13 / 46
第2章
02 皇太子命令
しおりを挟む(あ、あれって、英雄の剣ですよね!?)
重厚なつくりの、その上魔法がかかった扉が壊された。ユーデクス様が握っていた剣は、英雄の剣で彼しか扱えないものだ。しかし、その刀身は鞘の中にしまわれており、扉を切ったというより叩き壊した、という方が正しいのかもしれない。何にしても、その剣はそんな風に使うものでは決してなく、扉もレオ殿下の言う通り壊して入ってくるものではないのだ。
「ゆ、ユーデクス様!?」
「スピカっ」
タッと床をけり、ユーデクス様は、立ち上がった私に駆け寄ってくると真正面から抱きしめられた。その際、ポンとソヴァールを投げ捨てたものだから、本当に恐ろしい。
「あ、あの、ユーデクス様、その剣は、そんな乱暴に扱うものでは」
「ああ、スピカ。大丈夫だった? レオにいじわるされなかった?」
「え、あの。ユーデクス様、話を!」
く、苦しい。
ぎゅっと抱きしめられれば、体格差、身長差があり、圧死してしまうのではないかとすら思える。実際、いつもより呼吸が苦しくて、離してくださいと、彼の厚い胸板を叩く。
「レオ、スピカに何を吹き込んだんだ!」
「はあ、君が言っていなかったことだよ。あと、殿下……な? 僕は別にいいけれど、不敬罪って指をさされたくないだろう?」
「……」
「ユーデクスが求婚を断られている理由が何か知らないけれど、求婚している意図については少し話しておいた方がいいんじゃないかな。このままだと、スピカ嬢は隣国の王子に抱き殺される」
「殿下……いくら殿下とはいえ、そんなこと言うんでしたら、もうあなたの元ではつかえませんよ」
「できないくせに。僕の元から離れれば、築いた地位も、爵位も、英雄の剣さえも手放すことになるけど? そしたら、君はスピカ嬢を力で囲うことが出来ない」
「……」
ぷはっ、とユーデクス様の胸からやっと顔を上げ、何やらバチバチとしている二人を見て、胃がきしむ音がした。
レオ殿下と、ユーデクス様が仲がいいのは知っていたけれど、仲が良くて、互いに軽い口で言いあえる仲だと知っていたけれど、こんなふうにバチバチと火花を散らされると、恐ろしくて失神してしまいそうだった。仲がいい人が喧嘩するのが一番怖いって聞くから。
「スピカ……」
「な、なんですか。ユーデクス様」
「黙っているつもりはなかったんだけど、ごめんね。言ったら、なんだか、君に誤解されそうで」
「えっと、その、政略結婚……候補の令嬢として、私が名前が挙がっているってことはさっき聞きました。それに、そんなべらべらと喋れるような内容じゃないと思いますし。ユーデクス様が悪いわけでは」
「それを理由に、婚約を申し込んでいるわけじゃないんだ。信じてくれ」
と、ユーデクス様は、言うと眉をひそめた。悲しそうな顔をするので、抱きしめ返してあげたい気持ちになったが、ピクリと動いた手はそのまま横に下ろされる。でも、ユーデクス様が政略結婚を阻止するため、私が隣国にいかなくてもいいようにするため、嫌々ながら私に婚約を申し込んでいるわけではないのだと知れて安心した。
そして、同時に、後は私次第なのではないかとも思ってしまい、なんとなく自分の中にモヤモヤッとした気持ちが生まれる。
(今更、とか思われないでしょうか。それに、まだ悪夢の解明が進んでいないのに)
「大丈夫です。ユーデクス様がそんな方じゃないことも。レオ殿下が、指示したんじゃないことも分かりましたし」
「じゃあ、婚約を」
「スピカあっ!」
と、今度はまた違う聞きなれた声が耳を貫く。滑り込む勢いで部屋に入ってきたのはお兄様で、銀色の髪をぶんぶんと振り回し、息を切らし、私の方へやってきた。
なんだか今日は勢ぞろいだな、なんて思いながら、先ほど合流出来たらな、とも思っていたのでその手間が省けた感じだ。
「やあやあ、オービット。君も……!」
「で、殿下……」
先ほどとは違い、レオ殿下もパッと顔を明るくさせたかと思うと、お兄様にゆっくりと歩み寄り、手を広げた。お兄様は珍しく、うっ、と声を漏らし一歩、二歩と後ろに下がる。しかし、とんとユーデクス様が壊した扉に足が当たり、注意を奪われる。そのうちにレオ殿下はお兄様に距離を詰めた。
「僕に会いに来てくれたのかな。オービット」
「い、いえ。仕事が済んだので、妹を迎えに……あの、殿下近いです」
ふふっ、と笑いながら殿下は人差し指でお兄様の顎を持ち上げ、「あんまり目を合わせてくれないね。緊張してる?」と甘い声でささやいていた。お兄様は顔を赤くして、その後青ざめさせ、プルプルとした感じに首を横に振った。それすらも愉快そうに、レオ殿下はお兄様の頬を撫でていた。そのたび、お兄様の肩が跳ね上がるのだから、見ていて面白いというか新鮮だった。
(あ、あのお兄様が押されている!?)
