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第4章 飼い慣らして嫉妬

03 嫉妬、嫉妬、嫉妬

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 私の期待はすぐに打ち砕かれた。
 ロイが来てくれた。もう、怒っていないよね。私からも謝ろうって、そう決めていたのだが、彼の顔を見て、そんなこと言える雰囲気でも、怒っていないという感じでもなかった。寧ろ、もっと怒っているというか。


「え……? ごめん、えっと、いきなり……何を……いって……」


 私は突然の質問に困惑する。
 彼は、一体何の話をしているんだろう。そんな私の様子にロイは不機嫌な表情を見せた。今まで見たこと無い彼の、嫉妬でまみれた表情に、私は恐怖さえ感じた。ここまで、放置してしまった私が悪かったのではないかと、今になって後悔する。


「皇太子殿下を思っていた時期が貴方にあったことは重々承知の上です……それでも、貴方は俺を選んでくれたと思っていた」


 私が逃げれば、追い詰めるようにしてロイは迫ってきた。逃げ場を無くし、ベッドに倒れ込めば、彼は、その隙を逃がさないというようにベッドの上に脚をかける。その行動に私は焦りを覚えた。
 彼は今、私の上に跨っているのだ。後ずさるがそこは壁で逃げ場はない。
 そして、私の頬に手を添えると彼は私の瞳を覗き込むように見てくる。その瞳は、まるで獲物を狙う肉食獣のようで、私は恐怖で固まってしまう。
 けれど、その表情がとても苦しそうで寂しそうで……拗ねた子供のようにも思えた。


「ロイ、やめてっ!」


 私は叫び思わず彼の胸板を押してしまう。
 恐怖のあまり、身体が反射的に動いてしまった。これは不味い。だが、そう思っても後の祭り。
 しまった、と顔を上げれば今までに見たこと無いぐらい顔を歪め私を見下ろすロイの顔があったから。もうどうしようもなくて、私は絶望した。


「ちが……ッ!」


 何とか弁解しようとして口を開いたが、言い訳なんて聞きたくないというように彼は冷ややかな目を向ける。


「……ハハッ、俺のこと拒むんですか?」


 ロイはそう言って私の首に手を伸ばすとゆっくりと締め上げていく。
 呼吸が出来なくなり、酸素が回らなくなった頭は次第にぼんやりとしていく。抵抗しようとしても、身体は言うことを聞かずに動かなかった。
 そんな私に、彼は嘲笑うように言った。涙が零れそうなワインレッドの瞳を潤ませて。


「シェリー様、貴方は誰の物なのか理解してるんですか?」
「ろ……い?」
「俺はもう限界なんです。貴方は俺だけのものなのにッ……!」


 そんなロイの悲痛な叫びが静かな部屋にこだまする。
 私は、今までに見たことの無いロイの苦しそうな表情と声を聞いて自分が間違っていたのだと改めて察した。
 私がもっと彼を見ていて、彼に思いを伝えていれば……ロイを悲しませずにすんだかも知れない。私は、彼の愛に甘えすぎていた。別に、私には婚約者がいるし、皇太子に気持ちなんて一切無い。それを、ロイは分かっていると思っていた。いや、分かっていたからこそ、あそこまで彼の侵入を許した私に対して怒りを向けているのかも知れない。
 全部私の落ち度。
 何度後悔すれば良いのだろうか。


「……さっきみたいに、拒めばいいのに」
「私は……」
「俺は、今から貴方に酷いことをするのに……それでも、シェリー様は受け止めてくれるんですか?」


と、そう言いながら私の首筋に唇を落とすロイ。

 私は、何も言えなかった。
 彼がここまで追い詰められているとは思ってもいなかった。だから、そんな彼を拒絶することなんて出来なかった。
 それに、私は彼の事が好きだ。それに、これは私の落ち度……受け入れるし、受け止めるつもりだ。
 だって、ロイが、悲しそうな表情をするから。受け止めなきゃって、これは私の贖罪で。


「……」
「ハッ……拒まないんですね」


 その言葉を最後にロイは、私をベッドに押し倒す。そして、そのまま乱暴にキスをしてきた。
 荒々しい口づけに、息をするのもままならない。けれど、不思議と嫌じゃなかった。
 暫くすると、ロイは満足したのか口を離すと私の服を脱がせにかかる。


「シェリー様……俺だけを見てくださいよ。今は、俺の事だけを考えて下さい……俺の事好きでいて、愛して」


 懇願、渇望、嫉妬。
 ぐちゃぐちゃに混ざった感情は、真っ黒だった。
 嫌じゃないけど、怖かった。今まで見たことの無い彼の表情が、そう私がさせているんだと思うと、罪悪感で胸が苦しくなる。ロイは、私なんて見えていない。ロイは、ただ私に当たりたかったんだろう。なら、当たらせてあげようと思った。


