上 下
40 / 45
第4章 飼い慣らして嫉妬

09 価値感のズレ

しおりを挟む



「オーバーワーク過ぎるわね」


 剣舞大会のあと、これまで以上に鍛錬に励むようになったロイを見ていると、やはり少しオーバーワーク過ぎやしないかと思う。あのまま動き続けて、身体を壊してしまったら……そう考えると、辞めさせるべきなんだろうけど「大丈夫ですから」っていう、頑固な言葉を聞いてしまっては、私には何も出来ないと思った。ロイは一人で決めて、一人で突っ走るところがあるから、私じゃどうしようもないところがある。
 けれど、この間の敗北がよっぽど悔しかったのか、本当に朝から晩まで剣を振っているのだ。来年もあるから、それに備えて……なんだろうけど、それにしても気が早いような気がした。まあ、毎日の積み重ねが、勝利へ繋がるのは分かるんだけど。


(婚約者の私のことほったらかして!)


と、欲求不満になってきて、どうしようもないのだ。最近は夜のお誘いもなくて。私からも、疲れているだろうからって声もかけないから、かれこれ三週間くらいは夜の営みを行っていないというか。


(私だけ……みたい)


 ロイとの子供が欲しいって思うのも、私だけなのかなと、不安になる。ロイはそんなつもり無かったのかも知れないって。彼の口からまず、子供の話は聞いたことがない。もしからしたら、自分が悪魔とのクォーターだから、そういう思いをさせたくないって子供の事を考えていないのかも知れない。それでも、公爵家としては世継ぎが必要なわけだし、私も単純に子供が欲しいっていう思いもあるし。
 まあ、出来るか出来ないかは分からないけれど。その場合は、養子を……ということになるだろうけれど。
 価値感覚の違いなんだろうか。


(今度、時間を見計らって、ロイに話してみようかな……) 


 式の日取りも決まってきて、それが終われば、夫婦として初夜を迎えることとなる。夫婦としての夜の営みは、お互いの熱を発散させるだけではなくて、世継ぎを授かるために、という意味も含まれてくるから、これまでのものとは変わってくるのだ。
 そうして、悶々と時間を過ごしていれば、そのチャンスはすぐにでも訪れた。


「ロイ」
「どうしたんですか、シェリー様。そんな、慌てて」
「えっと、式の予定も決まったし……ええっとね、これから、私達夫婦になっていくじゃない」
「はい、そうですね」


 素っ気ないような、でもいつものロイなんだけど、それが少し腹が立ったというか、カチンときて、私はもう私に興味ない? と被害妄想まで繰り広げてしまう。
 いけない、いけないと、頭を振ってロイと向き合う。彼のワインレッドの瞳には確かに私がうつっていたが、彼は私が何を言いたいのか、今回は察してくれていないようだった。生理前かというくらいイライラしてしまうのは何でだろうか。


「そうですねって、自覚あるの?」
「あります。婚約者と夫婦ではまた違いますし、それでも、夫でありながら、貴方の騎士であってと、大きく変わることはないのでは無いかと思っています」
「あっそう」


 私がそう返せば、何故私が怒っているのか理解できないというようにロイはさらに首を傾げた。


「シェリー様怒ってますか?」
「え、ああ……ううん。違う。これは、違うの」
「……俺が、最近シェリー様の相手をしていないこと、それで、欲求不満になっているんですか?」


と、ロイはいきなり距離を詰めて、私の耳元で囁く。熱い吐息がかかれば、すぐにでも反応してしまう身体に私は自分が恥ずかしくなった。

 図星だったからだ。
 そして、ロイの言葉に顔を上げれば、そこには意地悪そうな笑みを浮かべたロイがいた。
 久しぶりに見るその表情に、ドキッとした。私は思わず一歩下がってしまう。すると、ロイは私を追いかけるように近付いてきた。
 トンっと壁に背中があたる。ロイの両手が私の左右にあって、まるで壁ドンされているようだ。


「ロイ……」
「俺が欲しいなら言って下さい。貴方から求められたい、と前に話したでしょ? それに、俺の身体は貴方のものなんですから、幾らでも求めて来てくれて良いんですよ」
「ちょ、ちょ、ち、違う。そうじゃなくて」
「では?」


 ロイが、私の手を自分の胸に持っていって、それから私の頬に口づけを落とした。久しぶりの感触と、ロイの香りが鼻腔をくすぐる。それだけなのに、私の心は満たされていく。
 もっと触れて欲しいって身体は強請ったが、そんなことを言うためだけに彼を引き止めたんじゃないと自分を律する。こんな風に流されているようじゃ、話し合いなんて出来ないと、私は彼を見上げる。この間、泣いていた人物とは思えないくらい大人の色気に溢れていて、ワインレッドの瞳を見ると、お酒に酔ったような温かくぽやぽやとした感覚になってしまう。彼の目は、魅惑的で、媚薬のような効果があって。ずっと見つめているのは危険だと身体が反応する。


(そうじゃなくて!)


 私は何度も何度も自分を奮い立たせて、深呼吸をする。
 欲求不満なのは認めるし、抱いて欲しいっていう気持ちもある。でも、そうじゃなくて、これから夫婦になっていって、それで、世継ぎのことも、子供の事を一緒に考えていきたいと思った。彼と話し合いたいって、そう思った。


「ロイ」
「はい、何でしょうか。シェリー様」
「さっきも言ったように、私達は、これから夫婦になるの。確かに、名前だけが変わったっていったらそうかも知れない。関係性もそんなに変わらないかも……だけど、その世継ぎのこと……あるじゃない。その、ね、子供のこと」


 口に出すと一気に恥ずかしくなってきた。
 ロイも同じ気持ちだったら良いなって、一人浮き足立って、一人妄想が歩いてしまう。けれど、ロイからの反応は何故か悪かった。


「子供……ですか。シェリー様は、子供が欲しいと」
「ほ、欲しいっていうか。うん、まあ、欲しいけど……公爵家の、私達のね、世継ぎは必要だし。途絶えさせるわけにもいかないでしょう?」


と、私が本音と建て前を混ぜながら言えば、ロイは少し困ったような顔をした。

 あれ、何か間違ったことを言ってしまったんだろうかと不安になるが、彼はそのまま言葉を続けた。
 それは、私が予想していなかったことだった。そして、彼の考えも想像できなかった。
 だからだろうか、彼の口から出てきた言葉をすぐに理解出来なかったのだ。


「俺は……俺は、子供は欲しくありません」
「……え」


 そして、続けざまにロイは言うのだ。


「俺は、シェリー様以外、愛せる自信が無いんです。例え、愛しているシェリー様とのあいだに出来た子供でも、貴方以上に愛することが、できない……と思います。だから」


 もう一度ロイは言う。


「俺は子供は欲しくないです」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...