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第1章

07 報酬のデート

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 デートとは、本来こういうものなのだろうか。


「本日はその……デートに誘っていただき、誠に光栄で……」
「貴様の弟との賭けにかった結果だ」
「は、はあ……それは、その。弟が、いろいろと……」


 全部知っていて、知らないふりをするというのはかなり面倒なことだと思った。少しでもぼろを出せば、そういう部分に関しては鋭い殿下からの指摘が飛んでくるに違いないと。
 バレれば死――常に、後ろに剣先が突き付けられている状態でのデートなど、何がたのしいのだろうか。
 デートのセッティングといっても、ペチカを公爵邸から引っ張り出してくるだけで、後は今流行りのカフェの予約を取って……と、そこまで労力はかからなかった。かかったのは、精神の負担暗いか。それでも、流行のものをメイドに聞く時間はとても楽しくて、人気の甘いものについて知れたのはとても楽しかった。
 皇宮にいたら、令嬢たちの流行など全く情報が入ってこないから新鮮な世界で、ペチカにとっても本当に真新しい新世界だと。


(でも、負けたのは、自分。負けたのは自分だから)


「いや、いい……俺が勝つためだけに仕掛けたものだからな。イグニスは、時々いいことをいう」
「お兄様が、ね……」


 仕組まれていたのではないかと思えてくるのだが、それは思いすぎだろうか。何にしても、まだ私には勝てない相手だったということだ。
 その悔しさを噛みしめて、精進しなければ、現状維持でしかないと。
 運ばれてきた、ケーキは宝石のようで、真っ白な生クリームでコーティングされたパンケーキの上に、ミントの葉と大きな艶やかなイチゴ、そして、粉砂糖が降りかけられており、お皿にも可愛らしく、イチゴのジャムでデコレーションがしてあった。紅茶はアールグレイを選び、角砂糖を二ついれる。殿下が頼んだのは、ビターなチョコレートケーキだった。甘いものが好きという印象はなかったが、合わせてくれたのだろうか。


「ここ、来たかったんですよ。食べるのがもったいないくらい」
「こういうものが好きなのか。ペチカ・アジェリットは」
「その言い方、面倒なのでペチカでいいです……私たちは、婚約者なのでしょう?」
「……そうだな。貴様がそれでいいというのなら、ペチカ……嬢」
「殿下は甘いもの好きですか?」
「俺か? 俺は、別に好きでも嫌いでもないが。だが、砂糖を煮詰めたようなものはあまり好きではないな。このチョコレートケーキぐらいがちょうどいい」


 そういって、殿下はフォークで切り分けると一口食べた。確かに匂いから甘いというよりは、ほろ苦いような香りが漂い、ケーキの上にはコーヒーを砕いたようなものが飾りとしてのっている。


「貴様の弟はよく食べるが、ペチカ嬢は小食なのか?」
「弟がよく食べるですか? まあ、騎士として筋肉をつけるためでもあるでしょうから、食べるというより、食べなければじゃないんでしょうか」
「それにしては、良い食べっぷりだとは思うが。まるで、飢えた肉食獣のようだ」


 ハハハ、と笑う殿下をみて、フォークを落としそうになる。


(それって、私が食いしん坊みたいに……!)


 いい。それでもいいのだ。ペチカとベテルは別人だと思わせることが出来れば。でも、どちらも私である以上は、あまりうれしくはなかった。言った通り、筋肉をつけるために食べているのであって、でも食べるのが好きなのも事実で。


「というか、殿下。婚約者を前にして、弟の話ですか?」
「ダメか?」
「ダメか? ではなくて、私を前にしているのに、弟の話ばかりで……殿下は、弟に気があると思ってしまいます。だったら、弟に……」
「ち、違う。すまない。会話をどうにか続けたくてだな……クソっ、別に男色家ではない。その思考は一切ない。信じてくれ」


 と、殿下は慌てたように訂正したのち、シュンと頭を下げた。なぜそこまで必死になったのかは、理解できなかったが、珍しい殿下の表情に、私はぱちくりと目を瞬かせる。
 それがよりいっそ、婚約破棄をしたくないというようにも思えてくる。
 でも、なぜ婚約破棄をしたくないのか分からない。あれほど渋っていたというのに、今はそれにすがるような。


「そうですか……では、私といるときは、私との話に集中してください」
「……っ、それは、ペチカ嬢は俺に気があると?」
「はい? なんでそうなるんですか」


 思わず乱暴にソーサーにカップを置き、私は殿下を睨みつけた。どんな自信家でもそんな言葉が出てくるとは思えない。


(なぜ、私が、殿下に気があるなんて……)


 うぬぼれにもほどが過ぎる。どこを好きになればいいというのだ。殿下のことを知っているとはいえ、本当に私が初対面でこれをされたら切れるだろうなという地雷を、いとも簡単に踏んでくる。本当に女性慣れしていないのが分かってお兄様にでもいいから、伝授してもらってから出直してきてほしいと思った。


「自分に集中してほしいということは、自分のことを見てほしいということだろう。知ってほしいの裏返しだ。俺に、少なくとも興味があると」
「……」
「違うか?」
「……確かにそういわれれば、そうかもしれません。ですが、私は貴方のことが好きではないので、その考えは否定させていただきます」
「何故俺を嫌う?」
「別に、これといった理由はありませんが……私が病弱ということを知りながら、連れまわそうとする、女性差別的な言葉を発する、その他もろもろが癪に障るのです」
「……この間、無理やり抱こうとしたことを怒っているのか」


 と、殿下は恐る恐る私に聞いた。
 わかっているのなら、なぜ聞くのだろうか。これ以上、女性として、殿下を見ることが出来ない気がして、最後の一言だとかれに告げてやろうと、口を開く。


「弟がせっかくセッティングしてくれた席を、貴方は台無しにしたいんですか?」
「……うっ、違う。そうじゃない……謝りたいんだ」
「え?」


 殿下も怒って今日はお開きになるだろうと、最悪の人生初デートとして刻まれるだろうと思っていたが、暴君様の口から出たのは全く想像もしていなかった謝罪の言葉だった。
 殿下の顔を見れば、本当に申し訳なさそうに顔を歪めて、俯き気味にすまなかった、と再度口にした。


「あの時は、自分でも性急すぎたと思った。婚約者になったばかりの、病弱な令嬢に対して、子を孕めと……行き過ぎた発言をした。許されるものではないと思っている。それを謝るためにも、こうして、この席を用意してもらったんだ」


(いや、それは初耳ですけど!?)


 あの時のことを殿下が悔いていたなんて誰が想像しただろうか。
 あの殿下が。戦場で冷酷で、わがままで、どうしようもない殿下が、まだあって二回目の私に謝罪の言葉を述べているのだ。
 だからといって、許せるかと言われたらまた別問題なのだが、彼がここまで真摯に受け止め、謝罪してくれたという事実は変わらなかった。なぜだろうか。女性嫌いのはずなのに、彼はどうして私に……


「頭を上げてください。殿下。そんなに謝れると、こちらも困ります」
「困る? 何が困るのだ?」
「婚約破棄してもらいづらくなります」
「……まだ言っているのか。俺は、婚約破棄などしない」


 と、殿下は嫌だというように顔を上げてまっすぐに私を見た。瞳の奥に渦巻いている見知らぬ感情に、私はドッと胸が大きく打つと、次に顔が熱くなっていくのを感じた。
 ただ見つめられただけ。それはよくあることなのに。
 このままでは、勢いに押されるし、嫌いになってもらって婚約破棄にまで持っていけないと私は思った。だから、傷つけてしまうかもしれないと思いつつも、何か言葉をと紡ぐ。


「で、ですが、殿下に見合う女ではありません。他にもいい女性がいるはずですから、殿下今回のこの婚約は――」
「――一目ぼれした」 
「……っ?」


 重ねるように殿下がいう。
 先ほど見せた弱弱しい表情ではなく、また違う、見たこともない表情の殿下がそこにいて、私は目を見開いた。


「――と、言ったら。ダメか、ペチカ・アジェリット……俺は、貴様に一目ぼれしたんだ」


 そういった殿下は、耳だけではなく顔を真っ赤にして、私にそういった。
 

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