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第3章 矢っ張り不遇令嬢の名はダテじゃないです!!

04 ゲスヒロインの悪魔の笑み

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「それで、アンタは何で私の思い通りに動いてくれないわけ?」
「何のことだか、分かりません」


 とぼけないでよ! と、キンと耳を貫くようなソプラノボイスが私を襲う。

 教会の会の裏庭に呼び出されたかと思えば、いきなりそんな罵倒を浴びせられる。私は、無知の振りをフリをして首を傾げてみる。それがまたしゃくに障ったのか、目の前の相手、キールは目をつり上げて、近くにあった意思を私に投げつけてきた。間一髪私はそれを交わしたものの、石がぶつかった壁にはあとが残り、もし当たっていたら……と想像すると恐ろしい。当たったらどうなるか、想像できなかったのだろうか。
 いや、冷静さがかけているだけで普段の彼女なら、もう少し考えるだろう。頭が悪いわけでもあるまいし。
 そんな、一応設定上、親友のキールは息を荒くして、怒り露わに私を睨んできた。
 彼女が何故怒っているか、大凡予想はつくけれど。


「アンタのせいで、この間の作戦失敗したじゃない。どういうつもり」
「どういうつもりとは、どういつもりなんでしょうか」
「アンタ、話通じないの!?」


 キャンキャンと吠えられて、私は犬を相手にしているのではないかと錯覚してしまう。しかし、相手が犬ではなく人間だと理解しているため、理性のない人間だなあって心の中で憐れみを向ける。それを表に出せば、また彼女の機嫌を損なうだけだと分かっているので、あくまで表面上は彼女の親友の無知で巻き込まれた異質のアドニスを装う。


「ほんと信じられない。モブのくせに、死ぬ以外目立たないくせに」


と、ブツブツと呟いている言葉は全て耳に入ってきた。


(すみませんね、死ぬしか目立たない不遇令嬢で)


 そこにはもう、ヒロインの姿はない。あるのは、醜悪なヒロインの皮を被った悪魔だ。

 キールは、本来この乙女ゲームのヒロインで、お淑やかで、可愛くて、少しドジっ子天然で。そんなよくいるタイプの典型的なヒロインだった。けれど、私の目の前にいるのは、おそらく、誰かが転生したであろう、姿だけのヒロイン。彼女は、私が転生者だと知らないから、都合の良い人形、駒として扱っているつもりなんだろう。だから、自分の思い通りに動かない私に対して、苛立ちを覚えていると。

 確かに、本来のアドニスならこんな風に親友が豹変しても何も言わないだろうし、言えないだろう。それくらい気が弱い。それを知っていて、キールは利用しようとしているのだから、たちが悪い。それも、私を利用する理由が「シェリー様への嫌がらせ」の為であるときた。
 だから私は、彼女に利用されるフリをして、彼女の化けの皮を剥がし、計画を暴こうとしているのだ。勿論、バレてはいけない。
 明日、シェリー様に合う予定があるので、それまでには何かしら掴みたいとは思っている。だからこうして、彼女に会うことを決めたのだが……


「ねえ、聞いてるの?」
「は、はい。えっと、何? キール」
「アンタ、ほんとつかえなさすぎ。この間も出しゃばって。あそこは、私に合わせて、シェリーを犯人にすれば良かったのよ」
「何故、シェリー様を犯人にしようとしていたんですか?」
「そりゃ、気にくわないからに決まってるでしょ」


と、さも、それが当たり前の理由であるというように話すキール。やはり、普通じゃないなあと思う。私の可愛いヒロインを返して欲しいくらいには。


「気にくわないって……シェリー様が何か、キールに嫌なことでもしたの?」
「はあ? しないわよ。てか、出来ないでしょ。彼奴に」


(彼奴って……)


 どれだけ、本性を出せば気が済むのかこの子は。そう思いながら、私はキールの話を聞いていた。
 何故、キールがシェリー様のことを目の敵にするのか分からなかった。でも、そんな深い理由があるようには感じなくて、疑問を抱かずにはいられない。だって、シェリー様は優しくて、強い人で。それも、一年前からこの世界にきて、悪役令嬢の汚名を返上しようって頑張ってきた人だから。だから、キールには何も嫌がらせをしていないはずだ。ここで、嫌がらせをしていれば、復讐……という線も考えられるんだけど、そういう風には見えないし。彼女の言動は、私の頭を悩ませた。きっと、頭の作りが違うんだろうなって、ことで自分を何とか納得させて、笑顔を取り繕う。


「じゃあ、何でそこまで、キールは、シェリー様のことを嫌うの?」
「嫌うっていうかあ、嫌がらせしたいのよ。彼奴の絶望した顔が見たいの! でも、何? 私が、皇太子に選ばれて、婚約破棄されたくせに、彼奴は新しい婚約者つくってさあ。それで、幸せそうな顔してるわけ」
「う、うん……」
「だから、その幸せを壊したいなあって思ったの。最高でしょ? どんな風に壊して、絶望させるか考えるのが楽しくって」
「……え」


 るんるんと、明日の服は何にしようかなって選ぶ女の子みたいに話すものだから、私は理解が追いつかなかった。
 何で、そんな恐ろしいことを、非道なことを笑顔で言えるのだろうかと。何もしていないシェリー様に、ただ絶望顔が見たいからっていう理由で嫌がらせをして。この間は、その嫌がらせの一貫で、冤罪をふっかけようとして。
 理解できなかった。
 でも、それは間違っているといわないと、シェリー様に被害が出ると。親友なら、どうにか出来るんじゃない勝手言う淡すぎる期待を胸に私は声を上げる。


「き、キール。別にそこまでしなくても良いんじゃないかな」
「はあ?」
「だ、だって、キールは幸せなんでしょ? 皇太子殿下と結ばれて……も、もうこれ以上シェリー様にこだわる必要は無いんじゃないかなって。そ、それと、キールの悪評とか、広がったら、そっちの方が困るんじゃ」
「アンタバカねえ。私がそんなヘマするわけ無いじゃん? それに、私が何かやらかしてもアンタが全て被ってくれれば問題ないわけだし」
「わ、私が?」
「そうよ。だって、私と、アンタは親友でしょ? 親友が困ってたら助けるのが普通じゃない?」


と、キールは気味が悪いほど明るい笑顔でいうのだ。

 それもまた当たり前というように。


(こ、こんなのって、可笑しすぎる……!)


「き、キール……」
「ああ、あとそれとね」


 私が口を開く前に、キールは釘を刺すようにいう。


「アンタが第二皇子の婚約者になったってことは知ってるから。だから、アンタね。婚約破棄されたくなかったら、痛い目見たくないなら私の言うことを聞いてなさい? 物わかりの良い、アドニスなら分かるわよね」
「……っ」


 悪魔の笑み。
 これ以上余計なことをしたら、アンタも不幸になるからね? と足枷をかけてくる言葉。私はキールという悪魔を目の前にして言葉を失った。それから、言わされるように「はい」と消えるような声で応える。


「そっ、アンタは私の駒でいればいいのよ。な~んにも考えないで? 私の言うとおりにしてなさい」
「……」
「それで、『巻き込まれても』何も文句言わないでよね?」


と、キールは愉快そうに笑った。


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