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エピローグ
愛しいポメラニアンのお前へ
しおりを挟む「――ラーシェ」
「う…………んん、ん」
「……すまない、起こしたか?」
小鳥のさえずりではなく、思いの通じ合った相手に名前を呼ばれ俺は重たい眼を開ける。まだ、ピントがあっていない視界の中、優しいターコイズブルーの瞳をみつけ、俺はおもわずにやけてしまった。
すっかり恋愛脳になってしまった頭が、朝チュンだな、と馬鹿なことをいって喜んでいる。でも、実際そうなのだ。いつの間にか処理されて綺麗になっているベッドの上。そして、いつの間にか着せられている恋人のシャツ。その恋人は半裸だったが、たくましい筋肉の腕が俺の枕になっていた。ちょっと硬すぎるし高いし首が痛いけど、まあそれも味というか、愛だろう。
「んー? いーや、別にいいよ。恋人の熱烈なモーニングコールで目を覚ますの夢だったんだよ」
「そうか。ならいいが」
「気にすんなって。そんだけ、何度も何度も愛おしそうに俺の名前呼んでりゃ、起きたくなくても起きちまうもんだって。おはよう、ゼロ」
「……おはよう、ラーシェ」
ようやく俺は、ゼロの名前を呼ぶことができ、優しくおはようと返せば、それ以上に優しくへにゃりとした顔でおはようが返ってくる。昨日の激しい行為がまるで嘘のように、人畜無害なスパダリ彼氏みたいな顔で見てくるので、それは笑ってしまったが。
(こいつの呪いって、解けたようで、解けてないんだっけ……?)
正直なところ、不明瞭というか、不明確。
ゼロの呪いは『愛されること』で解けると診断された。俺は、今めいっぱいゼロのことを愛しているし、心から通じ合っている。だが、ゼロの呪いは完全には解けなかった。というか、新しいものに昇華してしまったという方が正しいだろうか。
感情の起伏によってはポメラニアンになるが、こいつの意志でポメラニアンになることも可能になったのだった。そして、ポメラニアンから人間に戻る際、発情しなくなったというのは大きい。その上、極度のストレスがかかっていなければ癒さなくても、またこちらも本人の意思で戻ることが可能になったのだとか。分かったことは、そんなことくらい。
ゼロにごめんな、といったが、ゼロ自身はそこまで気にしている様子はなくむしろ「犬になって相手を油断させることもできるだろうし、偵察もこれでいくらか楽になる」と前向きな意見を口にしていた。確かに、魔法で動物に変わるということができるやつはこの世に少ないだろうし、誰も人畜無害な毛玉が人間なんて思わないだろう。その意味ではスパイとかに向いてそうだな、というようにも感じた。傭兵時代の名残か、危険な場所、狭い場所を移動する際にいいとそんな意見も言っていた気がする。
ゼロが気にしていないのならいいが、呪いを解いてやると言った手前、これでいいのだろうかと思ってしまった。本人がいいというのなら、それを尊重するべきだとも思うし、俺が悩んでも仕方がない。
呪いは愛に変わった、そう思うことにして、俺はゼロの方を見た。
ターコイズブルーの瞳は俺と目が合うと、嬉しそうに細められ、俺がゼロん頬を撫でればしっぽを振るように喜んで。わかりやすいやつだなって思う。そこが、もちろんいいし、可愛い。
(こんな二メートル近い男を可愛いなんてな。俺もどうかしてる)
ポメラニアンの姿はそれはもう可愛いが、元の姿のゼロも可愛くて、愛おしく思う。
ゼロも、俺のことを愛おしいものとして見て、相思相愛だな、と恥ずかしくなってくる。バカップルだと思われるかもしれない。
俺がそんなことを考えてにやけていればゼロは「何を笑っているんだ」と少しだけ眉間にしわを寄せて俺を見た。
「うーん、ちょっとまあ、いいこと?」
「誰のことを考えていた?」
「嫉妬深っ!? 束縛彼氏かよ…………お前のこと以外考えると思うか? 起きたてだぞ?」
まだ、完全に頭は回ってないし、目の前に恋人がいたら他事と考える暇なんてないだろう。
ゼロは、俺の言葉を聞いてほっとしたように息を吐くと、俺の髪をわしゃわしゃと撫でた。普段は俺がゼロの髪を撫でる側なのだが、こうして撫でられるのもまたいいかもしれないと思った。いつも、ゼロはこんな感じで喜んでいただのだろうか。
(呪いは、完全に解けてねえけど。俺はバッドエンドを回避したってことでいいんだよな?)
