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第4章 飼い慣らして嫉妬
02 よくない方向へ
しおりを挟む「どうだ? 婚約について真剣に考えてくれたか?」
「何度も言いますが、私の気持ちは変わりません」
あれから数日経ったある日のこと、殿下が公爵家にやって来た。私達はお父様を交え応接室で向き合っていた。
ロイは護衛として部屋の隅に立ち、私を庇える位置にいた。しかし、殿下は臆することなく堂々とした態度で私に問いかける。その言葉を聞いて、私は毅然な態度で答える。
「殿下、娘には既に婚約者がいます」
「そんなことは知っている。だが、没落貴族家出身の騎士と帝国の皇太子……どちらが公爵にとって利益をなすか、おわかりでしょう?」
「そういう問題ではないのです。殿下」
と、必死にお父様は私を庇い立てしてくれる。
その言葉に殿下は納得したように首を縦に振る。
しかし、次の瞬間殿下はとんでもないことを言い出した。それは、私とロイの婚約破棄の話であった。そして、殿下は更にこう付け足した。
「俺よりも、その男の方が優れているというのか?」
と、殿下は私を睨みつける。その瞳には憎悪の感情が込められているように見えた。
そして、私は思わず息を飲む。
一体何を言っているんだ。此の男は……
一時でも慕っていた自分が馬鹿らしく思えてきた。今の私には、ロイしかいないのに。何もしていないのに、婚約破棄だと告げた男のことを私は許すはずもない。
「優れているか、優れていないかの問題ではなく、私はロイの事を愛しているのです。それ以外に理由が必要でしょうか。殿下」
「ふっ……まあいい。また来る」
そう言うと殿下は立ち上がり私の手の甲にキスをすると、そのまま部屋を出て行った。
お父様はそれを見送ると、大きく溜息をつく。
「シェリー、大丈夫か?」
「はい、お父様。ありがとうございます……」
「全く、殿下は何を考えているんだ」
そう言って机に拳を叩き付けるお父様。
私は、まだ殿下が近くにいるのにとお父様を宥めながら俯く。それから、お父様は額に手をつきはあ……と大きなため息をつき冷静さを取り戻した後、私に向き直った。
「シェリー、お前が本当に好きならそれでいい」
「え?」
「殿下と無理に結婚する必要はない。自分の幸せを考えなさい。ロイ君との結婚は私が認めているんだ。殿下の言葉に耳を貸さなくて言い」
「はい、分かりました」
と、私が返事を返すと、お父様は用事があるからといって部屋を出て行ってしまった。残された私はソファーに深く腰掛けると天井を見上げる。
そして、私の後ろにずっと黙って立っているロイにちらりと視線を向けた。彼は、無表情でそのワインレッドの瞳には光一つなかった。
「ねえ、ロイ」
「……俺は、剣の鍛錬に行ってきます」
と、彼は一言だけ告げると、部屋から出て行こうとする。
そんな彼を私は必死で呼び止めた。
「ロイ……何で、出て行こうとするの?」
「…………」
「答えて。私は、殿下とはよりを戻す気は無いし、何とも思っていないから! だからね、ロイ……私は――」
そう私が言うと、私の言葉を遮るようにロイは壁をドンッと叩く。
突然の出来事に、私は驚きで肩を大きく揺らすと彼はゆっくりとこちらを振り返る。
その瞳には怒りの炎が灯っているように見え、まるで獣のような殺気が放たれていた。私は、その表情に怯えて一歩後ろに下がる。
ロイは私に掴み掛かろうとしたが、あと一歩の所で抑え片手で顔を一掃した。
「喋りかけないでください」
「ロイ……」
「これ以上何か言われたら気が狂いそうだ」
と、ロイは私の手を払いのけ今度こそ部屋を出て行ってしまった。私はそんな彼の後ろ姿を呆然と眺めることしか出来なかった。
それから数日経ったが、ロイは私を避け続けた。話しかけても素っ気なく返され、目も合わせようとしない。私達の間に溝が出来てしまったようだ。
そんな私達をよそに、殿下は数日に一回、酷いときは毎日のように公爵家を訪れるようになった。口を開けばよりを戻そう、婚約をと。
最終的には仮病を使い追い払ったこともあったが、それを何度もは使用できない。
私は、ノイローゼになっていた。
「体調は大丈夫か?」
「ええ、お父様……心配かけてすみません」
と、私はベッドの上で横になっていると、お見舞いに来たお父様が声をかけてくれる。それに私は力のない笑顔を浮かべた。お父様はそんな私を見て辛そうな顔を見せる。
そして、私の近くに寄ると優しく頭を撫でてくれた。それが嬉しくて、思わず涙が出そうになる。
こんなにも優しい家族が、お父様が……
前世での父親は私の事なんてほったらかしだった。シェリー・アクダクトになってからも最初はそうだった。けれど、お父様は私を受け入れ娘と言ってくれた。
だから、そんなお父様に心配をかけてはいけないと思い私は身体を起こし無理矢理笑顔を作る。
「お父様、私はお父様の娘になれて幸せです」
「……そうか」
お父様は、短い言葉だったがどこか喜びや安心を帯びていた気がした。
(ここの父親との関係も変わったものね……)
そう思いながら、お父様を見ていると彼は仕事があるからと、名残惜しそうに席を立った。こんな遅くまでご苦労だと……その後ろ姿を見ながら私は思う。
お父様にはとても感謝している。
お父様は、没落貴族家出身の騎士であるロイとの婚約を許してくれ、その上ロイの事も気にかけている。それは、彼が私の騎士であり、私の婚約者でもあるからだけではなく、彼の腕や忠実な性格その他諸々を評価しているからだろう。
何にしろ、お父様も私とロイの味方だと言うことだ。
そんなことを考えていると、コンコンと扉をノックする音が聞えた。こんな時間に誰だろうと私は再び身体を起こす。時計の針は午後九時を指していたからだ。
「こんな時間に何の用……? そろそろ寝ようと思っていたんだけ……ど」
「……」
私の言葉を無視し部屋の中に入ってきたのはロイだった。彼はいつもの無表情で私を見つめる。久しぶりに見た彼の顔に、少し胸が高鳴った。
しかし、それも束の間ロイはすぐに目を逸らす。
そして、そのまま私の前まで来るといきなり光の灯らないワインレッドの瞳で私を見下ろしてきた。
「ろ、い……? どうしたの?」
「貴方は、他の男にもその身を委ねるのですか?」
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