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第1章 悪役令息と狂犬
09 一緒に寝てやる、いや、結構です
しおりを挟む「……ゼロ?」
「主、一人で帰るつもりか」
「いや、ああ……そうだった! ゼロと一緒に」
「俺は空気か? それとも、いらないからとこの会場に捨ててくつもりだったか?」
開口一番嫌味を言われてしまって、反論したい気持ちもあったが、何故が腕を掴まれて声をかけられて安堵している自分がいた。このだだっ広い会場の中でこいつだけが自分を見つけてくれたような気がして、恥ずかしながらに迷子が親に再会したみたいな気持ちになった。
(なんつー顔……)
よく見てみれば、ムスッとしつつも、捨てられた子犬のような目で見てきたゼロに、反論も何もできないなと俺は肩の力が抜けた。ただ、ずっとムスッとはしていて、このままではここでポメになってしまいそうだったので、俺はとりあえず出ようと出口まで誘導する。その間、ゼロは黙ってついてきた。
会場から出ると一気に静寂が俺たちを包んで、気まずい空気が流れてしまう。会話という会話はない。もともと、そんな楽しく会話できる関係ではなかった。だから、こちらから話を振らなければずっとこの空気のままなんだろうなと、俺は口を開く。
「ゼロ、ごめん」
「何がだ、主」
「置いてこうとしたこと? ん-、忘れてたこと?」
「ハッ……主は自分の護衛を忘れるくらい、自分に自信があるようだな。一人でいても自分の身を守れると。俺の存在なんて所詮玩具程度で」
「いやいや、そういうことじゃなくて! てか、ほんとお前その被害妄想やめろよ。そうじゃなくて、そうじゃないんだって……」
俺もカッとなっていたこともあって、ただただ家に帰りたい一心だった。だから、別にゼロを捨てようとか、ゼロがいなくても大丈夫とかは思っていない。だが、その言葉がどうも出なくて、さらにゼロの機嫌を悪くさせてしまう。
ゼロも、ゼロで会場でいいことがなかったようなそんなひどい顔をしている。
なんで傷付いているんだろ、と思って顔を上げれば、廊下の端のほうでいちゃいちゃとしながらジークとネルケが歩いてくるのが見えた。こっちには気づいていないようで、楽しそうにじゃれあっている。ジークのあんな姿みるのは初めてだし、まだ出会って間もないのにあんな打ち解けあって、二人の世界に入って。
妬ましいというか、微笑ましいというか。
完全に二人の世界に入っている二人は、俺の視界から消えてしまった。
「……主、主!」
「うおぉ、何、ゼロ?」
二人に気をとられていて、すっかり彼が声をかけてくれていることに気づかなかった。遅れて反応すれば、また仏頂面で俺を見下ろしてため息をつく勢いで俺のほうによって来た。先ほどよりも距離が縮まったことで、威圧感が増す。
ゼロは、先ほどジークとネルケが歩いていったほうを見つめてから、こちらに視線を戻した。
「主は、王太子殿下と仲が良かったんじゃないのか?」
「いや、仲は良くないだろ、普通に。ただの幼馴染だよ……ってさ、俺はあいつに嫌がらせしてたんだよ。ちっぽけなプライドを傷つけられたから」
なぜかそんな言葉が口から出た。ゼロはその言葉の意味を理解してはくれないだろう。それか、関係ないからってどうでもいい話として聞き逃すかもしれない。
「どうやら俺は、少し主のことを誤解していたようだ」
「は……?」
ゼロはそういったかと思うと、もう一度あの二人がいた方向を見て目を細めた。ターコイズブルーの瞳は何かを重ねるように静かに閉じられる。
「主が今の性格になった原因がなんとなくわかった気がする。しかし、だからといって俺にした仕打ちを許しわけでもないし、主のことを好きになることはないだろう。だが、主のその悩みには、寄り添ってやってもいい気がする」
「何だよ、上から目線に」
俺の何が分かるというのだろうか。
ゼロと俺は違うのに、いきなり何を言い出すかと思ったらそんなわけのわからないこと。でも、一パーセントも理解できていないわけじゃないと思って、俺はゼロのほうを見る。
慰めてくれているのだろうか、とふと思ってしまったのだ。ゼロなりの気遣いというか、俺に対する慰めの言葉というか。
(ふーん、いいところあるんだな。ゼロにも)
もしかしたら、ツンデレなのかもしれない、といいように解釈をして、俺はツンとゼロの腕をつついた。ゼロは嫌そうに俺のほうを見たが、何度かぱちくりと瞬きを繰り返した。まるで、俺がそんな顔するなんて思いもしなかったように。
「ありがとな、ゼロ。俺のこと気にかけてくれて」
「俺は、そんなつもりでは……ッ!?」
「ふげっ!?」
ボフン! と音と小さな煙を立てて、あのときのようにゼロは煙に包まれる。
俺は、思わず目を閉じてしまったが、次に目を開いたときにはすでにゼロはポメラニアンの姿になっていた。ここ最近は、ポメ化しなかったというのに、なぜこのタイミングなのだろうか。
「な、何で、お前ポメに!?」
「知らない……だが、こんなところ見られたら困るだろう。会場はペット禁止だったはずだ」
