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第3章
10 ご報告を
しおりを挟む「スピカ!」
「お……お兄様」
朝になり、顔を真っ青にして走ってきたお兄様を見て、私は昨日の今日で顔が合わせられないと、思わずユーデクス様の後ろへと隠れてしまった。お兄様がどうんな顔をしかは分からなかったけれど、なんだか傷ついたような効果音が聞こえた気がした。多分、本当に悲しいというか、傷ついている。
ユーデクス様は、私に抱き着かれてまんざらでもなさそうに「おはよう、オービット。いい朝だね」とお兄様の気分を害するような挨拶をし、やっぱりと言っていいのかお兄様は激おこのようで、ひんやりとした冷気が足元に伝わってきた。
「いやだなあ、挨拶をしただけなのに。義兄に」
「いつ、お前が俺の義弟になったんだ。言ってみろ」
「だってさ、スピカ」
「な、何で私に!?」
私に話を振るところに若干の悪意を感じつつも、ユーデクス様はそれはもうご満悦と目を輝かせ、頬は緩み切っていた。
(何で、ユーデクス様は平気なんですか!?)
私は何かにつかまっていないと立てないくらいに足ががくがくとしていて、腰が痛いというのに、ユーデクス様は何ともないと言わんばかりの平常心。鍛え方が違うのは分かってはいても、まだまだいける、みたいな顔をされては目も合わせられない。
昨晩のことを思い出しては、顔が熱くなって、あの時のユーデクス様を思い出してしまって声にならないような悲鳴を押し殺して、彼の服を掴んだ。
「スピカ可愛い。俺の服しわしわにして脱がせたいの? 脱がせてどうしたいの?」
「おい、ユーデクス戯れはよせ。さすがにそれは気持ち悪いぞ」
「ええ? でも、俺たちはもう、ね?」
と、ユーデクス様は今日一番の笑顔を私に向けて同意を求めてきた。
それを見たお兄様の顔が真っ青になっていくさまを私はみてしまい、こんなふうに人間の顔色って変わるんだ、と場違いなことを思いながらも、膝から崩れ落ちるお兄様を見ているしかなかった。
「スピカ……と」
「うん。君の魔道具はとても役に立ったよ。ありがとう。おかげで誰にも邪魔されずに……」
「言うな、それ以上! そんなために貴様に渡したのではない! 貴様が部屋を壊すというから殿下が言うから……くそっ」
「お、お兄様……?」
立ち直れないほどのショックを受けたようで、お兄様はくそ、と何度も言っては地面をたたいていた。何も言わなくても察するところはさすがお兄様、と思いながらも、兄妹とはいえさすがに、お兄様にバレるなんてことどんな羞恥心プレイだと思った。
(それに、こんな形で伝えるつもりはなかったのに……)
順番が違うと怒られそうだ。
だって、私たちはまだ正式に婚約者になったわけでもないし、ましてや、何度も断ってしまっている状態で、身体の関係を――
(これって、まずいですよね!?)
至急かえってどうにかするべきなのだが、狩猟大会はまだ終わっていない。が、昨日の会議でどうなったかは分からないけれど、もしかしたら昨日の今日だから中止、ということにもなるかもしれない。それは、聞いてみないことには分からないけれどそれよりも……
「本当に夢のような一夜だったよ。絶対に忘れない。スピカが可愛くて、思い出しただけでも……」
「ゆー、ユーデクス様!」
「ユーデクス、今度俺の前で同じことをいったら貴様のそれが使い物にならないようにしてやるからな」
「怖いねえ。でも、君も願ってくれていたんだろ? 俺と、スピカの未来を」
「……うるさい。昔の話だ」
「素直にお祝いしてよ。友人として……」
「…………よかったな。長年の片思いが実って。だが、スピカを泣かせたら、貴様であっても容赦しないからな。これは、スピカの兄としての忠告だ」
「ふっ、忠告どーも。そんなこと絶対にないからね」
ユーデクス様は自信ありげに笑うと、スピカ、と私の名前を呼んで昨日のようにお姫様抱っこをした。自分が羽のように軽くなったのではと錯覚するほどにひょいと持ち上げるものだから、恐ろしい。
「え、え、ユーデクス様おろしてください」
「だーめ。昨日無理させちゃったからね。立っているだけでやっとでしょ?」
「うぅ……」
「だから、俺につかまってて。大丈夫、落としたりしないから」
「そういう問題じゃなくてですね……」
お兄様はすでに魂が抜けたように明後日の方向を見ていた。
もう隠す気がないところに、ユーデクス様が有頂天になっているのが分かってしまって何も言えなかった。だって、私も同じ気持ちだったから。
周りに知られて恥ずかしいって気持ちと、周りに見せつけたい、周りが気にならなくなるほど二人の世界に入りこめているって思ってしまったから。ユーデクス様が幸せそうなら私も幸せで、馬鹿だなあなんて思いながらも、彼の笑顔にほだされて、どうでもよくなるのだ。
