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第1章

09 勝手に秘密を暴露しないでください

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(――どうしよう。この光景、もう見慣れてしまった)


「スピカ、あーん」
「あ、あの、お兄様の前だと、その恥ずかしいので……!」
「んー、じゃあ、オービット席を外してくれるかな?」
「何故、俺が! お前と、スピカを二人きりにさせられるわけないだろう!」
「……変なところで過保護だなあ。このシスコン」
「ああ、あの、ユーデクス様、その近いです」


 夕食の席に、家族以外の人がいる、なんていうこのおかしな状況に慣れてしまった。
 いまだに、どうしてこれが許されるのか、ユーデクス様だから許されるのか、などいろいろ考察してみてはいるものの、どうやら、私の家族(お兄様は、結局のところどっちの見方が分からないのでグレーだけど)は、ユーデクス様のことをよく思っていて、ゆくゆくは婚約者に、結婚を……とも話しているのを最近聞いてしまった。ユーデクス様は「スピカを必ず幸せにします」なんてすでに両親に宣言していて、家族からの圧もすごくなってきている。
 もう受け入れてしまった方が早いのではないかと思うくらい、外堀を埋められ、ガチガチに固められてきている。
 ユーデクス様の身分は帝国騎士団所属の皇太子の側近の護衛騎士で、何か重い制約があり結婚できないというわけでもない。私でも釣り合うと。身分差に問題はないらしいし、むしろ、私くらいがちょうどいいともいう。
 何も問題ない。あとは、私の心の問題だけらしく、私が頷けばすぐにでも手続きを行うという。
 いったい、いつからこんなことになっていたのか、私にも分からない。
 ただ目の前に、ユーデクス様がいる。それだけのことで……


(お父様とお母様、わざわざ席を外して下さらなくてもいいのにぃ!)


 今のユーデクス様の姿を見たら、きっと腰を抜かすだろう。でも、ちょっとほわほわとしている両親のことだから、きっとそれすらも受け入れてしまうような気がしたのだ。そのほわほわ、ふわふわとした部分は、私がしっかりと受け継いでいて、逆にお兄様はそうでもなくて。


「スピカ、食欲ない?」
「い、いいえ。あの、近すぎて食べにくいと思って」


 今だって、こんなに近くにいてドキドキするのに。ドキドキして食べにくいし、近いのは普通に食べにくかった。
 それも、お兄様の目の前でべたべたと。お兄様にも嫌われたくなくて、私はもぐもぐと口を動かすけれど、味がしない。


「そんなに恥ずかしがらないで? 結婚したら毎日一緒にいられるしね」
「結婚って! まだ、婚約も受け入れていないのに」
「嫌?」


 私を覗き込むユーデクス様のその仕草にきゅんっと胸が締め付けられる。


(いやじゃない! いやじゃないから困っているんですってば!)


 もうここまで来ると開き直るしかないなとは思いつつも、この状況に全く慣れていない私がいるのは確かであった。


(でも、近いのはダメって、恥ずかしくて無理なんです!)


 また、勝手に妄想にふけって、結婚だなんていって。まだ、婚約者でもないのに……自分の持っている権力を私と一緒にいるために使っているユーデクス様は、少し……かなり頭がおかしかった。 
 お兄様も、抜け殻のようになって食事をしているし、嬉しそうなのはユーデクス様だけで。


(そういえば、今日も、悪夢を見たんだった。だから、ユーデクス様がきて……)


「スピカ?」
「は、はい。なんですか。ユーデクス様」
「顔色悪いけど、どうしたの?」
「何でも、こいつは最近悪夢を見るらしい」
「おお、お兄様!」


 何故このタイミングで、お兄様は私の秘密をばらしてしまうのだろうか。やはり、お兄様も、私の味方じゃなかったということだろうか。もう、この際どうでもよく、この秘密がバレたからには、きっとユーデクス様が――


「スピカ!」
「な、なんですか!?」
「どうして、そんなこと、黙ってたの?」
「え、え、だって、ユーデクス様には関係ないですし」


 実際には、とても関係あるので話していないだけですが、と私は、笑顔を取り繕いつつユーデクス様の顔を見る。見る限り怖い。あまりにも怖い。なんでそんな、人を殺したんじゃないかみたいな顔で見るのか、私には理解できなかった。目が黒い!
 そして、次の瞬間には肩を掴まれ、揺さぶられる形で「どうして言ってくれなかったの、スピカ!」と自分事のように泣く勢いで、ユーデクス様は私を揺さぶった。