「いや、ペットって。そんなことよりも、何で……」
わからない、と俺はゼロをとりあえず抱き上げて頭を撫でる。すると、気持ちよさそうに目を細めるが、俺が手を離すとぷいっと顔をそらしてしまうのだ。
もしかしたら、会場でいろいろあってストレスがたまっていたかもしれないと思った。そして、気が抜けたタイミングでそのストレス値が限界に達してポメラニアンになったのではないかと。
だが、なんだかゼロは何かを隠すようにそっぽを向くので、本当にストレスが原因かはわからなかった。しかし、そう魔導士には呪いの性質について聞いているので、ストレスとしか考えられないのだが……
ゼロのいう通り、見られたら面倒なので、俺は羽織っていたコートでゼロをくるんで見つからないようにと外に出た。それから、馬車を見つけることは簡単にでき、公爵邸へと戻る。馬車の中にいる間ゼロは疲れたように俺の膝の上で丸くなって、寝る体勢に入っていた。
「ゼロ?」
「……」
やっぱり疲れているのだろう。とりあえず、寝かしておこうと俺は馬車を降りて家の扉を開けた。玄関では老執事が待っており、今日は疲れたから風呂に入らず寝るとだけ伝えて自分の部屋に戻る。その間、ゼロはピクリとも動かなかったが俺の部屋に入った瞬間むくりとその身体を起こした。
「あーごめん、俺今日は眠いから、一晩だけポメの姿でいてくれない?」
「……主でも、ああいう場、疲れるのか」
「俺のことなんだと思ってんだよ。それで、いい? 今からよしよししてお前癒す体力残ってねえから」
本当なら、不本意にポメ化してしまったため、今すぐに人間の姿に戻りたいところだろう。だが、俺も俺で体力が残っているので、ポメ姿のゼロと戯れられる余裕はなかった。また、呪いを解くといったのにといちゃもんつけられそうだが、今日くらいは許してほしい。
ベッドに倒れ込むようにして沈んだ俺に、ゼロは何も話しかけてこなかった。
部屋の扉が半開きだったから出ていったのかもしれないと思ったが、確認する余裕もなかった。そうして、パタリと扉が閉められたなと音を聞いて、睡魔に身をゆだねようとしたとき、モフッとした何かが俺の手にぶつかった。
「主が、疲れたというなら仕方ない」
「え……? 何お前、ベッドの上に」
てっきり部屋から出ていったものだと思っていたため、どうしてまだいるのかと俺は信じられなかった。それでも、ぐりぐりと体を押し付けてくるので、俺は寝かせてくれとゼロに言う。
「遊べないって、も~お前なあ」
そういうと、違う、と間髪入れずに言葉が返ってきた。
重たい眼をどうにか引っ張って目を開けば、こてんとかわいらしく俺の隣でこちらに顔を向けて寝転がっているゼロの姿が見えた。それはまるで、今から一緒に寝るというようなリラックスモードにも思える。
こちらにへそを見せて、しまい忘れたピンク色の舌を見せている。あまりにも、ガードの緩い姿を見て、笑えて来てしまう。ゼロは自分の背中すらも見せない、一匹狼なのに。
顔の前で短い手を挙げているのも、なんとも愛らしかった。中身を考えなければ完璧だ。
「何だよ。一緒に寝たいのか……?」
「違う、一緒に寝てやるといっているんだ。添い寝だ」
「ポメのくせに? ああ、わかったって、悪かった、悪かった!」
グルルルルと、歯をむき出しにして怒るので、俺はすぐに謝った。
一緒に寝たいのかはさておき、添い寝をしよう、なんて今までのゼロだったら思わなかっただろう。ポメになっても、一定の時間癒されるか、癒され待ちの間は俺から離れていたというのに。自分からこうして近づいてくるなんて、どういった心境の変化だろうか。
ポメラニアンだから添い寝はいい、と思っても中身がゼロだと考えると、男に添い寝をしてもらうだなんてと思わないわけはなくて。でも、今はなんだか隣にいてくれると嬉しいと思ってしまうのだ。さわり心地もいいし、温かいし。本当はちょっと抱きしめたい衝動にも駆られている。
「どういった、心境の変化だ? ゼロ」
「このベッドが寝心地がいいだけだ。ついでに、添い寝をしてやっているだけだ。勘違いするな」
「ふーん、でも……そう、いい子だな」
俺はそんなゼロに手を伸ばして頭を撫でる。撫でるときだけ反応するゼロは、やはり疲れているのか気持ちよさそうに目を細めるのだ。俺はそのふわふわの毛並みを撫で続けた。温かくて、うとうととまた睡魔が俺を襲う。もう、目は半分も開いていなくて、そのまま夢の中に落ちそうだった。そんな、ぎりぎりを耐えていると、もぞりとゼロが俺の懐のほうへと入ってきて、ぴとりとくっついた。これじゃあ、撫でられないんだけどな……と思って、もしかして抱きしめてもいい? なんて、ゼロを見れば、こちらに顔を向けることなく丸まっていた。無言は肯定ととらえていいだろうか、と俺は優しくゼロを抱きしめる。
思った通り抱き心地がよくて暖かくて、俺は抱きしめたと同時に夢の中に落ちたのだった。
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