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第1章
03 何でいるんですか!?
しおりを挟む――私が何故震えているのかおわかりだろうか?
「あ、ああ……!」
忘れもしない、黄金色。愛くるしい笑み。いや、にやけている。頬が緩みきっている初恋の人がそこにいた。
「ああ、震えるスピカ嬢も可愛い……スピカって呼んでもいい?」
「ゆ、ユーデクス様が何故ここに!?」
夕食の席。いつも通り、家族で食べるのだと思ってダイニングルームにむかうと、そこで待ち受けていたのは、銀色の髪のお兄様と、黄金色の髪色……ユーデクス様だった。ユーデクス様は、こっちに座ってといわんばかりに、ちゃっかり用意された私の席を指さして手招きしている。こんなの誰にも聞いていない。
「お、お兄様どういうことですか!」
「さっき言おうと思っていたんだが、お前が部屋を出ていったから――」
「いえ、こんな大事なこと先にいうべきです!」
「そうか」
「そうかじゃありません!」
確信犯だ。珍しく、お兄様が顔を逸らしたと思えば、これは、きっとユーデクス様に黙っているようにいわれたんだなと思った。二人は対等だが、お兄様は何分押しに弱い人間で、多分相棒とも言われたユーデクス様にはそれはもう、妹の私と同じくらい甘いのだろう。凜々しく、何にも興味を示さなそうな、氷の表情をしているお兄様でも、頼み事には弱く、優しい一面がある。そのギャップに、ぎゅんっと胸を貫かれるのだが……それはいいとして、お兄様とユーデクス様は、私に黙ってこんな席を!
(ということは、お父様もお母様も了承済みってことよね……)
じゃなきゃ、こんな席は用意できないのだ。
いくら、ユーデクス様との繋がりが深いとはいえ、婚約者でもない人間と夕食を共にするなど前代未聞なのである。
しかし、この席を台無しにして、アルビレオ侯爵家に泥を塗るわけにも行かないので、とりあえず座ることにし、私はお兄様の方へよった。すると、お兄様は、両隣においてあった椅子を一瞬にして氷付けにし、座れなくしてしまった。パキ、パキと何とも瞬間冷却された椅子は、青く透明な氷の塊になってしまい、ひんやりとした冷気がそこを漂っていた。
お兄様は、剣術だけではなく魔法にも長けている。私もある程度は扱えるが、こんな一瞬で、それも片手ずつでこんな高度な魔法を……
「――って、お兄様何をしているんですか!?」
「お前の席はあっちだ。こんな冷たい椅子に、可愛い妹を座らせるわけにはいかないだろう」
「可愛い妹だと思って下さるのなら、氷付けにしないで下さい!」
「――スピカ」
と、私の名前を呼んだのはユーデクス様で、にこりと笑っていたが、微妙に目が笑っていない気がして、ヒュッと喉から変な音が鳴る。そして、もう一度、ユーデクス様は私の名前を呼んで、自分の隣の席を指さした。
「兄妹仲がいいのはいいけど、スピカ、君の席はこっちだよ」
「……は、はいぃ」
笑顔の圧。そして、隣からはお兄様の許せといわんばかりの圧。二人の圧に押され、私は渋々ユーデクス様の隣に着く。すると、ユーデクス様は、私の方に椅子を寄せて、スルリと、私のミルクティー色の髪をすくい上げて、頬を摺り寄せてくる。
「ああ、スピカの髪は綺麗で柔らかくていい香りだね」
「……ちょっと離れてください! これでは、お食事ができません! お、おにいさ……!」
頼れる人はいないと、お兄様を見れば、お兄様は何も見ていないというように顔を逸らしていた。ああなっては、絶対に私の顔を見てくれないな、と思いつつ、鼻から吸い込む勢いで私の髪の匂いをかいでくるユーデクス様にもう一度やめてください、といって手を離してもらった。
いつもは、私を庇ってくれるお兄様も、ユーデクス様の前では庇ってくれないのか、無視を決め込んでいた。泣くこも黙るお兄様を前に(今は全く使えないけど!)物怖じせず、好き放題できるユーデクス様のメンタルの強さには尊敬するが、やっぱりその行動はおかしいと思う。
(ど、どうして、こんなに執着されているの……!?)
あまりにも異常なのだ。私の知るユーデクス様ではないがしてきた。いや、こっちが素なのかも知れないが、これを他の令嬢たちが知ったらどう思うだろうか。私に嫉妬するか、ユーデクス様の頭を疑うに違いない。けれど、甘いボイスも、顔面の良さも、何もかも申し分なく、そんな人から一心に愛を囁かれるということは、この上なく幸せに違いないが、もう少し段階を踏まれても……と思う。
「あの、ユーデクス様」
「なあに?」
「……何でもありません……」
もうやだ! そんな蕩けた笑み向けないで! とは心の中で叫んだ声だ。私の胸はドキドキしっぱなしで死にそうだというのに、何故こんなに余裕綽々なのだ、ユーデクス様は。むかつく反面羨ましくて仕方ないのだが、違うといわんばかりに私は首を振った。
(騙されては駄目、流されてはだめよ、スピカ!)
好き好きアピールをされても、彼のその笑みが一瞬で冷めてしまうのではないかと、あの夢と同じになってしまうのではないかと考えると怖くて、まともに顔を合わせられなかった。いや、そもそも、ユーデクス様の顔がそこにあると思うと、もうそれだけで――!
