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第3章
07 不釣り合いでも
しおりを挟む「はあ……」
ため息も、美しい何億との星々の下じゃちっぽけなもので、私の悩みなんて、星が命を燃やすよりも瞬間的なものなのだと、少しのことでも怒りっぽくなってしまっていた。誰かに当たる、ということではなくて、自分のみじめさに、みっともなさに。
「お兄様にまで迷惑をかけて、エラには新しい服にしましょうっていろいろ言われて……ヴェリタ様にお礼も、ユーデクス様に会うこともできなくて……はあ」
怒涛の展開にまだ、頭が少し混乱していた。
あの後、天幕が張り直され、狩猟大会は一時中止となった。今も、森の中で捜索をしている騎士や、殿下を中心に今日の出来事に関する報告会のようなものが行われており、お兄様もそちらに参加しているようだった。
天幕からほど近い場所で私は夜空を眺め、先ほどのことを思い出していた。
(ヴェリタ様の魔法はかっこよかったし、助けに来てくださったユーデクス様もかっこよかった……)
二人はあの場にいた全員の命を救ったのだ。英雄、救世主……二人に贈られる称賛の拍手も声も、彼らのもの。彼らの実力あってのもの。
私が欲しくても手に入らないもので、そもそも、私みたいな一介の令嬢があんな力を持っているはずもなかった。おまけに少し体も弱くて、聴覚過敏で社交界に顔を出さない引っ込み思案で……
何でユーデクス様が私を好きになってくれたのか分からないくらいに自分の事ダメだなあ、と思ってしまっていた。
(でも、ずっと両片思いだったんですよ? 今更それが覆りますか?)
私の中にある慢心。それを支えるのは、ユーデクス様の告白だった。
幼いころに一目ぼれして、私と会えるのがうれしくて仕方なくて、レオ殿下のため私に釣り合う騎士になるためにと努力した彼のその気持ちが嘘でもなく、これからも覆ることもないと。それだけはいえる気がしてきた。
私だって、ユーデクス様に会えるのは嬉しくて、彼の笑顔が大好きで、ちょっと怖いけれど、かっこよくて。英雄の剣を握って戦う彼の後姿も横顔もすべて好きで大好きで。
倒れた丸太の上に腰を下ろして、膝を抱えて小さくなる。夜風が冷たくて、ブランケットでももってこればよかったかな、と後悔しながら地面を見る。ユーデクス様が星なら、私はその星に恋焦がれる野花かもしれない。
卑屈になっているのも、思考がマイナスになっているのも分かっていた。
変わるって宣言したばっかりで、隣に立ちたいから努力するといったばかりなのに。
「ユーデクス様かっこよかったな……」
「ありがとう、スピカ」
「え、ひえええっ!?」
スッと、何の気配もなしに、私の隣に腰を下ろしたのはユーデクス様だった。月明かりに照らされた黄金色の髪は、月よりも美しく輝いている。
「ええ、ええっと、何でユーデクス様がここに!? 会議は!?」
「今さっき終わったばっかりだよ。寝る前にスピカに会いたくて来ちゃったんだ」
「え、あ、え、ありがとうございます……ではなくて!」
「ん?」
「んん~~~~」
(小首傾げるのとか反則です! 何でそんなあざといんですか!?)
知っていてやっているのだろか、わざとだろうか。じゃなかったとしたら天然人たらしすぎてみていて恐ろしくなる!
群青色の瞳に映っているのは紛れもなく私で、今ユーデクス様の隣にいるのは私なんだと頭で整理したうえで、ススっと彼から距離をとってしまう。すると、彼の眉はすぐさまへにゃんと垂れてはの字になる。
「スピカ、離れないでよ。俺、何かした?」
「な、何もしてませんけど、いきなり現れました」
「それはそうだね。怖かった?」
「そりゃ、まあ、少しは……」
「じゃあ、今度からは遠くから叫ぶね。スピカって」
「い、いややめてください! 恥ずかしすぎます!」
どんな羞恥心プレイだろうか。
どこにいても見つけてくれて、私の名前を呼んで全力で走ってこっちに来てくれるユーデクス様――はちょっと怖い。いやかなり怖かった。想像したら、かなり怖かったのだ。
嬉しくないわけではないが、もっと違う方法を考えてほしい。ただ、気配は消さないで、とそういうことだけで。
「恥ずかしいって……でも、俺はスピカのことしか見ていないし、周りがどう見てようが、俺がスピカを好きでずっと君のそばにいられたら、俺はそれでいいって思うんだけどな」
「ちょっと、私たちの中でずれがあるんでしょう……あはは」
私もユーデクス様は好きだ。でも、ユーデクス様みたいに、人目も気にせずに愛を叫べるほどの度胸はなかった。もしかしたら、それほど好きじゃないのかもしれないと思わされるほどに。
昼間のお茶会のこともあって、みんながみんなユーデクス様のことが好き……ではないけれど、好きな人は多くて、振り向いてもらいたくて仕方なくって、私が憎らしいと。妬ましいと。
だからこそ、そんなみんなの憧れの的であるユーデクス様の愛を一身に受けている私が何もしないのは、周りから見たら慢心であり、憎悪と嫉妬の対象だと。私の方が好きなんだから譲れと言われてもおかしくない。けれど、ユーデクス様の愛は非売品だ。譲りたくても譲れないし、ユーデクス様自身も愛を安売りはしていないだろう。
「ずれ……か」
「ご、ごめんなさい。えっと、その、傷つけましたか?」
「ううん。確かに、レオにもよく言われるから、そうなのかもっては思ってるよ」
「殿下に?」
「うん。お前の愛は重すぎるーって…………そう、自覚はあるんだけどね」
と、ユーデクス様は言いながら優しい笑みを向けてくれた。でも、その笑みが少し寂しそうで、悲しそうで、それは、私がユーデクス様の思いに答えられていないからなのかな、とも思ってしまった。
(私ってずるいですよね。両片思い……両想いだって知っていて、それがあるから今は大丈夫だろうって、答えを後回しにして……ユーデクス様はその理由を聞かずにずっと待っていてくれているっていうのに……)
ずるい。
みんなからそう思われている。身内からはやきもきすると、そして周りからはずるいと。
逃げる道を、後回しにする道を選んでしまっている時点では私はダメなんだろう。悪夢の解明が先だと言っていても、それはただの言い訳で、
「でも、スピカを前にしたらどうしようもなくなっちゃうんだ。スピカが好きすぎて、自分を抑えられなくなって……自分の腕の中に閉じ込めていたいし、誰にも見せたくないし、だったら監禁して俺だけを見てくれるようにって……だから、重いって言われる。実際自分でも分かってるんだけどね。でも、分かってるつもりなんだろうね……きっと」
「重くなんてないですよ……」
ぽそっと言ったつもりなのに、ありがとう、なんて拾い上げられて、私は恥ずかしくてその場で丸くなった。足に顔を埋めて、ううん、と首を横に振る。
「……あの、言えていなかったんですけど、先ほどの……ありがとうございました」
「いいよ。本当にスピカに怪我がなくてよかった。もし、怪我でもしていたら、俺自分で自分を止めらなかったかもしれない」
「ま、周りに被害が出なくてよかったです」
「ほんとだね……」
どっちの意味に対していっているのか分からなかったけれど、ユーデクス様はそういって、離れてしまった私に距離を詰めてきた。とん、と肩が当たって、彼がすぐ隣にいるのを感じる。だけど、顔を上げることはできなかった。
まだ釣り合わないと思っているからだろうか。それとも恥ずかしいから?
どちらかは分からないけれど、今顔を上げたら、きっと――
「スピカ、顔を上げて?」
「今はダメです」
「お願い」
「……何で」
「だって、スピカの顔見ないと眠れないから……だめ?」
「もう、行ってしまうんですか?」
「え?」
私の顔を見ないと眠れないなんてなんて可愛い文句だろうか。嘘でも本当でもどっちでもよくて、私は自分でも何を言ったか覚えていないけれど顔を上げて、ユーデクス様の顔を見た。あげられないと思っていた顔は意外にもあっさりとあげられてしまって、私に足りなかったのは勇気だけではないかと思わされる。
「スピカ?」
「行かないでください。そばにいてください。私がそばにいちゃだめですか」
泣きそうになる。
なんでこんなこと言ってしまったんだろうって、後悔もやってきたけれど、それでも、彼が離れていってしまう気がして、この隣に誰かが来てしまうような気がして、ならななかった。
わがままだと思うし、釣り合っていないかもしれない。それでも、ユーデクス様を好きという気持ちは本当で、これだけは誰にも譲れなくて、負けないものだと頑固として内にあった。
ぎゅっと彼の袖をつかんで彼の顔を見れば、真っ赤になったユーデクス様の顔がそこにはあった。群青色の瞳には、星と私が煌めいて映っていた。
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