「スピカ。スピカは今日も可愛いよ」
「ユーデクス様だって、今日もかっこ、かっこいいです!」
そんなふうに愛を囁き合っていれば、「ユーデクス」と少し慌てたような様子で、青色の君主様がやってきた。
「レオ……! ねえ、聞いて。レオ、俺――」
「……あー分かった。オービットが死んでいるからよくわかったぞ……お前は馬鹿か?」
と、すべてを察したレオ殿下は、はあ……と深いため息をついてお兄様の背中を叩いていた。
ユーデクス様はてっきり祝福されるものだと思っていたらしく、殿下の言葉にはぽかんと口を開けていた。一番の親友に私たちの関係を否定されたと思ったのだろう。でも実際は否定ではなくて、ただ順番を間違えたことに対して呆れているだけなのだと私は気づいてしまった。
「何で?」
「いや、馬鹿だろ。何で……はあ……まあ、どうせそうなるが、将来的にそうなるだろうがなぁ……順番っていうものがあるからな? お前たちの関係を言ってみろ」
「夫婦」
「違う! 婚約者でも何でもないんだぞ!? 落ち着いて物事を……」
「でも、好きなんだから仕方ないじゃん。俺は、スピカとの未来以外考えていないし、考えたくもないよ。他の人と結ばれるとか、スピカが他の人のものになるとか。だったら、俺がスピカを殺して後追いするから」
「……っ」
殺す、なんて簡単に言わないでほしい。
私はその言葉に過剰に反応してしまい、彼の腕の中で体を震わせれば、弾かれたようにユーデクス様はこちらに気が付いて「ごめん……ごめん」と謝ってきた。
わかっているつもりだ。でも、冗談には聞こえない。
(うぅ、時々ちらつく悪夢どうにかしてください……)
あれは悪夢という名の予知夢なのだろうか。一瞬感じてしまった彼の殺気、感じたことのない執着。元から見え隠れしていたんだろうけれど、完全に警戒を解いてしまった今、感じたそれらのおぞましく黒い感情は、幸せムードの私には強い刺激だった。
おどおどと、ユーデクス様は腕の中にいる私をどうにかしようとしているけれど、自身でもそれに気づいていないところを見ると、あれは無自覚な殺意なのだろうか。
(殺意というには可愛らしくて、おぞましくて……本気で私に何かあった時、私が誰かに殺される前に、私を殺しそうなんですよね……)
それが私の愛した人の愛の形なのだけれど。
それを私は受け止めると決めて彼を受け入れた。だから、共犯者だし、同じ罪を背負っているといってもいい。
レオ殿下にこっぴどく叱られて、しおしおとかわいそうな顔になっているユーデクス様をどうにか慰めようと私は、レオ殿下の方を見た。
「でも、レオの言う通りだね。俺は順番間違って……」
「で、でも! あ、あの、殿下、レオ殿下! わ、私です。誘ったのは私なので、ユーデクス様は悪くありません!」
「すぴ……っ」
「は?」
「ぷっ」
ユーデクス様はかたまり、少しずつ調子を取り戻していたお兄様は砕かれ、レオ殿下は笑うというシュールな地獄絵図を作ってしまい、私は自分の発言を思い返してみる。
(――って何言ってるの私!?)
「あ、あの、ちょっと、えっと、えっと」
「……ぷっ、そういうことなら仕方ないねえ。愛しの人に求められて応えないのは紳士じゃないから」
「そ、それって紳士っていうんでしょうか……?」
「まあ、よかったじゃないか。ユーデクス。お前の長年の恋が実って。だが、これからだぞ?」
と、殿下はユーデクス様の肩を叩く。それまで、いじけたような顔をしていた彼の顔に笑みが戻り、ふわりとユーデクス様は笑う。そよそよとふいた風が、青と黄金を優しく揺らす。
「ありがとう。レオ」
ユーデクス様は褒められた子供のような顔をしていた。その顔は私に向けられたものではなく、親愛なる親友であり君主に向けられたものだった。
「スピカ嬢も、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
正式に認められた。
いや、結ばなければならないものを結んでいないし、まだまだいろいろとあるけれど、それでも、長年の両片思いにいったん終止符を打つことが出来、ここからスタートを切ることとなった私たちを、レオ殿下も、一応お兄様も認めてくれたわけで。
(よかった……ほんとうに……)
感謝してもしきれないほどの応援と、優しく見守ってくれた人に最大の感謝を心に秘めながら、お兄様を引きずって歩いていく殿下の姿を見つめた。
その後、レオ殿下から狩猟大会の中止が発表され、私たちは一時期帰宅することとなった。
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