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第4章 飼い慣らして嫉妬
09 価値感のズレ
しおりを挟む「オーバーワーク過ぎるわね」
剣舞大会のあと、これまで以上に鍛錬に励むようになったロイを見ていると、やはり少しオーバーワーク過ぎやしないかと思う。あのまま動き続けて、身体を壊してしまったら……そう考えると、辞めさせるべきなんだろうけど「大丈夫ですから」っていう、頑固な言葉を聞いてしまっては、私には何も出来ないと思った。ロイは一人で決めて、一人で突っ走るところがあるから、私じゃどうしようもないところがある。
けれど、この間の敗北がよっぽど悔しかったのか、本当に朝から晩まで剣を振っているのだ。来年もあるから、それに備えて……なんだろうけど、それにしても気が早いような気がした。まあ、毎日の積み重ねが、勝利へ繋がるのは分かるんだけど。
(婚約者の私のことほったらかして!)
と、欲求不満になってきて、どうしようもないのだ。最近は夜のお誘いもなくて。私からも、疲れているだろうからって声もかけないから、かれこれ三週間くらいは夜の営みを行っていないというか。
(私だけ……みたい)
ロイとの子供が欲しいって思うのも、私だけなのかなと、不安になる。ロイはそんなつもり無かったのかも知れないって。彼の口からまず、子供の話は聞いたことがない。もしからしたら、自分が悪魔とのクォーターだから、そういう思いをさせたくないって子供の事を考えていないのかも知れない。それでも、公爵家としては世継ぎが必要なわけだし、私も単純に子供が欲しいっていう思いもあるし。
まあ、出来るか出来ないかは分からないけれど。その場合は、養子を……ということになるだろうけれど。
価値感覚の違いなんだろうか。
(今度、時間を見計らって、ロイに話してみようかな……)
式の日取りも決まってきて、それが終われば、夫婦として初夜を迎えることとなる。夫婦としての夜の営みは、お互いの熱を発散させるだけではなくて、世継ぎを授かるために、という意味も含まれてくるから、これまでのものとは変わってくるのだ。
そうして、悶々と時間を過ごしていれば、そのチャンスはすぐにでも訪れた。
「ロイ」
「どうしたんですか、シェリー様。そんな、慌てて」
「えっと、式の予定も決まったし……ええっとね、これから、私達夫婦になっていくじゃない」
「はい、そうですね」
素っ気ないような、でもいつものロイなんだけど、それが少し腹が立ったというか、カチンときて、私はもう私に興味ない? と被害妄想まで繰り広げてしまう。
いけない、いけないと、頭を振ってロイと向き合う。彼のワインレッドの瞳には確かに私がうつっていたが、彼は私が何を言いたいのか、今回は察してくれていないようだった。生理前かというくらいイライラしてしまうのは何でだろうか。
「そうですねって、自覚あるの?」
「あります。婚約者と夫婦ではまた違いますし、それでも、夫でありながら、貴方の騎士であってと、大きく変わることはないのでは無いかと思っています」
「あっそう」
私がそう返せば、何故私が怒っているのか理解できないというようにロイはさらに首を傾げた。
「シェリー様怒ってますか?」
「え、ああ……ううん。違う。これは、違うの」
「……俺が、最近シェリー様の相手をしていないこと、それで、欲求不満になっているんですか?」
と、ロイはいきなり距離を詰めて、私の耳元で囁く。熱い吐息がかかれば、すぐにでも反応してしまう身体に私は自分が恥ずかしくなった。
図星だったからだ。
そして、ロイの言葉に顔を上げれば、そこには意地悪そうな笑みを浮かべたロイがいた。
久しぶりに見るその表情に、ドキッとした。私は思わず一歩下がってしまう。すると、ロイは私を追いかけるように近付いてきた。
トンっと壁に背中があたる。ロイの両手が私の左右にあって、まるで壁ドンされているようだ。
「ロイ……」
「俺が欲しいなら言って下さい。貴方から求められたい、と前に話したでしょ? それに、俺の身体は貴方のものなんですから、幾らでも求めて来てくれて良いんですよ」
「ちょ、ちょ、ち、違う。そうじゃなくて」
「では?」
ロイが、私の手を自分の胸に持っていって、それから私の頬に口づけを落とした。久しぶりの感触と、ロイの香りが鼻腔をくすぐる。それだけなのに、私の心は満たされていく。
もっと触れて欲しいって身体は強請ったが、そんなことを言うためだけに彼を引き止めたんじゃないと自分を律する。こんな風に流されているようじゃ、話し合いなんて出来ないと、私は彼を見上げる。この間、泣いていた人物とは思えないくらい大人の色気に溢れていて、ワインレッドの瞳を見ると、お酒に酔ったような温かくぽやぽやとした感覚になってしまう。彼の目は、魅惑的で、媚薬のような効果があって。ずっと見つめているのは危険だと身体が反応する。
(そうじゃなくて!)
私は何度も何度も自分を奮い立たせて、深呼吸をする。
欲求不満なのは認めるし、抱いて欲しいっていう気持ちもある。でも、そうじゃなくて、これから夫婦になっていって、それで、世継ぎのことも、子供の事を一緒に考えていきたいと思った。彼と話し合いたいって、そう思った。
「ロイ」
「はい、何でしょうか。シェリー様」
「さっきも言ったように、私達は、これから夫婦になるの。確かに、名前だけが変わったっていったらそうかも知れない。関係性もそんなに変わらないかも……だけど、その世継ぎのこと……あるじゃない。その、ね、子供のこと」
口に出すと一気に恥ずかしくなってきた。
ロイも同じ気持ちだったら良いなって、一人浮き足立って、一人妄想が歩いてしまう。けれど、ロイからの反応は何故か悪かった。
「子供……ですか。シェリー様は、子供が欲しいと」
「ほ、欲しいっていうか。うん、まあ、欲しいけど……公爵家の、私達のね、世継ぎは必要だし。途絶えさせるわけにもいかないでしょう?」
と、私が本音と建て前を混ぜながら言えば、ロイは少し困ったような顔をした。
あれ、何か間違ったことを言ってしまったんだろうかと不安になるが、彼はそのまま言葉を続けた。
それは、私が予想していなかったことだった。そして、彼の考えも想像できなかった。
だからだろうか、彼の口から出てきた言葉をすぐに理解出来なかったのだ。
「俺は……俺は、子供は欲しくありません」
「……え」
そして、続けざまにロイは言うのだ。
「俺は、シェリー様以外、愛せる自信が無いんです。例え、愛しているシェリー様とのあいだに出来た子供でも、貴方以上に愛することが、できない……と思います。だから」
もう一度ロイは言う。
「俺は子供は欲しくないです」
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