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第4章

07 貴方に抱きしめられて

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「……ん、んん、まだ、夜……んえ!?」


 久しぶりによく寝た、と思って目を覚ますと、まだ月が夜空に浮かんでおり、月明かりが優しく部屋に差し込んでいた。そして、月明かりに照らされた、黄金色の光を見つけたときには飛び起きて、ベッドから落ちそうになってしまう。


「え、え、ええと、ゆ、ユーデクス様……?」


 小さな寝息を立てて、私の毛布の中に忍び込んでいたのは見間違えるはずもない、最愛の人。


「んん……スピカ……?」
「はい、スピカです……ではなくて!? え、いつ。いつここに!?」


 もう随分と前に見た悪夢と似たようなシチュエーションで、思わずまた悪夢を見ているんじゃないか!? と身構えてしまったが、お兄様に魔法は解除してもらったため、さすがにそんなはずはないと、落ち着かせる。お兄様の魔法は最強なんだから、と言い聞かせて、私は自分のベッドの中に潜り込んでいた黄金の彼――ユーデクス様をじっと見つめる。


「スピカ、おはよう」
「おはようではなく、こんばんは、ではないでしょうか。というか、本当にいつここに!?」


 寝起きの耳に、私の声は痛かったのか、彼は耳をふさいだ。申し訳ない思いと、早く説明してほしいという思いが混ざり合い、私もちょっとしたパニックを起こしていた。
 ユーデクス様は、寝ぼけ眼をこすりながら、小さくあくびをして「ごめん」と一言言った後に、ベッドの上で座り直した。


「会議が終わってすぐ来たんだけど……といっても、あの真相解明から二日後。スピカが、また起きないって聞いて飛んできたんだ。死んだように眠ってた。けど、時々ふふっ、て、どこか嬉しそうに笑っていて、幸せな夢でも見ているのかなって。そう思ったら、つい」
「つ、つい……」


 つい、私のベッドにもぐりこんでしまったということなのでしょうか。この場合、つい、なんて言葉で済まされていいのかどうかは、彼が私の婚約者であるから……というのを基準に考えるんでしょうが。


(――ではなく。私、そんなんなに眠っていたんですか!?)


 また心配されるようなことになってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 お兄様も心配したかもしれない。でも、これまで不眠が続いており、悪夢にとらわれたまま目を覚まさなかったら、現実に戻ってこれなかったらって考えたら怖かったから、そういう意味では、幸せに二日間という長さであれど、何の心配もなく眠れたというのは大きい進歩なのかもしれない。原因がわかっているからこそ、誰も大事にしなかったのかもと。お兄様はさすがに気になってユーデクス様に行ったみたいだったけれど。


「その、ご心配をおかけしました。でも、すっかり良くなったので。皆さんのおかげです」
「そう、それならよかった……でも、ごめん。婚約者とはいえ、さすがに勝手にレディのベッドにもぐりこむなんて……反省してる」
「い、いえ! 私も、起きてユーデクス様がいて、ちょっぴり幸せな気持ちになったので。ユーデクス様はお忙しい方ですから、起きたらいない……なんてこともあったでしょう」


 添い寝をしてくれていた時、緊急招集がかかって、朝私の隣にいてくれないこと何てよくあったし。
 まあ、今は夜だから、再び目を覚ました時に、彼は私の隣にいてくれないかもしれないけれど。


(まあ、だからといって、びっくりしたことには変わりないんですが!?)


 婚約者とはいえ、というのは全くその通りで、せめて、椅子に座っているとか……ああ、でも、ユーデクス様の身体を考えたら椅子で寝てもらうなんてことは! と、考えだしたら出したで、これが正解だったんじゃないかって思ってしまった。
 鼻孔にすんと、ユーデクス様の優しい石鹸の香りが広がって、彼のぬくもりが残っているシーツに触れて。ずっと彼がいてくれたんだと、彼がいてくれたから内容は覚えていないけれど幸せな夢を見ていたんじゃないかって、そう思えた。


「スピカは、朝起きて、俺がいたら嬉しい?」
「そりゃもちろんです! だって、ずっと一緒にいたんだって、安心というか、嬉しくて、幸せな気持ちでいっぱいになるじゃないですか!」
「俺も」
「ひぇっ、そ、そんな顔しないでください」
「そんな顔って?」


と、ユーデクス様は小首をかしげていう。

 自分の顔なんて、鏡を見なければ見ることが出来ない。だから、ユーデクス様が今どんな顔をしているかと伝えることが出来るのは私だけなのだ。でも、自分でそれを口にするのも恥ずかしいくらい、そんな顔をしている。