クライスの件は一時はどうなることかと思ったが、ゼロの活躍によってどうにかモブに輪姦されずに済んだ。あれは、きっとストーリー外でのモブ姦だったんだろうな、なんて思いながらも、物語の補正力はすさまじいと思わされる出来事だった。もし、ゼロが助けてくれていなければどうなっていたか、考えたくもない。
だがこうして、バッドエンドにつながるものをすべてぶち壊し、ここまでたどり着いたんだからもういうことはないだろう。
あとはおとなしくて、ただのラーシェ・クライゼルとして生きるのが平和で一番いい。
「ははっ」
「何笑っているんだ。ラーシェ」
「いーやまさか、こんなふうになるなんて思ってなかったんだよ。お前と恋人になるとか五体満足で、朝日を拝めるとか」
「何を言っているんだ? 五体満足で……はよくわからないが、俺と恋人になるのが想像もつかなかったと?」
「だって、そうだろ。お前、俺のこと嫌いだったじゃん」
無理やり服従させて、傭兵から引き抜いて。さんざん嫌がらせをしたのに、こいつは俺のことを好きになった。俺が、飴と鞭を使い分けたとでもいうような、手のひらの返しっぷり。いや、人間はある一瞬で掘れるんだと思わされた出来事だった。それでも、誰かから愛されることを知らなかった俺からしたら、それは喜ばしいことだった。
愛されるってこんな感覚なんだと、初めて知ったから。
俺は、ゼロの腕の中に入り込んで、その分厚くて医師みたいに堅い胸に手を当てた。ドクンドクンとゼロの心臓が脈打っているのが聞こえる。少し早いのは、俺が抱き着いているからか? と思うと、にやけてしまう。
「ラーシェ、どうかしたか」
「んー? お前の心臓が動ているおと聞いてたんだよ。すっげえ、いいなって、心地いいって」
「そうか。それはまた、恥ずかしいことを言うな」
と、ゼロは俺を抱きしめようとしたとき、またもポンと音を立て、白い煙をまき散らした。それが何を意味するかなんて、もう何度も経験しているからわかることだった。
「ぜ、ゼロ~~~~!」
大男は、かわいいポメラニアンへと瞬く間に変わってしまった。
感情の起伏、キャパを超える大きな感情を抱いた場合は、ポメラニアンになるというのは変わらないらしい。ゼロは、つぶらな瞳で俺を見て、くぅん、と小さくなく。今見ると、このポメラニアンはなかなかにかわいいなと俺はゼロを抱き上げる。先ほどまでは、抱きしめられていたが、今度は俺がと抱きしめれば、ゼロは最初は身体をばたつかせていたが、徐々に大人しくなって、キャン! と叫んだ。どうせ、喋れるくせに猫被ってんだろ、と思ったが、それもそれでかわいいと思うことにして、俺は、ゼロの湿った鼻先にツンと自分の鼻を当てる。
「ゼロ、お前はめっちゃ可愛いよ」
「かわいいじゃなく、かっこいいといってほしいんだが」
「ポメラニアンの姿は、な? いつもは、かっこいいと思ってるよ。それなりには…………って、おい!? いきなり戻るな!」
「抱きしめられるのもいいが、俺はやっぱりラーシェのことを抱きしめていたい。だが、また俺のことを癒してくれ。俺だけをよしよししろ、ラーシェ」
ゼロは、俺をたくましい腕で抱きしめて、真剣なまなざしでそういった。
それはまるで、一生一緒にいてというプロポーズみたいだな、と俺は笑って、「いいよ、たくさんよしよししてやる」と、抱きしめ返したのだった。
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