悪役令息の俺、元傭兵の堅物護衛にポメラニアンになる呪いをかけてしまったんだが!?

兎束作哉

文字の大きさ
上 下
23 / 44
第3章 不遇令息と猟犬

02 悪役は悪役らしく

しおりを挟む


 その日は雲のない晴天で、真っ赤な夕日がよく映えた。
 狩猟大会前夜祭。夕日が沈み始めたころに、そのパーティーは始まった。王族主催の伝統ある行事であるだけあって、参加人数はかなりのものだった。殺伐としているわけではないが、警備隊の騎士が横切るたび、自分が犯罪者にでもなったような気分に襲われる。もちろん、俺になんて目もくれず走り去っていくのだが。
 久しぶりに屋敷に帰ってきたクライゼル公爵とは、決して長い時間ではなかったが近況報告と狩猟大会での話を少しした。その後、馬車に乗って会場に来たが、公爵はすぐにあいさつ回りに行ってしまったため、俺は後から違う馬車でやってきたゼロと合流して会場内をうろついていた。
 俺には喋れる貴族なんていなかったし、友だちもいなかったからだ。それに、一人のほうが何かと気楽だった。巻き込まれるほうがめんどくさい。


「本当に主は、友人が少ないんだな」
「うるっせえ! 憐れむような目で俺を見るんじゃねえよ! てか、ゼロだって、いねえだろ、友だち」
「俺は作る必要性を感じなかったからな。傭兵時代、酒場で酒を飲むくらいの仲の奴ならいた。だが、連絡は取りあっていない。今はどこで何をしているかもわからない」


 それは、友だちとは言わないし、結局ゼロも友だちがいないのだろう。それを、意地を張ってか、素でなのか遠回しにいないことを吐露した。ゼロにいたらどうしようかと思ったが、そんなことを思うだけムダだったかもしれない。
 それに、俺に友だちがいないことも、これからもできないであろうことも、俺がこれまでやってきたことを考えれば当然の報いだった。


「それに、主は一人のほうが楽でいいだろう」
「勝手に俺がボッチを好んでいるみたいに言うなよ。ゼロ。俺だって、友だちの一人や二人くらいは、いても、いいって思うけど」
「意外だな」
「ほんと、俺のことをどう思ってんだよ」


 ゼロが辛辣すぎて返す言葉も見つからなかった。
 前よりも、トゲの抜けた言い方に放っているものの、元から空気を読まずにストレートで物事を言うゼロの言葉には毎回胸を貫かれていた。あまりにも痛い。本人が自覚なしに毒を吐いているので、それをどうこうと言いようがないのだが、もう少し言葉を選んでほしいとは思った。
 一人のほうが楽でいいし、絡まれるよりかは一人のほうがいい。それはわかっていても、孤独に生きるのは辛いというのもあって友だちが一人や二人ほしいとも思うのだ。
 すべては過去の自分のせいであったとしても。


「……俺は、アンタを一人にさせないけどな」
「何か言ったか、ゼロ」
「いや。主がかわいそうに思ってな」
「だから、そういうの言ったら俺が傷つくってわかんないのか?」


 俺がそういうと、傷ついているのか? と驚いたように見られたため、俺はまた言い返すこともできなかった。なんで、俺が傷ついていないように見えたのか、そっちの理由を教えてほしかった。
 ゼロとは長い付き合いになっていくのかもしれないが、呪いが解けたらまた傭兵に戻るとか、もっと割のいい仕事を見つけに行くとかいうかもしれない。俺たちがこうして二人でいるのはあくまで呪いを解くためだった。そのうえで、歩み寄って少しでも彼の呪いが発動しないように、そして穏やかにゼロが愛する人を見つけることができればと思ったのだ。


「ゼロ~いい所見せて、ご令嬢に気に入られて婿入りするんだぞ~」
「何故だ」
「いや、だって。お前の呪い愛されないと解けないわけだろ? だったら、結婚とか、恋愛とか、云々で……」
「今のところそういう願望はない」
「いやいや。呪いそのままでいいのかよ」


 せっかく、こっちが気を使っていってやってるのに、どうしてそんな言い方しかできないのか。頭が痛くなりながらゼロを見れば、それこそ心外だという顔で俺を睨んでいる。
 ポメラニアンに定期的になって、動物としての癒しを得て、それから発情して他人に抜かれるって屈辱だろう。少し前までは、ゼロもそれを嫌がっていたはずなのだ。だから、呪いが解けてポメになる可能性がなくなるほうが確実にいいはずなのに。


「お前、一生ポメラニアンのままでいいのかよ」
「主が、俺を人間に戻してくれるだろ?」
「そうじゃなくて。俺だって、毎回お前のし、しごく、とか嫌だし」
「な……」
「なっ……って、お前なあ」


 そりゃ、嫌だろ、と言いかけたがゼロの傷付いたような顔を見てやめた。ゼロだって、好きでしてもらっているわけでもないのに、こっちが嫌がっているとわかればそれはもう傷つくだろうし怒りを覚えるだろう。俺も配慮に欠けていたな、とゼロにごめんという。ゼロは気にしていないというようにそれ以上言葉を紡がなかったが、なんとなく言いたいことが分かってしまった。


(変わってないっていいたいんだろ。俺のこと)


 せっかく埋めたはずの溝を、自らまた掘り返しているような気分だった。俺のほうこそ、言葉を選ぶべきだろう。ゼロだって、人間で傷つくことだってあるのだから。
 それでも、ごめん以外に何かを言うことができず、俺は会場のほうを見渡した。すると、見慣れた亜麻色の髪と遠くからでも目立つルビーの瞳を見つけてしまう。