「俺以外、いらないってそう、言って下さい」


 震えた声。
 痛々しい姿に、言葉を失った。こんなロイを見たくなかった。ロイにそんな表情させたのは私で。私がちゃんと向き合っていれば良かったんだ。
 ごめんなさいって、謝りたい。
 今の彼に何を言っても、届かない気がしたのだ。諦めて、受け入れるしかないと、そう思った。


「少しは、嫌がったらどうなんですか」
「何で?」
「シェリー様は、まだ皇太子殿下に気があるんでしょ?」
「どうしてそうなるの!?」


 思わず叫んだ。そんなわけあるはずない。ロイは私の何を見てきたの? そういう気持ちも込めて叫んだ。
 ロイの顔は相変わらず暗くて、よく見えない。彼の不安を取っ払うことは出来ないのだろうか。どうすれば、彼にこの思いが伝わるのか、私は考えて、考えた後、彼を抱きしめた。彼の瞳孔が開かれたのを感じた。はっと息を吸い込んで、行き場のない手は震えながら、私の背中に回される。ギュッと、震える身体を押しつけるようにロイは私を抱きしめた。


「不安?」
「……」
「ロイ、大丈夫だから。受け止めるから。だから、ロイの不安がなくなるまで抱いて良いよ? 怒らないから」


 そう、子供をあやすようにいえば、ロイは顔を上げる。そこには、迷子の子供のような顔をしたロイがいた。今にも泣き出しそうなロイに、私は微笑みかける。


「ねぇ、ロイ。私を見て」
「……」
「ロイ、私は貴方が思ってるほど、軽い女でもないし、馬鹿でもないわ」
「知ってます」


 拗ねるようにいうロイに思わず笑ってしまう。
 本当に、可愛い人だと思う。
 でも、私も悪い所はあっただろう。それは認める。だけど、これだけは言わせて欲しかった。
 私は貴方の物だし、貴方は私の物だと。
 私は、ロイの唇に、自分の唇を重ねた。これが、今彼に伝えられる愛の形だと。彼は、きっと私の言葉を信じられずにいる。だから、行動にして示さなければと。私からのキスに驚いたのか、彼は目を見開く。
 そして、次第に瞳を細めて、また私をベッドに押し倒した。


「いいよ、ロイ。好きにして」

 
 その言葉で、ぷつりとロイの中の何かがきれたのか、我を失ったように私に覆い被さってきた。これまでの不安をぶつけるように、そして自分が安心できるようにと、彼は私の言葉通り、気遣いなんて言葉を忘れて激しく私を抱いた。


「シェリー様ッ、シェリー様ッ!」


 乱暴に脱がされた私の服は床に散らばっている。
 ロイは何度も私の名前を呼び、身体中に赤い花を咲かす。
 首筋や鎖骨、胸にお腹、太腿に内腿……数え切れないぐらいに痕を残していく。まるで、これは自分だけのものだと主張するように。私の身体には、至る所にロイの所有印が刻まれていた。


「ろ……い……んぅ……はぁ……そこ……だめぇ……」
「駄目じゃなくてイイんですよね?」


 意地悪く笑うロイに私は翻弄されるばかりだ。
 彼の指が私の中に入って掻き回す。グチュリと卑猥な音が耳を犯してくるようで、恥ずかしくて仕方がない。


「ここが良いんですか?」
「ひゃあ……! あ……ちが……ああっ……あん……」
「嘘つき」


 そう言って、更に攻め立てるロイに、私の思考はどろどろに溶かされていく。
「あ……あぅ……あ……あ……あああああ……ッ!」


 絶頂を迎えた私は、ロイにしがみつく。ビクビクと痙攣する身体は言うことを聞かず、ロイに身を委ねている状態だ。
 いつもだったら、私の身体を気遣うロイはそこで終わっただろう。だが、欲望をむき出しにした彼は、私の腰を掴むと、一気に突き上げた。


「え?  ま、待って、まだイッたばかりでッ……」
「俺の、不安、全部受け止めてくれるっていったの、シェリー様じゃないですかッ」
「い、いやッ……」


 嫌々と首を横に振る私を無視して、ロイは容赦なく打ち付けてくる。快楽と苦痛でおかしくなりそうだ。それでも、必死にロイに抱きついて、離れないようにして、痛みに耐える。


「はぁ、はぁ、はぁ、くっ」
「ふっ、はっ、はっ、はっ」


 お互いの荒い息が部屋を満たす。 
 限界が近いのか、ロイの動きはどんどん早くなっていく。
 パンッパチュンと肌と肌がぶつかる音と水音が混ざり合う。激しさを増していく行為に、私はただただ彼にしがみついているしか無かった。


「や、ぁあッ! また、きちゃぅッ! んぁ、ああーッ!」
「はっ、シェリー様っ」


 ドクンドクンと脈打つ感覚に、ロイも果てたのだと理解した。
 ロイは、肩で息をしながら私を見下ろす。汗で張り付いた前髪を優しく払ってくれた。それが嬉しくて私はヘにゃりと笑う。それに答えるように、ロイも満たされたような顔で笑い、私の名前を呼んだ。


「シェリー様、俺だけのシェリー様……愛しています」
「ん……私も愛してる」


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