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エピローグ

家族

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「お母様っ」
「こらこら、あまり、走るとこけるわよ?」


 城下町が一望できる丘の上、新しいドレスに身を包んだ、まるでおとぎ話のプリンセスのような我が子が、私に手を振って走ってくる。私と同じ、ブロンドヘアの髪を二つに結って、そうして、その爛々と輝くロイのような濃いピンク色の瞳を輝かせながら、走ってくる姿は、本当に愛おしかった。子供が生れたら親ばかになる、子供への愛情が爆発するっていっていたけれど、本当だったんだ、と私は頬を綻ばせた。


「お母様、あのね、クッキーを焼いたの。味見はしてきたから、自信あるの」


と、私に持ってきた少し歪な形のクッキーを手渡した。焦げた匂いが、鼻孔をかすめつつも、娘が私の為に焼いてくれたクッキーだと思うと、涙がにじんできて、無意識のうちに彼女を抱きしめていた。

 娘、ベリーニは本当に愛らしくて、素直で賢いこだった。多分、私がベリーニと同じ年だった時と比べたら、圧倒的にベリーニの方が賢いって言えるくらい、彼女は勉強も、刺繍も、芸術も何もかも優れいていた。悪いところ、苦手なこと一つもないっていうくらいには完璧だ。誰かさんと似ていて。


「じゃあ、一つ貰うわね?」


 そういって、私がベリーニからクッキーを貰えば、彼女はドキドキと心臓の音が聞えてくるくらい必死に私を見ていた。きっと、感想を言われるのがちょっぴり怖くて、楽しみなんだろう。早く、感想をくれと、目が訴えかけてきている。
 口に入れるとサクッといい音がして、ほんのりとした甘みが口に広がっていく。本当に、甘すぎず、粉っぽすぎず食感も良くて、まだ小さい女の子がつくったクッキーとは思えなかった。手伝って貰ったとしても、分量からこねて、形を作るまで彼女がやったんだろうし、ベリーニが作ったといっても間違いではない、そんなほぼ完成されたクッキーだった。一つ、付け加えるとするのなら。


「美味しいわ。ベリーニ」
「本当?」
「ええ。だからね、また今度作ってくれる? そしたら、ベリーニの作ってくれたクッキーを並べて、一緒にお茶会をしましょ?」
「わたしのお菓子を並べてくれるの?」
「ええ」


 普通は、菓子職人や、店舗で買ったものを並べるため、お茶会に参加する本人自ら作ったお菓子を並べることはまずない。だからこそ、そこに並べられるということは、皆に認められた、食べて貰いたいお菓子ということだ。それに、ベリーニの作ったクッキーと、公爵家が取引しているお茶は凄くあいそうだと思ったのだ。
 ベリーニは、お茶会の約束を取り付けた瞬間、やったあと、跳ねて頬に手を当てていた。人まで大きな声を出さない、飛び跳ねない、と習っているはずだが、それを忘れるくらい嬉しかったのだろう。勿論、私は、大きな声を出して貰っても、飛び跳ねて貰ってもかまわらない。だって、可愛い娘なんだもん。
 そんな風に、私がベリーニを見ていれば、彼女は何かを思い出したかのように、もじっと私を見つめた。大きな瞳で上目遣い。私の胸はズギュンと撃ち抜かれた。


「ど、どうしたの? ベリーニ」
「あのね、あのね……お父様にも、食べて欲しいって思って」
「お父様……ああ、ロイね。今――」
「ただ今戻りました。シェリー様」
「ロイ」
「お父様!」


 ざくざくと、草花を踏みしめながら丘を登ってくるロイの姿が見えた。私が上半身を起こして見れば、ベリーニがロイに向かってはしって抱き付いた。ロイは片手で、荷物を持ちながら、ベリーニを抱き上げ、頬に優しくキスをしていた。すっかり、子供にも慣れたようで、私は安心する。


「ロイ」
「何でしょうか。シェリー様」
「だから、その、様はいらないっていってるじゃない。私達は、夫婦なんだし……」
「そうですね……まあ、癖、と言うのもありますけれど、今はお遣いを頼まれていたので。シェリー……これで、いいですか?」
「……ほんと、ロイったら」


 いつもこの調子だ。何年経っても、ロイはロイだった。ただ、変わったことといえば、ベリーニという娘が生れて彼の中に父親としての自覚が芽生え、彼女への愛情が生れたことだろうか。
 ベリーニは、私に引っ付きながら、恥ずかしそうに、ロイを見ている。ロイは心なしか柔らかい表情で、ベリーニに視線を合わせ「どうしたんですか? ベリーニ」と、彼女の名前を呼ぶ。すると、彼女は、頬を赤らめながら先ほど作ってきた、クッキーをロイに手渡した。


「お、とうさまにも……食べて貰いたくて。お父様のは、お母様より、一枚多く入れてあるんです」
「へ?」
「フッ……」


 驚く私と、笑うロイ。
 ベリーニは、恋する乙女のように、ロイをチラチラと見ている。それは、まるで過去の私……ロイを好きで仕方がない私の顔とそっくりだった。
 ロイは、そんなベリーニを見て、優しく頭を撫でた後、彼女の作ってきたクッキーを口に運ぶ。それから「美味しいです。さすがは、俺とシェリーの娘ですね」とふわりと笑った。私には見せたことのない、笑顔で。


「……っ、わ、わたし、大きくなったらお父様と結婚したいです」
「べ、ベリーニ!?」


 娘が、とんでもない発言をする。
 ロイは、フッ、と笑うだけで何も言わない。からかっているのか、真剣に受け止めているのか分からないけれど、その微妙な笑いはやめて欲しかった。
 娘とはいえど、ロイは渡さないと、私は、ロイを見る。ロイは、困ったように私とベリーニを交互に見て、包み込むように私達を抱きしめた。


「ベリーニは素敵な女の子です。でも、結婚は出来ませんね。だって、俺の妻はシェリーで、俺の娘はベリーニだけですから。二人とも、俺は同じように愛してます」
「ロイ……」


 数年前までは、愛せるか不安といっていた男が、今は妻子を愛している。こんな未来、誰が想像できただろうか。

 最悪な婚約破棄から始まって、一夜の過ちをおかし、婚約者になった私達。それでも、掴めた幸せがあったんだと、今になって思う。

 凄く幸せだと。
 私は、ロイと挟むようにして、ベリーニを抱きしめて、ありがとう、と感謝の言葉を口にする。ベリーニは何のこと? と首を傾げていたが、ロイには私の意図が伝わったようで、ロイもありがとう、と呟いていた。


「私も、ロイのことも、ベリーニことも大好きよ。愛しているわ」


 私はそういって、順番に二人にキスを落とした。


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