「お、落ち着いてください。その、別に、頻繁にというわけでは」
「どんな悪夢を? もしかして、最近元気なかったのはそのせい? スピカ――っ!?」
「おい、そこら辺にしろ」
「……オービット。危ないじゃないか、スピカに当たりでもしたらどうするんだ」
「俺は、妹にはあてない」
「じゃあ、俺なら当たってもいいと?」


 ひゅんと飛んできた、氷魔法は、確かにお兄様が放った魔法だった。私に当たらないよう完璧に設計された軌道は本当に感動を覚えるほどのものでした――が、確かに、こんなところで魔法を撃つなんて、お兄様もかなりどうかしている。
 大好きな二人が、私が悪夢を見て苦しんでいるということを知って、気にかけてくれるのは嬉しかったが、何も大事にしてほしいとは言っていない。
 お兄様と、ユーデクス様の間にバチバチと火花が散り始めたところで、私は、スッと、ユーデクス様の腕の中から抜け出した。ユーデクス様は、それはもう悲しそうな顔をしていたが、その顔に騙されては、またあの腕の中に閉じ込められてしまいそうだった。
 さささっ、とお兄様の方に身を寄せれば、明らかに、不機嫌そうなユーデクス様の視線がこちらに飛んでくる。


「お、お兄様、勝手に私の秘密を話さないでください!」
「だが、困っていたのは事実だろう。知っていてもらった方がいいと思って」
「余計なお世話です。それも、ユーデクス様に!」


 ちらりと見れば、ニコリと笑みを向けられるが、その顔が笑っていないことだけは分かった。
 発端は、お兄様が、私の秘密をばらしたことによるので、お兄様に責任をとって貰いたいところだが、こういったということは、何か理由があるのではないかと私はお兄様とユーデクス様を交互に見る。


「はあ……別に、知らなかったわけじゃないよ。先日、シュトラール公爵令嬢から声をかけられてね。スピカがいつもと様子が違うみたいだから、って」
「ヴェ、ヴェリタ様まで!?」


 みんな裏切り者! と、心の中で叫びつつ、みんな心配して、相談し、相談して、と回っていくうちに、一番耳に入れてほしくない相手まで伝わってしまったという感じだろう。もう、誰も悪くない、それでいいや、と思うことにし、バレてしまったからには、正直に話すしかないと、私は、お兄様の隣に着席した。
 せっかく、好きな夕食が目の前にあるのに……コーンクリームスープ、焼き立てのパン……さようなら。


「もう、この際言います。悪夢見ています。それはもう、怖い悪夢です」
「内容は?」
「……」
「もしかして、誰かに殺される夢……とか」
「……」
「スピカ?」


 的を得すぎていて、その後、俺に? 何て言われたら飛び跳ねてしまっただろう。だが、さすがにそこまで、ユーデクス様の推理は(意味不明)なかったのか、それとも、自分が理由で、と思いたくないのか分からなかったけれど、深刻そうに、顎に手を当てて考え込んでいた。


「そっか……怖い思い、してきたんだね」
「はい」
「この間も、連れまわしたりなんかしてごめん」
「い、いえ、ケーキ美味しかったですし」
「間接キスしたもんね」
「あ、あの、それは……」
「はあ、美味しかったな。また、食べさせあいっこしたいな」
「ひいっ、お、お兄様!」


 パキパキと隣で、氷の魔法で誰も座っていない席を凍らせるお兄様を抑えながら、私は、そういうことなので、と何もまとまっていないこの場をまとめようとした。もう、夕ご飯は最悪、エラに部屋に持ってきてもらおうと、その場を離れようとすれば、何かを決めたように、ユーデクス様は立ち上がり、私の元まで歩いてきた。


「スピカ、俺が添い寝してあげる。そしたら、きっと悪夢を見ないで済むよ」
「へ……ええっ!?」


 真剣な表情で、私の片手をとっていうユーデクス様の瞳には、下心など一切なく、本当に本気で添い寝をしようと言ってきているのが伝わってきた。そんな真剣な、婚約を申し込む時よりも真剣な面持ちで、添い寝なんて。


(え、え、む、無理です――! まず眠れなくなっちゃいます!)


 
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