いつもはクールでかっこいいお兄様が、乱されている! そう、妹ながらに感じ、お兄様の新たな一面に言葉を失うしかなかった。そして、次の瞬間、ぱっと視界が暗くなり、ふぇ!? とあられもない声を上げてしまった。
「ご、ごめん。スピカ」
「え、えっと。ユーデクス様、な、何でしょうか。その、め、目隠し!? 何も見えません」
「スピカはみちゃだめだよ」
「な、何でですか!?」
「何でも。はあ……レオ、よそでやってくれないかな」
ユーデクス様は呆れたようにそういうと、私の目を覆いながらため息をついた。悩ましげなため息が上から追ってきて、目隠しされていることもあってかうひゃぁっと思わず体が反応してしまう。その色っぽさに!
何が起こっているか分からなかったが、ユーデクス様はしばらくして私から手をはなすと、お兄様はさっきよりも息を切らし、レオ殿下はすっきりしたような顔でこちらを見ていた。心なしか笑顔が輝いている……ような。
「スピカ嬢。オービットはこの後予定が入ったから、先に帰ってもらって結構だよ。こっちも、話すことは話したし。あとは君たち次第だ」
「は、はあ……はい」
「それと。まあ、時間の問題だろうけど、君たちデートしてきなよ」
「え?」
「は?」
ユーデクス様と声が重なるように、レオ殿下のは現に私たちは声を漏らす。レオ殿下はにこにこと、それがいい、とも言わんばかりの顔を向けてくる。また、圧をかけられているような気がし、そして、してきなよ、っていう言葉が命令にすら聞こえてきて不思議だった。
「で、デート」
「ユーデクス、そしてスピカ嬢。これは命令だ。皇太子の、ね? 二人でデートをしてくるんだ」
と、前代未聞の命令、皇太子の命令に、私たちは言葉を失うしかなかった。
だが、ユーデクス様は、怒りと喜びが入り混じったような表情でこぶしを震わせると、「違う」と一言低く発したかと思うと、再度顔を上げて、レオ殿下に叫んだ。
「デートはしたことがある。これは、二回目だ!」
「別に、して来いって言っただけじゃないか。一回も、二回も……デートしたことがあるのに、婚約者じゃないなんて、ぷっ、それも笑う話だけど」
「レオ!」
「はいはい。そういうところがめんどくさくて、愛おしいよ。ユーデクス。でも、命令は命令だ。セッティングはしないけれど、一週間後、二人でデートに行ってきてくれ。そして、その結果を教えてほしい」
「……」
「あ、あのユーデクス様? 殿下?」
勝手に話が進んでいき、私は一人取り残された気分だった。それでも、叩きつけられた皇太子の命令――ユーデクス様とデートに行くことは決定事項のようで、むすっとした表情のまま私を抱きしめているユーデクス様に、何か聞くことなど到底できなかった。
64
お気に入りに追加
447
あなたにおすすめの小説
【一話完結】心の声を聞きたい王子様に応える私は変態ですか?
春風悠里
恋愛
――特定の相手に一定時間心を読まれる特別な砂糖菓子を手配いたしました。考えていることが全て筒抜けにはなりますが、ご覚悟のある方のみぜひお越しください。
これは、セルバンティス・バルゾーラ王子の婚約者を決める関門だ。
心を覗きたい王子と覗かれることを知って臨むユリア・マスカレド子爵令嬢。それを見守る執事と夢魔。
迎えるのは紛れもなくハッピーエンド。
しかし……登場人物は全員、変態なのかもしれない。
※柴野いずみ様主催のなろうでの「匿名狂愛短編企画」参加作品です。狂愛に見合った内容になるよう書いていますが、ハッピーエンドです。
※他サイト様にも掲載中
逃げて、追われて、捕まって (元悪役令嬢編)
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で貴族令嬢として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
*****ご報告****
「逃げて、追われて、捕まって」連載版については、2020年 1月28日 レジーナブックス 様より書籍化しております。
****************
サクサクと読める、5000字程度の短編を書いてみました!
なろうでも同じ話を投稿しております。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる