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第1章

08 思考一杯に

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「一応、君は僕の婚約者なんだからバカな真似だけはしないでくれよ」
「勿論です。殿下。殿下のお顔を汚すことなんてしませんよ」
「信用出来ないな」


 なら、はじめから聞いてこなければいいのに、と先を行く殿下を笑顔で見送って私は後から大きなため息をついた。もう、本当にイライラする。
 帝国創立三百年の記念パーティー。ついに、この日がきてしまったと、私は肩を落とした。本格的に乙女ゲームが始まる。そして、ヒロインがバンバン攻略キャラを攻略して、ドロドロ展開になって、私は……


(ああもう! 考えちゃダメ!)


 何もしなければ殺されない! そう私は自分に言い聞かせて、会場へ入る。既に早朝から記念パレードは行われ、夜の部は、皇宮で招かれた貴族だけのパーティーが行われる。パレードには、ヒロインは参加しずに、ここからの参加となる。飴色の髪に、サファイアの瞳をしているから目立つはず。仲良くなるべきか、それとも関わらないべきか最後まで悩みに悩んだ結果、仲良くなっておこうと自分の中で決めた。虐めなければどうにかなる! 何もしなければ殺されない! と矛盾するようだが、無視するよりか、いいんじゃないかと思った。
 何度も頭の中でイメージトレーニングをしては、深呼吸を繰り返す。ヒロインは、ただのライバルで、それ以下でもそれ以上でもない。虐めない! これさえ守れば大丈夫!


「よし」
「スティーリア様」
「ひゃぁあっ」


 気持ちを切り替え、いざ会場に、と思ったところで後ろから聞き慣れた声が振ってきた。思わず、驚いて声が裏返ってしまう。それも、かなり恥ずかしい声が出たので、真っ赤になって後ろを振返れば、そこには案の定ファルクスがいた。公爵家の騎士団服を着て、それなりに身なりは整えてきたみたいだ。当たり前。だって私の後ろを歩くならそれくらいはしてくれないと。


「ふぁ、ファルクス。気配を消して背後に立たないで」
「ですが、俺はスティーリア様の護衛で」
「口答えしないで」
「はい」


 またすぐにシュンと耳を下げるものだから、私が言いすぎたみたいになって、心が痛む。分かってやっているならたちが悪い。
 こっちが悪いみたいに。


「はあ……言い過ぎたわよ。けどね、後ろから声をかけるのはやめてびっくりするの」
「では、前から?」
「自分で考えなさいよ。それくらいは考えられるでしょ?」


 私がそう言えば、ファルクスは口を半開きにした後、首を傾げた。


(可愛い! じゃなくて!)


 さすがに、自分で物事を考えられないようじゃ……と、私は呆れてものも言えなかった。思考を放棄しているわけではないのだろうが、私が命令を、命を握っていると理解しての行動が施行の放棄なのだろう。ファルクスなりに考えた結果、これが一番だと思ったらしい。私に全てを一任する。とてもじゃないけれど、元皇子が考えることじゃないと思った。まるではじめから、犬に成り下がるような人間だったみたいに。
 そこまで考えて、私も思考を放置した。こんなことを考える為にきたんじゃない。それに、ファルクスもこれから、ヒロインと出会うかも知れないんだから、注意しておかなければならない。さすがに、私を裏切って、ヒロインの護衛になりたいなんて言い出さないだろうし。ヒロインもファルクスに護衛になって欲しい、なんて略奪はしてこないだろう。さすがに、それはわきまえているはずなのだ。
 私は、もう一度息を吸って吐いて、心の中でよし、と気持ちを切り替える。
 ファルクスは何をしているのか、といった感じの目で見つめてきていたが、無視だ。彼は、私の護衛として近くにいればいい。もしもの事があれば、新調したばかりのその剣で敵をやっつけてくれればいい、そんな簡単なお仕事。


「スティーリア様」
「何?」
「お利口にしていたら、またご褒美貰えますか」
「また、その話? 貴方はそれ以外考えることはないの? ほら、もっと」


 爵位とか、奴隷の身分から脱却したいとか……

 私からあげられるものはあまりないかも知れないけれど、それでも人間らしく望むものはあるんじゃないかと。私に固執するんじゃなくて、もっと世界を見て欲しい。じゃなきゃ、私のみが危険すぎる。


「スティーリア様が欲しいです」
「は、はい!?」
「貴方から与えられるものが欲しい。貴方から与えられるものなら、何でも嬉しいです。俺は、貴方の事ばかり考えている」
「ちょ、ちょっと、冗談でもそんなこと言わないでよ」
「護衛として、主のことを常日頃から考えるのは普通では?」
「あ、ああ……そういうこと」


 ファルクスがいうと、全然そんな風に聞えないのが怖いところだった。けれど、真面目に言っているところを見ると、ただの忠誠心のようだ。まだ恐れる必要はない。


(というか、なんでけんか腰なの? 普通では? って何様よ!)


 いちいちこんなことに腹を立てていたら寿命が縮んでしまいそうだった。横柄な態度をとるのも、生意気なのも今に始まったことじゃないし、それを含めファルクスだと思っているから、気にしないようにと頭の隅へ追いやった。


「貴方の忠誠心は分かったわ。そうね、私で一杯にしていなさい。毎日、片時も、私以外のことを考えない。貴方の頭に、視界に私以外は入れないこと。私の為に尽くしなさい?」
「御意」
「素直でいい子」


 私はファルクスにそういってから、会場に入り、ヒロインを探すことにした。婚約者として、といった割には私を置いていってしまった殿下……もといいレグラス・リオーネ。本当に私に興味がないのだと、心底呆れるし、悲しくなってくる。記憶が戻る前までは、嫌われているのを分かっていても、それがただのからかいで、婚約者をおちょくっているだけで、愛はあるって思っていたのに。
 あるわけのない愛を望んでいた過去の私が、スティーリアがバカだった。


「スティーリア様は、何を考えているんですか」
「何よ。質問は許可していないけれど」
「すみません」
「………………何を考えているってかって? そんなの、このまま順調にいって、殿下と結婚することよ」
「本当に?」
「何?」


 足を止めれば、後ろの足音も止る。
 振返っていってやりたかったけれど、何だか今振返ったらいけないような気がして、私はこのまま答える。何を考えているかなんて、私にも分からない。ただ、このまま行ったら私に未来はない……だから、知っている記憶をかき集めて、出来ることをするだけ。そこに、何か強い意思はない。夢とか抱いている場合じゃないのだ。


「ファルクス、黙っていなさい。私が喋っていいというまで、その口は開かないで」
「…………」
「返事は」
「…………分かりました。スティーリア様。仰せのままに」


 悲しい声色を聞いて、また胸がズキンと痛む。こんな感情抱きたくなかった。
 私は、少し早足で会場の中を周り、ヒロイン……メイベ・ エングーを見つけることが出来た。シャンデリアの光を一身に浴び光輝く飴色の髪、愛嬌のある笑顔と、柔らかそうな身体、彼女の周りに溢れる温かなオーラを前に、私は足がすくんだ。圧倒的ヒロインがそこにいたから。そして、その隣は既に、彼女と談笑している殿下の姿があったから。


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