「どんな顔?」
「ううっ、ユーデクス様、分かってるんじゃないですか!?」
「スピカの口からききたいな。俺は、今どんな顔してるの?」
「……っ、えっと、私が好きで、どうしようもないって顔してます……はい」
「あはっ、そうだよね。だって、スピカが俺の腕の中で眠ってくれていたんだもん。幸せだよ。幸せすぎて、顔溶けちゃいそう」
「溶けないでください! せっかくのかっこいい顔が!」
「へえ、かっこいいって思ってくれていたんだ。俺の顔が好み? 好きなのは顔だけ?」
「もう、調子に乗らないでください。ユーデクス様だって、知ってるくせに。言わせないでください、恥ずかしいです」
「スピカも、俺が好きで仕方ないって顔してくれてるんだもん。調子に乗るよ。乗らせたのは、スピカ」


 なんて、彼は責任転嫁してくるものだから、私は枕に顔を埋めた。顔が見られたら、また何か言われるし、悟られるし、恥ずかしかった。
 そんな幸せそうな顔を向けられて、好きな人に好き好きって言われて、心臓が持つはずもなかった。


「ユーデクス様も、連日の会議で疲れているんでしょ。寝てください」
「スピカがこっち向いてくれたら寝れるかも」
「うぅ、またそうやって甘えるんですから。私がいなくなったらどうするんですか」
「……いなくなる予定あるの?」
「な、ないですけど。だって、ユーデクス様が離してくれないでしょ?」


(か、監禁とか……)


 悪夢の中で言われた言葉がたまにひょこりと顔を出す。爽やかな笑みで、監禁したい、なんて言い出すユーデクス様の顔が思い浮かんでしまい、本当はそうじゃないんだけど、と浮かんだよこしまな考えを捨てようと努力するけれど、たびたび重なって。
 枕の隙間からちらりとユーデクス様の顔を見たら、心なしかやつれている気がして、うっすらと目の下に隈もあって。
 このままでは、過労で倒れるんじゃ……と、いくら強いユーデクス様とはいえ、と私は仕方なく、彼に抱き着いた。


「うわっ、え、どうしたの。いきなり、スピカ」
「ユーデクス様がこっち向いてって言ったんです。寝ますよ!」
「え、でも、抱きしめてって、え、嘘、嬉しすぎて……」


 どうやら、彼は大胆な行動をとるのに、私の大胆な行動には弱いらしい。
 先ほどの威勢も、かっこいいユーデクス様もさっぱりと消えて、あたふたと、私の肩当たりで抱きしめるか、抱きしめまいかと手を動かしている。そんなところも愛おしいけれど、私がこれから大胆な行動をとるたび、ユーデクス様の心臓が爆発していたらきりがないと思う。
 私がユーデクス様のことを妄想するように、彼も私の妄想をしていたんだろうけれど、現実、両者ともに刺激が強いらしい。だって、妄想は妄想で、自分が理想とする姿しか、知っている姿しか映してくれないのだから。


「スピカ、苦しくない?」
「苦しくないです。ユーデクス様の匂い好きなので。眠たくなかったんですけど、また眠れちゃいそうです」
「そう、ならよかった、けど……」
「抱きしめてくれないんですか? 抱き枕にしてもおこりませんよ?」
「……いい? の……? 抱きしめても」
「はい」


 何を不安がっているのだろうか。
 私を抱きしめて、そのまま抱きしめ殺す、なんてことになってしまいそうで、怖いのだろうか。私だってやわじゃない。けれど、彼の心に渦巻いている、加虐心は取り払えそうにないのだ。きっと、彼はそれを恐れている。口には全部しないけれど、私が悪夢の内容を言わなかったように……彼もまた、一人で抱え込んでいると。


(言ってくれてもいいんですよ。全部受け止めますから……)


 うとうととして、口が回らなくなってしまい、私はその言葉を彼にかけることはできなかった。ぎゅっと抱きしめて、私の頭上で小さな寝息を立てているユーデクス様を起こすのもあれだろうと私も目を閉じる。
 まだ全部終わっていないかもしれない。そして、終わったとしても私とユーデクス様はそこからなのだ。


「スピカ……」
「……ふふ、寝言でも私の名前言ってくださるんですね。ユーデクス様。私も、大好きです。ゆ、ユーデクス」


 つい彼の名前を呼び捨てにしてしまい、恥ずかしいと彼の胸に顔を埋める。
 起きているときに言ってよ、なんて私の心の中のユーデクス様はいうけれど、まだ面と向かって言えるほど私の勇気は育ってなかった。そうして、再び夢の中へと落ちれば、やはり悪夢を見ることはなく朝を迎えることが出来たのだ。

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