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第2章

07 寂しいなんて感情は余計だから

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「んん?」


 やっと口を開いたかと思えば、何を言い出すんだ。話を聞いていたのか、と私はツッコミを入れたくなった。それをグッと堪え、私はお得意のポーカーフェイスでファルクスに微笑みかける。


「いっている意味が分からないわ。ファルクス」
「養子にいく、ということは少なくとも少しの間スティーリア様と離れるということですよね」
「そうなるわね」
「いやです」
「……」
「スティーリア様」
「待って、ファルクス。貴方先ほど、私の命令なら何処にでも行くといったわよね? それに、さっきも言ったけれど、別に追い出すわけでもないのよ。これは、私の護衛騎士としているために必要なことよ。それに、こんなチャンス滅多にないわ」


 駄々をこねる子供をあやすように、私は分かりやすく、噛み砕いていったつもりだ。けれど、ファルクスはむすくれた顔で私を見つめるばかりで、首を縦に振らない。
 面倒くさすぎる。


(私から離れたくないってどういうこと? それは、爵位を、養子に行くことを拒むっていうこと? ファルクスはお利口だし、頭も良いし、そう言うことは理解してくれていると思っていたんだけれど……)


「スティーリア様」
「黙りなさい、ファルクス」
「……」
「ごめんなさい、少しの間黙って頂戴」


 なんて反応すればいいか、私は口をキュッと引き結んで黙り込んだ。取り敢えず彼の言葉を整理したかったから。といっても、彼が言い出した言葉はシンプルで「離れたくない」なんて言葉。
 さっきといっていたことが違うと、私は発狂しそうになる。しっかり理解してくれた上で、私の為にいってくれるんじゃなかったのかと。あの時は、お父様がいたから、そう答えざるを得ない状況だったかも知れないけれど、本心ではこんなことを思っていたのかしら。
 ちらりとファルクスをみるが彼は、依然として感情の読めない顔をしている。もっと、笑ったり、怒ったり、そういうのが表に出れば良いのに。


「……」
「…………」
「ファルクス」
「はい、スティーリア様」
「そんなに私から離れるのがいやなの?」


 そう聞くと、ファルクスはふよふよと視線を漂わし、逸らしてしまった。どっちなんだ、と私が睨めば、ファルクスはビクッと肩を揺らしていた。顔には感情が出ないのに、身体には出るのが面白い。そんなことを言っている場合ではないのだが、どうにか納得させて、彼をアングィス伯爵の元に送らなければならない。
 思えば、当初の目的と違うのだが、それでも、私は彼に出来ることをしたいと思っていた。私だって、少しの間ファルクスが離れると思うと、寂しいと感じると思う。殿下が冷たい人だから、他の人で……


(そんなの、ダメよね……)


 殿下の代りはいないし、それをファルクスに求めてはダメだと思う。自分の感情を押し殺してでも、私は今の地位を守らなければならない。ファルクスが利口な犬だからこそ、私は彼に甘え、甘やかしてしまうのだろう。これまで辛い思いをしてきたから。

 何も求めてはいけない。

 私は、感情を押し殺さなければならない。ゲームのスティーリアは、それが出来ずに破滅している。感情であたり散らかす人間は、誰からも興味を持たれない。嫌われるだけだから。 
 ギュッと唇を噛んで、彼の言葉を自分の中から排除しようと心がける。けれど、嬉しかったのか、舞い上がっている自分もいて、綻んでしまった唇から言葉が漏れた。


「私も、寂しいわ」
「スティーリア様?」


 ハッと気がついたときには遅く、その言葉を口にしていた。ファルクスも信じられないと言った顔で私を見ている。
 自分でも何を言っているのか理解できなかったし、したくなかった。私は、違うと首を横に振って、彼に背を向けた。


(何を言っているの、私……っ)


 こんなの、本当に私がファルクスと離れたくないみたいに! ファルクスが離れたくないといったから、それがうつっただけよ、そうよ。と言い聞かせる。私の言葉じゃない。感情じゃない。寂しくなんてない。


「スティーリア様、今……」
「離れたくなくても、いきなさい。こんなチャンスはもう二度とないわ。貴方が奴隷という身分から解放され、私の元に戻ってくる。貴方にも私にもメリットが十分ある話よ。それを、余計な感情で掻き乱さないで」
「余計なのですか」
「私をイラつかせないで。貴方の感情は、私には関係無いわ」
「……」


 感情はどうでもいい、余計だといったくせに、自分の方が感情的になっている。こんなに心を掻き乱されたのは初めてだ。感情がぐちゃぐちゃでどうせっすれば良いか分からなかった。そんなことを言ってくれる人はこれまでいなかったから。どうすれば良いか分からなかった。けれど、メリットのある話を蹴るわけにはいかない。
 今彼がどんなかおをして私の背中を見つめているか分からなかった。傷付けてしまったのなら、謝るべきなのかも知れない。でも、それはプライド許さなかった。私は彼の主で、彼は私の従者で。そこに何かを見いだそうとする方がおかしいのだ。


「分かりました。スティーリア様。必ず、貴方の元に帰ってきます」
「そうして頂戴……っ」


 ようやく理解してくれたかと、振返ればそこには離れていたはずのファルクスがいて、彼は私の銀色の髪をすくいあげ、キスを落とす。


「ふぁ、ファルクス」
「ですから、待っていて下さい。貴方にふさわしい人間になって帰ってきますから。その時は、また俺を――」


 彼がなんて呟いたのか分からなかった。二人しかいないはずの廊下。音が響くはずなのに、彼の言葉が聞き取れなかった。聞えるのは、煩い自分の心臓の音だけ。
 ファルクスは私の髪から手を離すと、一方後ろに下がり深々とお辞儀をした。それから、私に背を向けて歩き出す。その背中が、寂しくて私は声をかけることが出来なかった。
 彼が何を考えて、何を思って行動しているのか分からない。私は、本来なら憎まれるべき存在のはずなのに。でも、爵位が貰えるから私のことを許そうと思ったのだろうか。いや、はじめから、恨んでも何もなかったかも知れない……何も分からない。
 けれど、胸を掻き乱すこの感情は、ファルクスから刻まれたものだとそれだけは理解している。
 本当に馬鹿みたいだ。


「待っていて……って。私は、貴方のものにはならないのに」 


 私は、ファルクスのいなくなった廊下を一人寂しく反対方向に歩き出した。
 感情が余計なんて言い過ぎた。彼は、犬じゃない、人間だ。けれど、それを主人に向けてもどうしようもないことを、彼は理解できる人間のはずなのに……

 夜色の瞳が私をまだ何処かで見ている気がして、私は廊下を走って自室へ飛び込んだ。


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