユーデクス様は何かをいう前に体が動いたように、私を抱きしめた。力加減を完全に気にしていないそのハグは、骨が鳴るくらい痛かったけれど、温かくて、強く彼を感じられた。こうやって、抱きしめてほしかったんだと、身体がユーデクス様を求めていたんだと私は彼を抱き返す。


「いいんです。こうやって戻って来てくれて、ちゃんと言ってくれて」
「本当に、ごめん……ありがとう。スピカ……でも、俺は今でも怖いよ」
「……悪夢ですか?」


 そう私がいうと、彼は静かにこくりと頷いた。


「俺の中にある破壊衝動というか、スピカを大事にしたい気持ちと、自分の手で壊したい気持ちがあって……それが止められなくなって怖かった。現実でスピカを……って考えたら、俺はスピカから離れた方がいいんじゃないかって。俺なんかが釣り合うのかって思っちゃった。だから……でも」
「いいですよ……悪夢の中でも言いましたけど、私、ユーデクス様になら殺されてもいいと思っているので」
「スピカ!」
「――と、いっても! 本当に殺されちゃったら、怖いですけど、痛いですけど……でも、それくらいユーデクス様が好きってことです。すべて、受け入れるって、もう逃げないし、貴方の不安も、その衝動も、すべて受け止めるって決めたんです。私が、ユーデクス様にもらったもの、返すのには、これくらいしかなくて。もちろん、そういう使命感とかじゃなくて、私が、ずっとユーデクス様と一緒にいたいからって!」
「スピカは、本当に、今も昔も俺にとって大切な女の子だよ。ありがとう、こんな俺でも受け止めてくれるって言ってくれて。少しは、俺も俺の事好きになれそうだよ」
「そうですよ! 自信持ってください!」
「自信、か……そうだね」


と、ユーデクス様は少し恥ずかしそうに笑っていた。

 本当は調子に乗るからとか、これ以上好き好き攻撃されたらって思って、彼に自信がつくようなこと言ってこなかったけれど、これからは、小出しにすれば彼も……


「ああ、あの! ユーデクス様!」
「今度は何? スピカ」


(ああ、もうその愛おしげな顔! 反則過ぎません!? 絵画にして飾っちゃったいんですけど!?)


「で、殿下が。明日の朝まで、いいって、いってくださったので、その……」
「ん?」


(あああああ! わかってますよね! 今ちょっとニヤッとしました!)


 私が、今から言うことに気づいたらしいユーデクス様は、それはもう目にもとまらぬ速さでにこぉ、と笑って普通の人畜無害そうな顔に戻った。わかってて、いうなんてこっちの身にもなってほしいくらいだった。
 けれど、逃げないって決めたし、これ以上流されているだけの女の子ではいられない。私だって、ユーデクス様を搔き乱したい!


「わ、私を、抱いてください……」
「スピカ、聞こえないよ? 私を、何?」
「~~~~っ、わ、私をひどくしてください!」
「え……?」
「ん!?」


 今、何て言ったのだろうか。
 抱いてくださいというつもりだった。いや、それも恥ずかしい話なんだけど、抱いてくださいじゃなくて……
 自分で自分の言ったことを思い出そうとしていると、ユーデクス様の大きなため息とともに、ひょいと体を持ち上げられ、ベッドへと直行。そして、少し荒く投げ捨てられれば、彼は靴を脱いで、ベッドへと上がってきた。


「スピカ、今言ったこと後悔してない?」
「ええっと、ええと! なんて、何て言いましたか!?」
「とぼけないで。ダメ? 俺は、もうその気になっちゃったんだけど……」
「ひぇ……目が怖いです」
「……」
「……か、覚悟決めます」


 熱っぽい目で見られて、私はもう腹をくくるしかないだろうなと思い、ぎゅっと胸の前で手を握った。言ったことなんて覚えている。そして、ユーデクス様もその耳で聞いてしまった。空耳とか、口が滑ったとかいう言い訳は通じない。それに、口から出てしまったってことは、私はそれを求めているということだ。


「……ひ、酷くしてください。ユーデクス様」
「……ははっ、スピカは、本当に可愛い。いじめたくなっちゃう……じゃあ、お望み通り、酷くして……いい?」
「は、はい!」


 ぎゅっと目をつむって、ユーデクス様からのキスを待つ。しかし、それは一向に来なくて、私はゆっくりと目を開いた。


「スピカ」
「はい?」
「愛してる」


 いくら待っても来ないキス。
 恐る恐る目を開ければ、彼は意地悪気に、でも心から幸せそうに笑っていた。


(ああ! もうっ!)


 少しでもひどくしてもらえると思ってしまった自分があさましくて、恥ずかしかった。それを隠すために、幸せそうなユーデクス様の顔にぶつけるようなキスをする。少しかさついていた彼の唇に淡いピンクの口紅がつく。
 大きく見開かれた群青の瞳を私は見逃すはずがなかった。


「……っ!?」
「……き、キスしてほしいのに、何で、意地悪です」
「待って、今スピカからキスしてくれたの?」
「もう、しませんよ。分かってるくせに……」
「ごめん、もう一回!」


と、慌てたように、真っ赤な顔になって彼は私にキスをねだる。その姿が可愛くて、幼くて、胸がぎゅぅぅう~っと締め付けられる。


(そんな顔、誰にも見せないでください、みせたくないです)


 お願いっと、ユーデクス様は一緒のお願いをするように、私の手を握る。一生懸命になっちゃって、可愛すぎた。
 私は、目を閉じて、とお願いし、目は開いたままで、と駄々をこねるユーデクス様の目を片手で覆って、彼の唇にもう一度キスを落とす。


「大好きです」
「……っ、スピカ!」


 今度はユーデクス様からキスをされた。
 私とは違う、熱烈なキス。彼に触れられた場所が全部熱くて、私なんかじゃできないような大人のキス。でも、ちょっとたどたどしくて、頭と体がばらばら見たいな、ただ一心に私を求めてくるユーデクス様のキスは何よりも心を満たした。幸せが広がっていき、彼が離れていくのも惜しいと思うくらい……彼に溺れていた。


「スピカ。俺も、大好き……愛してるよ」
「はい。私も愛しています。ユーデクス様」


 見つめ合って、ゆっくりと触れ合う。
 時々フッと幸せに笑みがこぼれて、手を握って、指を絡めて。そうして、夜が明けていく。目が覚めたとき、彼が隣にいて安心したのは言うまでもないだろう。

 
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