「スピカは、色んな表情を見せてくれるね。でも、もっと知りたくなる。ね、スピカ、俺にもっと色んな表情を見せて?」
「そ、それはその、絶望をですか」
「え? 何で絶望?」
「わ、忘れて下さい」
夢の中で『絶望の表情を見せて』といってきた、ユーデクス様と、ここにいるユーデクス様は違うんだ、と私はもう一度首を振る。
「変な、スピカ」と呟かれ、ユーデクス様はようやく私から離れた。それと同時に、夕食が運ばれてきて、ユーデクス様が一口食べてから「美味しいよ」と私に勧めてくれる。その自然な笑みに驚きながら、私もスープを一口スプーンですくって飲んだ。やばい、味がしない……と思ったが、隣を見れば「美味しいよね?」と笑みの圧をかけてきたため、私は頬を引きつらせながらも「美味しいです」と答えるしかなかった。まあ、ほんのちょっと味を感じるが、それでも、喉を通らないほど、私は違う意味でドキドキしていた。まるで、美味しいと言われなければ、その手に持っているナイフで殺されてしまうのではないかと。
「スピカは食べている姿も可愛い。食べちゃいたいくらい」
「い、いや、私なんて美味しくないですよ」
「そうかな。甘い、砂糖菓子みたいで美味しそうだけど」
ぺろりと、赤い舌を覗かせるユーデクス様。きゃーえっち! と心の中で叫びつつ、本当に食べられてしまいそうで怖かった。どこまで本気なのか、分からない言葉に揺さぶられつつ、結局最後まで、無理矢理喉に突っ込む形で食事を終わらせ、逃げるようにしてその場を去った。追ってくるものだろうと思っていたが、ユーデクス様は、お兄様に止められてか、追ってこなかった。ナイスお兄様! と思いつつも、お兄様が何かユーデクス様と言い争って、そのまま――なんてことになったら、と想像してしまい背筋が凍った。悪夢の見すぎだと自分に言い聞かせるが、何故ユーデクス様が夕食時にいたのか不明だったのだ。いつもは、悪夢を見た次の日に求婚してくるという流れなのだが、今日は違った。いや、今日も求婚してきたから、その延長線か……
(ううん、違う。いつもは、悪夢を見た後で……だから、今回は何か違う)
悪夢と現実の繋がりがよく分からなかった。しかし、夕食中、私を褒めちぎってちぎってちぎりまくったユーデクス様は、一度も私に求婚してこなかった。お兄様がいるから、それとも、他の理由があるのか。悪夢を見なければ、求婚されないかなど、色んな考えが頭を巡ったがどれもしっくりとはこなかった。
「一体全体、どうなってるの……?」
好きな人が、おかしくなりました。おかしくなった理由をお兄様は知っているようです。ですが、悪夢は……?
この状況を、一人で解決するには、さすがにもう限界だった。なので、頼れるあのお方の元に行こうと、私は明日にでも手紙を書くことにし、もう一度ダイニングルームを覗こうかと思った。すると、後ろからメイド二人に声をかけられ、ユーデクス様は皇宮の方に帰ったと教えてくれた。ほっとした反面、何故? という気持ちも強く、やはり、ユーデクス様の行動も謎なのである。
しかし、あんなワンコみたいな姿を甘々な姿を見せられれば、こっちの気持ちも揺らぐもので。
ユーデクス様が、凄く、こういう恋愛の駆け引き? みたいなのに慣れているな、と私は今一度強く心を持ち直すことにし、一人で気合いを入れる。すると、後ろから、声をかけられ、私は過剰に反応してしまい、ひゃぁっと悲鳴を上げてしまう。振返るとそこにいたのは、ユーデクス様ではなく、お兄様だった。
「スピカ」
「お、お兄様!?」
「何だ、その安堵の笑みは……何か、恐ろしいものでも見たような顔は」
「いいえ、何も見ていませんよ。ユーデクス様は帰ったのだと思って」
「ああ、ユーデクスは、殿下のお気に入りだからな。簡単に皇宮を離れられる反面、すぐにでも呼び出しがあれば帰らなければならない」
「で、では何故、侯爵邸に?」
「お前に会いたいからだろう。全く……気を遣うこっちのみにも」
「お兄様も色々大変そうですね。何かよく分かりませんけど」
「スピカは純粋なままでいてくれ」
と、お兄様は私の頭を撫でると、そのまま私を抱きしめた。
お兄様と自分が同じ匂いだな、と抱き留められていると、ふと、ツキンとした痛みが頭を襲い、私は、お兄様の胸の中で顔を埋める。
「どうした、スピカ」
「い、いえ」
心配させまいと、私はお兄様から離れ笑顔を作る。
悪夢と同じくらいの頻度で、頭痛に見舞われることが多くなってきた。しかし、病気ではないようで、痛みと目眩はすぐに引いていくため、誰にもいっていなかった。心配されるのも嫌だし、何よりもそれを皮切りに悪夢のことについて問い詰められるのが嫌だったのだ。
私は、お兄様に挨拶をすませ、タッとその場を離れるようにして前に進むたび暗くなっていく廊下を走った。まるで、それは、あの悪夢のワンシーンのようで、嫌な感情が胸の奥で渦巻き始めていた。
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