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番外編SS
親子で挟んで
しおりを挟む「お母様は、お父様とどこで知りあったの?」
「ロイは……お父様はね、もともと私の護衛だったの。それから、えっと――」
ベリーニは、少し落ち着かない様子で、私の向かいの席に座りながら足をパタパタと動かして、お菓子を抓んだ。まだ幼いというのに、自分の両親の馴れそめを聞いてくるなんて、と驚きつつも、可愛いところがあるな、と自分の娘ながらに思う。いや、自分の娘だからこそ抱く感情なのだろう。しかし、馴れそめ……という馴れそめを、この幼い娘に話して良いものなのか、絶対に話しちゃいけないないようなので、ぼかして話す。するとベリーニは何か気づいたように「隠してることありますよね?」と疑いの目を向けてきた。そういうところは、ロイの部分を引き継いだというか。私の娘でありながら、ロイの娘でもあるということを実感させてくれるというか。
(一夜の過ちをおかしました、なんて言えないじゃない!)
疑いの目を向けられても、これ以上話したら、またその事を一から話さなければならない気がして、それだけじゃなくて、やっぱりこんなこと子供には言えないし、刺激が強いんじゃ! と私は目を回す。
「お母様」
「本当にそうなのよ? ロイは、私の護衛だったの」
「護衛騎士……? わたしにも、いつかつくの?」
「ええ。ベリーニを守ってくれる強い騎士をつけてあげるわ。今探している最中なの」
「本当に? お父様みたいな?」
「お、お父様みたいではないけれど……ほら、だってね、ロイはもの凄く強いじゃない」
と、私は説得を試みてみたが、ベリーニはそれじゃ納得できないように、ぷくりと頬を膨らませた。やっぱり、こういう性格はロイに似るのか。容姿は私とロイを足して二で割ったような感じだけど、ロイの方が遺伝子的に強く出ている気がする。さすがと言ったところである。
ベリーニの護衛騎士を探しているという話は嘘ではない。だが、ロイが認めるくらいでなければならない、というのもあるし、ロイは娘に対して親ばかだから、護衛騎士選びも大変苦労している。主に私が……というか、騎士が、といういうか。ロイが悪魔とのクォーターで、その身体能力は稀に見ないほど屈強で、剣の腕もクリス様に並ぶほど強い。そんなロイを越えられるのは、それこそ、第二皇子の護衛騎士であるクリス様とか、殿下とかになるでしょうけど、そんな人がうじゃうじゃそこら辺にいるわけでも無いし。
だから、ロイが一から育てようとしているけれど、あまりにもスパルタ過ぎて突いてこれる人がいないようだった。ロイの鬼畜っぷりは、公爵家の騎士団から聞いている。本当に見つかるのか、育つのかも怪しいところだ。かといって、ロイがベリーニの護衛騎士になるわけでもないので、そこは安心してもいいのか。
(娘に嫉妬するって何よ)
私も、ベリーニも平等に愛してくれる。それが今のロイだ。あれほど、父親になるのを不安がっていた彼の成長。それに対しては、本当に温かい気持ちになったし、やっとここまできたのか、という気持ちにもなった。けれど、ロイが心配していたように、私とベリーニに二人に割く時間ができたことで、一緒にいる時間があまり取れなくなったというのは全くその通りだった。欲求不満だし、でもロイに迷惑をかけたくなかった。それに私もベリーニのことを愛していたから。
「お父様みたいな騎士じゃないと嫌です」
「分かっているわ。だから、慎重になっているのよ」
「じゃあ、お父様が私の騎士に……!」
「それは無理よ。だって、お父様はずっと私や、ベリーニについてくれるわけでもないでしょ? それに、忙しいの」
「大きくなったら、お父様と結婚したいです」
「……それも、無理かしら」
大きな瞳に涙を溜めるものだから、可愛そうだとは思うのだけど、そればかりは譲れないし、譲ることもできない。
私と一緒、というか、ロイと一緒というか、ロイに対する気持ちは、家族というものを越えて重く愛情深いらしい。ベリーニの、娘の初恋を奪う父親っていうのもあれなんだけど、ロイの格好良さは私が一番知っている。
どんなふうに、ベリーニを納得させようかと思っていると、トントンと扉がノックされ、ロイが失礼します、といって入ってきた。
「ロイ!」
「お父様!」
バッと立ち上がって、ベリーニはロイに抱き付いた。ロイは、それをギュッと抱きしめて、頭を撫でると、私ににこりと微笑んだ。随分と柔らかくなった笑みに、ポッと顔が熱くなるのを感じながら、私はお帰りなさい、と彼に一言いう。
「ただいま戻りました。シェリー。ベリーニもただいま」
「おかえりなさい、お父様」
ベリーニは、離れたくないとロイにしがみついていたけれど、ロイはポンポンと頭を撫でると、ゆっくりと彼女を引き剥がした。ベリーニは名残惜しそうにしていたけれど、物わかりのいい子だから、スッと離れて私を見る。何だか敵意に溢れているような目だな、と思いながらも、私の元に歩いてきたロイに微笑みかける。笑みは崩さないこと、と自分の中のルールに従う。すると、ロイは、私の前髪を掻き分けて、おでこにキスを落とした。
「ろ、ロイ」
「ただいまのキスです。今は、ベリーニが見ているので、ここにしかできませんが、ね?」
「そ、そういうところ……」
変わってない。でも、確かに変わっている。何というか、前よりも紳士的で、がっついてくることがなくなった。成長と同時に、少し悲しさもあって、あの頃とは違って、私達も大人になったんだと実感させられる。だからこそ、それがやっぱり寂しくて……
