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第2章

06 大事なお話

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「お父様話って、何でしょうか。それに、ファルクスも一緒で……」


 ちらりと後ろを見れば、騎士服に身を包んだファルクスがいつもの何を考えているか分からない顔で立っている。お父様の執務室に、私とファルクス。私だけなら分かるのだけど、ファルクスまで一緒というのがよく分からなかった。いや、もしかしたらこの間のパーティーの後のことが何処かから漏れたのかも知れない。使用人が言いふらした? それとも、お父様の感? 色々考えられることはあったけれど、もしあの夜のことが、そしてその後のご褒美のあれがバレたら終わりだと思った。さすがのお父様も許しはしないだろうし、パーティーの件に関してはまず、ファルクスが首を跳ねられ、その後あのワインに媚薬を入れたのが誰か捜索に乗り出るかも知れない。何にせよ、バレたら最悪ファルクスが……


(ファルクスの心配も大事だけれど……)


 ちらりと、お父様をみる。お父様もいつもと変わらない様子で、机の周りを二三周した後、席に着いた。一気に場の空気が冷えかたまり、身が引き締まる。何を言われるのか皆目見当がつかない。
 しかし、私の不安を打ち消すように、お父様は優しい口調で話し始めた。


「スティーリア、この間のパーティーはどうだった」
「こ、この間のですか。ええっと、いつも通りで……はい、何とも問題はありませんでした」


 心臓が煩くて、呼吸がしっかり出来ているかも怪しい。パーティーの話が出て、私の声はうわずりまくりだ。もしかして、もうバレているかも知れない。そんな不安に駆られるが、お父様は「そうか」とだけいって息を吐いた。どうやら、話はそれについてではないらしい。まあ、帝国記念パーティーなのに参加できずにいたお父様が、パーティーの様子について聞くのは何も可笑しくはない。それに、パーティーに行ったのが、私とファルクスくらいだから、話を聞くのは私か彼かになる。
 けれど、お父様が言いたいのはそれらではなかったようで、深く息を吐いた後、私と同じオーロラの瞳を開いて私とファルクスの方を見た。


「アングィス伯爵が、ファルクスを養子に貰いたいそうだ」
「アングィス伯爵って、あの富豪にして、戦争の英雄でしたわよね……血の伯爵といわれるほど、お強い」


 アングィス伯爵とは、貴族の中でも有名な富豪で、先の戦争で先陣を切り勝利に導いた貴族である。公爵家は武力、権力共に高く、バランスのとれた家なのだが、伯爵家は武力特化というか、悪く言ってしまえば、脳筋の家系。別に評判が悪いわけではないのだけれど、他の貴族から血の気が盛んで恐れられている。戦争になれば、まず伯爵家を呼ぶくらいには、信頼されている貴族なのだ。レーツェル公爵家とは、長い間交流が続いており、お父様もよく話をして下さっていた。私はちょっと苦手だけれど、その強さは圧巻で、公爵家の騎士よりも、伯爵家の騎士に志願する人の方が多かったりもする。といっても、あまりのスパルタに逃亡する人もいるのだとか。
 そんな、アングィス伯爵家がうちに……それも、ファルクスを養子に貰いたいとはどういった風の吹き回しだろうか。


「この間、アングィス伯爵と対談したとき、跡継ぎの話をされたんだ。あの脳筋……自分が認める人間にしか家を継がせないというんだ。そんな人間がいるとは思わないだろう」
「は、はあ……確かに、アングィス伯爵はお強いですからね」


 しかも、跡継ぎの令息はいないとかなんとか。
 お父様は、呆れたようにため息をついている。交流が長いとはいえ、貴族社会政治の方に目を向けているお父様と、軍事の方に目を向けているアングィス伯爵ではやはり考え方が違う。それでも、交流が続いているのは、アングィス伯爵を敵に回さないため。爵位でいえば、こちらが上だったとしても、武力では簡単にひねり潰されてしまうだろう。


「そこで、お前の護衛の話をしたんだ」
「な、何故、ファルクスの話が?」
「……実は、探していたそうだ。敗戦国の第二皇子のことを」
「……え?」


 お父様は、自分でもいっていることが分からないというように額に手を当てまたため息をつく。
 お父様曰く、ファルクスがいた小国の調査に入ったところ多くの魔物の亡骸が見つかったそうだ。しかも、人間が狩った形跡のある。小国は、四方八方が海に囲まれた島国で海洋魔獣に襲われることも多いと。けれど、どうやら魔獣たちはその島近海にはよってこなかったらしい。理由は今調査中であるが、何でも、彼の住んでいた小国の人間は魔力にも長け、身体能力にも恵まれていたとか。そして、魔獣を倒せる不思議な体質だったんじゃないかとも噂されていた。
 つまりは、その国のファルクスはなんやかの体質や、身体能力にも恵まれていて丈夫だと、そうアングィス伯爵は踏んだんだろう。皇族だったわけだし、それなりには……


