上 下
38 / 45
第4章 飼い慣らして嫉妬

07 ロブロイside

しおりを挟む

(手ごえの無い相手だ……)


 シェリー様に優勝を誓って参加した剣舞大会。こういった催し物には始めて参加することもあり、自分が場違いなのではないかと思ったときもあった。けれど、シェリー様と約束した以上、俺は優勝を彼女に捧げなければならない。約束は約束だ。俺が守らなければ、彼女は失望するだろう。彼女の失望は、俺への信頼を損ねることにも繋がる。
 俺は、どうしても勝たなければならなかった。


(愛しの人の為に、この剣を捧げられるのなら……これ以上幸せなことはない)


 彼女が俺を望んでいる。俺の勝利を望んでいる。俺が強いと、そう信じてくれているから、この大会に出てみないかといってくれた。彼女は最近退屈そうな顔をしていたから、ここで彼女の気を引くのは、これからも彼女の隣にいる上で必要なことなのでは無いかと思ったのだ。
 何百、何千という中からでも、俺はシェリー様を見つけることが出来た。シェリー様を見つけることが出来ないなんてことは絶対にない。何処にいても、必ず見つけられた。俺だけの宝物。俺だけのシェリー様。
 順調にトーナメントを勝ち上がることが出来たが、骨のない、手応えのない相手ばかりで正直拍子抜けした。面白みも何もない。こんなので勝っても、当然だと、シェリー様に言われるだけだと思った。彼女を退屈させてはいけない。彼女を喜ばせなければならない。
 ならば、俺は、強敵を打ち倒し、その上で彼女に勝利を捧げなければと。


「次が、最後か……」


 靴紐を結び直し、鞘にしまってある剣の柄を握る。相手はどんな奴なのか。
 今までの試合を見ても、大したことなかった。だが、油断はできない。どんな相手が来ても、全力で倒すのみ。それが、シェリー様の為になるのだから。
 歓声が上がる。
 最後の対戦相手が姿を現した。銀髪の、俺よりも少し背の高いがたいのいい男。その男に、俺は一度会ったことが会った。いや、一度だったか二度だったか。確かにその男とは言葉を交している。俺は、シェリー様以外興味が無いから人の顔と名前はすぐに記憶から削除するのだが、彼だけは残っていた。


(キャロル・デニッシュメアリー第二皇子の護衛騎士、クリス・アフィニティ……か)


 あの、陽気で魔法に長けた第二皇子が直々に選んだ護衛騎士。彼の強さは、噂で聞いている。キャロル殿下も、皇太子であるあの憎きライラ殿下も認めた男。
 そんな男に、俺が勝てたら――


(シェリー様は、さぞ喜んでくれるだろう)


 ゾクゾクと、今まで感じたことのない興奮が俺の中を駆け巡る。シェリー様を抱いているときとはまた違う、スリル。俺の中の悪魔の血が、強者を求めて暴れているのかも知れない。元々、悪魔は好戦的だった。強い人間を好んでいたから。きっと、俺もそうなのだろうと。
 今からクリスと戦うのが楽しみで仕方がなく、俺は自然と口角が上がる。シェリー様には見せられない凶暴な俺。

 試合開始の合図が鳴る。
 同時に地を蹴り、距離を縮める。クリス様は、一瞬驚いたような表情を見せたが、冷静に腰に差していた剣を抜き、構えをとった。


「流石、悪魔の血を受け継ぐ男といった所か」
「その言い方は嫌いです。差別されているみたいなので」


 お喋りな男ではなかったはずだが、クリスの方から、話しかけてきた。


「それはすまなかったな。しかし、お前は悪魔と人間のクォーターなのだろ?」
「……否定はしません」


 それと、この戦いに何か関係があるのか気になるところだったが、雑念がはいってしまえば、集中力が途切れると、俺は柄を握る手に力を込める。もしかしたら、彼は、ここまで勝ち上がってきたのが、悪魔の血のおかげだといいたいのだろうか。
 剣が交われば、そこに言葉はいらないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。俺は、まだ戦いに集中しきれていないのかもしれない。
 再び、攻撃を仕掛けるが、それを彼は受け止める。俺は、力では負けてしまうので、上手く受け流すように攻撃を仕掛けるしかない。力で勝てない分、俺は彼の次の攻撃を読むが隙が無い。
 俺は一旦後ろに下がり、体勢を整えるため距離をとる。クリスも同じように、息を整えているようだ。彼は、やはり強かった。今まで戦った剣士の中で一番と言ってもいいほど、彼は強い。