「ジーク……」


 俺が思わず名前を呼ぶと、本人ではなく隣にいた亜麻色の髪の男、主人公のネルケが俺に気づいて顔に花を咲かせた。
 こっちに来るなとサッと顔をそらしたが、時すでに遅しで、ずんずんと人ごみをかき分けてやってきたネルケにつかまってしまった。


「にい……ラーシェ様、来ていたんですね!」
「あ、はははは、ネルケ。元気そうで何より」


 ゼロが後ろにいることに気づいたらしく『兄ちゃん』というのをこらえて、『ラーシェ様』と言い直した、ネルケはあえて観劇! と目を輝かせていた。どっちかっていったら、俺の近況報告を聞きたいようで、どうなんだというような圧の瞳。
 願うならば、会いたくなかったのだが。


「そりゃ、伝統的な狩猟大会。来ないほうがおかしいだろ?」
「ふ~ん。悪役っぽいね、兄ちゃん」


 と、ネルケはスッと俺に耳打ちすると、ニヤニヤと笑った。その笑みはまるで、モブ姦まっしぐらなんじゃない? という目で、俺を小ばかにするようだった。自分が主人公で溺愛ひゃっはールートを進んでいるからといって調子に乗って。
 殴りたい気持ちを抑えながらも、俺はネルケに微笑みかければ、彼の保護者兼溺愛彼氏のジークまでやってきた。


「ラーシェ」
「これはこれは、王太子殿下。ご無沙汰しております」
「……やめろ。他人行儀な。それとも、そういう嫌がらせか?」


 黄金の髪を揺らしながらやってきたジークは、俺のほうを見るなり心底嫌そうに眉間にしわを寄せる。
 悪役になったみたいで、嫌だな、と感じながらも、ネルケをとる意思はないと主張できれば害はないと思ったのだ。嫌われているのは慣れている……とはっきり言えればいいが、それでも幼馴染にこんなふうに見られていたなんて最近まで気づかなかった。気づいてからは、本当に謝っても謝り切れないし、胸が痛い。俺たちの関係はもう修復できないところまで来ているから。


「去年は、前夜祭に来て早々暴れていたからな。今年は、その、本当におとなしいな」
「大人になったっていっただろ? それに、暴れても悪目立ちするだけだし。親友のお前に勝つにはそんな方法じゃなくてもっと正々堂々とだな」
「親友…………か」


 ジークは重たいため息をつきながら、首を横に振った。本人を前にして、よくそんな態度が取れるなと思ったが、元からこういうやつだったと思うことにして、俺は腰に手を当てた。
 ジークからしたら、いきなり変わった俺を警戒しているだろうし、いまさらそんなことをしてもと呆れているのかもしれない。元からこいつは俺のことを親友だと思っていないのだろう。ただの幼馴染。それすらも思われているかわからないが。
 俺は空気を換えるべく、押しつけがましい言葉を吐く。


「親友だろ? な、ジーク」
「……そうだな。やっぱり、君はラーシェ・クライゼルだ」


 と、ジークはどこか安心したように笑うと、ネルケの肩をそっと抱いた。その行動にネルケの顔がモザイクかかるほど興奮していたのは言うまでもない。ジークはその後、用事があるからと言ってネルケを連れてどこかに行ってしまった。本当に用事があったかはわからない。俺と離れたいがためにわざと言い訳をしていったのかもしれないし、真偽はわからない。それに、どうだってよかった。
 一部俺たちの会話を聞いていたのか、周りにいた人たちが口々に「王太子殿下と親友だって?」、「これまでやってきたことを忘れたのか?」とひそひそと話している声が聞こえた。盗み聞きなんてたちが悪いなと思いつつも、言っていることはもっともだったので俺は聞こえないふりをした。
 今さらいい人ぶったって過去にやったことが消えるわけでもないのだから。


(あーでも、むかつくよなあ……!)


「ゼロ、酒」
「は? 俺は酒じゃないが?」
「ああ、もう鈍感か!? 天然ちゃんか!? 酒持って来いっていったんだよ!」
「……主は酒に強くない。飲んでまた醜態さらしたいのか?」


 お酒は飲める年だし、別に止められているわけでもない。だが、酔いやすい体質であることもまた事実だった。
 いらだったのでやけ酒しようかと思ったが、堅物な護衛に止められてしまう。ゼロは、はあ、とため息をついてあたりを見渡していた。


「酒じゃなく、ジュースなら持ってくるが」
「もう、ゼロに全部任せる。どーせ、誰も俺の相手をしてくれねえもん」
「ふてくされるのはよくないぞ、主。そうか……少し待っていてくれ」


 そういったかと思うと、ゼロはジュースを探しにどこかへ行ってしまった。まあ、少しくらい護衛が離れても大丈夫だろうと、俺は席を探しに会場内をうろついた。野外会場はかなり広く、ぽつぽつとともり始めた星の光を遮るようにランタンの光が邪魔をする。夕日のような、月の色のようなランタンを眺めていると、トンと誰かが肩にぶつかった。わざとか、と気が立っていた俺が振り返るとそこには見慣れない貴族の男が立っていた。


「ああ、すみません。周りを見ていなくて。もしかして、ラーシェ・クライゼル小公爵様でいらっしゃいますか?」
「え、ああ。そ、だけど。お前は?」


 見たことのない男。だが、年は同じぐらいに見える。俺の存在を知っていても、物怖じせず、物腰柔らかな笑顔を向けたその男は、アメジストの瞳をこちらに向けるともう一度優しく微笑んだのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。 ※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

処理中です...