(確かに、飲み込みが早かったものね)


 公爵家の騎士団にもすぐに馴染んで、人目置かれる存在になっていたし。あながち、間違いでもないのかも知れない。ファルクスは何も言ってくれないから分からないけれど、もしかしたら彼には戦いの才能と、魔獣を倒せる力があるのかも知れないと。
 ちらりと、ファルクスをみてみるが、彼は微動だにしていない。お父様の前と言うこともあって、下手に喋ろうとも思っていないのかもしれない。


「そ、それで、ファルクスを」
「ああ、伯爵家の騎士団に向かい入れ、ゆくゆくは、近衛騎士団への入団をといっていた。それくらい、此奴に期待しているのだろう。詳しい理由は聞いてみないと分からないが」
「そうなんですね。ファルクスは……」
「俺は、スティーリア様の命令に従うまでなので。決定権はないと思っています」
「……」


 冷たいいい方。いや、正しいのかも知れないけれど。


「公爵家の娘の護衛が、奴隷であるというのは公爵家の顔に泥を塗るようなものだ。かといって、爵位など簡単に与えられるものではない。だから、今回の話は我々にとって悪い話ではない。勿論、スティーリア様さえが良ければの話だが」
「ファルクスはどう思うの?」
「俺は……スティーリア様に仕える身なので、命令とあらば何処へでも行きます」


 淡々と話すファルクスの本心は分からない。確かに、お父様の言い分は一理あるし、現にアングィス伯爵は悪い噂も聞かないし、この間私が彼に与えられなかったものを与えられるのなら……


(いや、あれは、そもそもファルクスが拒んだんだけどね!?)


 ちゃんとした理由はあったし、間違ってはなかった。だから、足を舐めるとかいうご褒美になったわけだけど、お父様のいうとおり、奴隷の身分だとやはり動きにくいというのもある。公爵家の顔に泥を塗っているのも、理解できる。隷属契約をさせたのは私だし、それをお父様は寛大な心で許して下さっていたけれど、今後も私の護衛として公爵家に使えるのなら、奴隷という身分は彼にとって足枷になるだろう。
 ただ、アングィス伯爵の鍛錬はキツいものと聞く。彼が、それに耐えられるかどうか。


(そんな心配している場合じゃないわよね。こんな話、もう二度と舞い込んでこないかも知れないし)


「分かりました、お父様。その話、謹んでお受けします。ファルクス、貴方もそれでいいわね」
「はい、スティーリア様」
「では、そのように伝えておこう。アングィス伯爵は気が早いからな、この返事を出した翌週、翌日には返ってくるだろう。それまでに、準備を調えなければならない」
「ファルクスが、出ていく間は、ラパンに護衛を頼みますわ。彼女は信頼できるメイドなので」
「そうか、スティーリアの好きにするといい」


 お父様は優しく微笑んで、話は以上だ、と席を立つ。軽く頭を下げ、私はファルクスを連れて部屋を出た。部屋の外の空気を吸って、ようやく肩に乗った力が抜ける。緊張した。けれど、ファルクスは相変わらず何考えているのか分からない顔を浮かべていて、私とお父様の会話など、どうでも良さげだった。私が気にするようなことはいわれなかったし、ファルクスにとっても私にとってもいい話だった。ゲームでは、ヒロインを救って爵位を貰う……なんていう流れだったけれど、これはこれでいいのではないかと。


(公爵家のことを考えたら……やっぱり、良い話よね)


 ファルクスがいなくなるのは嫌だけど、奴隷のまま彼に「ここに残って」というのがお門違いなのは分かる。
 そうではあるのだけれど。


「スティーリア様」
「何? ファルクス」


 振返れば、先ほどとは違う、何処か不安げな表情で私を見つめるファルクスの姿があった。まあ、いきなり話があれだけされれば混乱するのも無理はない。それに、心の準備が必要だろう。


「お父様はああ言っていたけれど、別に追い出すわけじゃないの。貴方が私の護衛でいるために、必要なことよ。分かるでしょ」
「はい……ですが」
「ん?」


 ぐっと、拳をにぎった後ファルクスは唇を噛み締めた。何か、言いたいけれど言えないような……そんな顔をしていた。何度か何かを言おうと口を開け閉めしているのが見え、私は黙って彼が言葉を発するのを待った。すっと伸びた背筋は自信に満ち溢れているように見えるし、いつでも頼れる雰囲気があった彼なのだが、今は何処か弱く見えた。もっというなら、泣きそうな子供のよう。


「どうしたの? ファルクス」
「俺は、スティーリア様から離れたくありません」


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