「ここまで、熱くなれたのは久しぶりだ。俺を本気にさせたのは、貴様で二人目だ。ロブロイ・グランドスラム」
「……俺は、一番じゃ無きゃ嫌です」
「何だと?」


 二番手なんて嫌だった。
 シェリー様との約束があったが、俺はそれよりも先にこの男に強いと、俺の存在を示したいと思った。今までの、相手の攻撃を読む戦いから、相手が思考をする時間を与えない攻撃のパターンに変えようと俺は考える。その分俺は、自分の思考回路を拘束で回し続ける必要があり、思考が途切れれば、その隙を狙われるという弱点がある。俺が選ばない戦い方。
 けれど、捨て身にでもならなければ、今の自分を捨てなければこの男に勝てないと思った。勝ちたいと、そんな気持ちがわいてくる。俺は、自分自信冷静な人間だと思っていたが、こんなに熱くなれるのだと知ってしまった。


(シェリー様には、感謝しなければ……)


 勿論、一番はシェリー様だ。だが、この瞬間だけは、ただ勝つことよりも、この男に自分の存在を脅威的なものとして植え付けたいと。
 地面を蹴って、俺は一気に間合いを詰める。クリスは、俺の攻撃に少し反応が遅れているように見えた。


(いけるか?)


 だが、相手も俺の攻撃に適応し、クリスの剣が俺の頬すれすれに通り過ぎていく。


「ッチ……」


 俺は舌打ちをして、クリスから離れようとするが、それを許すはずもなく、クリスの追撃が俺を襲う。俺は、必死にクリスの攻撃を捌きながら、何とか避ける。
 防戦一方の戦い方は、俺の性には合わない。俺は、もっと攻めていきたいのだ。俺は、守りではなく、勝つために、剣を振るうのだ。


「……っ!」 


 クリスの剣が俺の肩をかする。少しだけ血が滲み出てきたが、これくらいの痛みはどうってこと無い。だが、このまま攻撃を受け続けていれば、いずれは体力も削られ、動きも鈍くなる。


「ふぅー……」


 大きく深呼吸をし、柄を握る手に力を入れる。シェリー様の視線が俺に刺さる。勝ってくれと、祈りを捧げているように感じる。
 俺は、優勝しなければならないのだ。シェリー様の為に。そして、俺自身の為に。


「はぁああああっ!」 


 今までで一番大きな声を出して、俺は目の前にいる男を倒すべく、地を蹴りあげた。
 クリスは一瞬反応が遅れたが、これが最後だと、彼も俺に向かって走ってくる。俺が狙っているのは、彼の懐だった。 
 俺は勢いよく剣を振り下ろすと見せかけて、彼の剣を避けた。そのまま彼の横を通り抜け、背後に回る。俺のスピードについて来れなかったのか、彼は驚いている様子だった。


「……くっ」
「……ッ」


 けれど、彼は俺の想像を超えていた。俺の最後の意表を突いた攻撃にすら反応したのだ。そして、最後の最後で反応に遅れた俺は、クリスの攻撃を受け、その場に倒れる。
 わーッ! とあがる歓声と拍手。だが、その歓声と拍手は俺に向けられたものではない。勝利を掴んだ、クリスに贈られるものだ。例え、この戦いが観客達の望んだ熱いもので、俺達二人に対して祝福を送っているのだとしても。 

 俺は負けたのだ。


(悔しい……悔しい、悔しい、悔しい……!)


「う……ぅ……」
「いい、試合だった。ロブロイ・グランドスラム。貴様は……強い。誇って良いぞ」


 いらない、そんな言葉、惨めになるだけだ。
 俺は、固い地面に爪を立て、自分の敗北を受け入れざる終えなかった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...