(だから、欲求不満な私出てこないでよ)
娘の前で、ロイに抱かれる妄想をするなんてはしたなさ過ぎる、節操なさ過ぎる! と自分をしかりつけて、もう一度、おかえりなさい、といって自分を落ち着かせる。
「いいな、お父様とお母様」
「ベリーニ……」
ベリーニは私達の姿を見ていて、自分にもいつかそんな相手が現われるのかな? と不安と期待の眼差しを向けていた。
可愛い娘にそんな相手ができると想像すると、それもまた嬉しいし、ちょっぴり嫉妬しちゃうというか。どの方面にも嫉妬を飛ばしてしまって申し訳なく思いつつも、早い段階で、そんなことに興味を持つ我が子の成長に驚きを隠しきれなかった。
まあ、一つ言うなら、私トロイみたいな関係にはなって欲しくないということだろうか。一夜の過ちなんて、誉められるものじゃないし。でも、だからこそ、こうして愛し合えて、今に至るといわれればそうで。
「大丈夫よ。ベリーニにもきっといい人が見つかるわ。私だって幸せになれたんだもの。ベリーニもきっと」
そう、私は悪役令嬢として、一度攻略を失敗し、断罪された身。それでも、色んな苦難を乗り越えて幸せをつかみ取った。悪役令嬢でも、まだ何者でも無いベリーニには幸せになるチャンスなんて一杯ある。私達が、そのチャンスを一杯作ってあげる。
「お父様とお母様のような関係になりたいです」
と、私のドレスの袖をキュッと掴んでくるベリーニがあまりにも可愛くて悶えてしまわないように踏ん張る。可愛いな私の娘! と思ったけれど、ベリーニは少し、私を恋敵としてみているようで、ロイを取られないように頑張らなければと思う。さすがに、取られる、とまではいかないけれど、何というか、ロイがベリーニに夢中になるところを想像すると嫉妬してしまうのだ。実の娘に。
それでも、やっぱり親ばかな部分が出てしまう私はまだまだだと思いながら、そうね、と小さく答え、私も彼女の頭を撫でてあげた。
「そうだわ。今日は三人で川の字になって寝ましょう」
「川の字?」
「あっ、えっと、三人で寝るってことよ。ベリーニを私とロイが挟むの」
「しぇ、シェリー」
と、後ろからロイの戸惑ったような声が聞える。
「あら? ダメ?」
「ダメ、ではないですが……」
「お父様とお母様と寝られるんですか! 楽しみです」
パッと花が咲いたような笑顔を向けられれば、ロイもノックアウトされたらしく、分かりました、と素直に了承した。
ベリーニは上機嫌になったようで、メイド達にいってくると部屋を出て行ってしまった。まだまだ子供だな、と彼女の背中を見送りながら、私は先ほどから刺さっていたロイの方に視線を向けた。
「何?」
「いえ……今日は、はい」
「どうしたの? いつもみたいに、いいたいことははっきり言って」
そういうと、ロイは、困ったように眉を下げて、もう一度言い淀んだ。
「どうしたの?」
ロイは、自分の頬を掻いた後、少し考えるように視線を下に落とした後、ワインレッドの瞳をスッと私に向けた。
「シェリーと二人で寝たかったです。最近、一緒に寝ていないでしょ?」
「あっ……ろ、ロイ、そういうの……ベリーニが聞いているかも知れないし」
「聞いてませんよ。あの子の気配なくなったので」
「で、でも、今日はもう約束しちゃったから」
「そうですね、シェリーが勝手に」
「わ、私のせいなの!? そ、それに、親子の親睦を深めるのも大事じゃない!?」
私が反論すれば、それもそうですけど、とムスッとした顔で返される。
私だって、ロイと寝たい……し、抱いて欲しいし、愛し合いたい。でも、それが――
(分かってるわよ。私だって同じ気持ち)
「今度……でいい? 私も、その――」
「分かってます。ベリーニのこと大事ですもんね。俺も同じくらい、ベリーニのことを娘として愛してます」
「私も、ベリーニのこと娘として大事で、愛しているし、愛してあげたい」
思いは一緒だ。そして、私達が互いを思う気持ちも。
だからこそ、今は子供を大事にするべきだと思う。勿論、年を取るにつれて、その体力は衰えていくけれど、愛し合えないわけじゃないから。
今はただ、あの純粋な子に、愛を注いであげたい。
その上で、自分の幸せも……
「ロイ、キス……したい」
「シェリー?」
「して、くれないの?」
「おねだり、下手ですね。でも、可愛い……っ」
そういってロイはキスをしてくれた。優しく触れるようなキス、それから、唇をわって、濃厚に溶け合う大人のキスを。
私達の間につぅ、と銀色の糸が垂れる。それが酷く色っぽくて、私の意識は次第にぼんやりとしたものに包まれていく。ロイは、キスをしながら、私をソファに押し倒した。
「ろ、ロイ、今、はだめ」
「どうしてです? そういう流れじゃ……」
「お父様、お母様!」
「……っ!?」
あ、抱かれる、そう思った瞬間、先ほど出ていったベリーニが戻ってき、私はロイを押し返して、立ち上がった。息が切れているが、ベリーニは別に気にした様子はなく、前にプレゼントした兎のぬいぐるみを大事そうに抱えていた。
「ど、どうしたの、ベリーニ?」
「また二人に会いたくて戻ってきたんです。今日、一緒に寝るの楽しみにしています」
と、私達の娘は私達を浄化の光で焦がすような、そんな満面の笑みを振りまいた。
どうやら、私達が二人きりで愛し合えるのは、もう少し先みたいだ。
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