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第3章 一難去ってまた一難
09 汚れ
しおりを挟む廊下に出、カーディナルに教えて貰った部屋を探し、慎重にその部屋のドアを開け中に入ることに成功した。
部屋の中はホテルの個室といった感じでソファーやテーブルなどが置いてあり、どうやら休憩室として使われているようだ。
私は辺りを見渡してから、仮面を外すと大きなため息を吐いた。
(やっと、落ち着ける……でも、もう時間がないわ。急がなくっちゃ!)
部屋は暗闇に包まれライトがなければ捜し物も探せないと思ったが、ここでライトを付ければバレてしまうのではないかと思い手探りで解毒薬を探すことにする。しかし、探し始めた途端部屋の扉がバタンとしまり誰かが入ってくる足音が聞えた。
「小さなネズミが入ってきたと思ったら、これは上物だ」
そう言って現れたのはこのパーティーの主催である人物で、ロイを襲った奴らの雇い主であるキューバリブレ伯爵だった。
私は咄嵯に仮面をつけようとしたが、その前に手を掴まれてしまい仮面を床に落としてしまった。
キューバリブレ伯爵は私を舐め回すように見ると、口角を上げて笑った。その表情は下卑たもので私は恐怖で震え上がる。
「これはこれは、アクダクト家のご令嬢様じゃないですか。確か名はシェリーといったか」
そう言ってキューバリブレ伯爵は私の手を掴み乱暴に近くにあったベッドへ投げると、そのまま馬乗りになって私を押さえつける。
私は必死に抵抗し、逃げようと試みるがびくともしない。
「それで、シェリー嬢は何故ここに? まかさ、私に会いに来たとでもいうのかい?」
「……解毒薬は」
私は睨み付けながら言うと、キューバリブレ伯爵は鼻で笑いながら私のドレスを捲る。
私はその行為に驚いて声を上げると、伯爵はニヤッと笑う。
「ああ、あの悪魔のことか。可哀相に、あの悪魔にすっかり騙されてしまっているんだね。大丈夫、私がその魔法を解いてあげるからね」
言っている意味が分からない。
「悪魔!? ロイはそんなんじゃないわよ。確かに、彼は悪魔と人間のクォーターかも知れないけど……でも、悪魔はこの帝国を救ったのよ。それを嫉んで追い詰めて」
「いい、いい。君は何も知らないんだ。騙されている。悪魔の血を引く人間は、私達人間を見下し嘲笑う。忌むべき存在だ」
そう言い、私の胸元に手を伸ばしてくる。私はそれを叩き落として叫ぶ。
すると、キューバリブレ伯爵は顔をしかめて私を見る。
「ふんっ、威勢が良いのはいいが、そろそろ観念したらどうだ。なあに、優しくしてやるさ。君のことは以前から気になっていたんだよ。皇太子殿下に婚約を破棄されて今は婚約者がいないそうじゃ無いか。私は、その穴を埋めてあげようとしているんだよ」
「私には将来を誓った婚約者がいるわ! それに、貴方だって奥さんがいるはず……!」
そう私は抗議するが、伯爵はまた私の服を捲ろうとする。私は必死に抵抗するが、力の差がありすぎてどうすることも出来ない。
このままでは本当に犯されてしまうと思い、私は泣きそうになる。
「いやだ……助けて」
「フフ……誰も助けに来ないよ。君を助けたがる人なんていないんじゃ無いか? さあ、私のものになりなさい」
そう言われ、私は絶望する。
やっぱり、私なんかを助けてくれる人はいなくて、これから私はこの男に汚されるのかと思うと涙が出てくる。
「ロイ……」
私は目を閉じ、愛しの恋人の名前を呟き諦めた時だった。
バンっと大きな音を立てて部屋の扉が開かれ、真っ暗だった部屋にまばゆい光が差し込んだ。伯爵は何だと扉の方を向くと扉の方から一本のナイフが飛んでき、伯爵の肩に直撃した。
「ぐあああッ……!」
伯爵はそのままベッドから転がり落ち、床でのたうち回る。コツコツ、と誰かが部屋に入ってくる音が聞える。そして、その音がピタリと止み私は顔を上げる。
「その汚い手で俺の大切な人に触れないでください」
「ロイッ!」
その声を聞き、私は思わず涙が溢れた。
これは夢? と私が何度も瞬きをしていると、部屋に入ってきたロイは私に来ていた上着を被せてくれた。床にはあの狐のような仮面が落ちているのを見て、ああ矢っ張りと私は胸をなで下ろす。
そして、ロイは私の方を見て微笑みかけるとすぐに伯爵の元へ歩いていく。
私はそんなロイの後ろ姿を見ていると、伯爵が怒り狂って叫び出す。だが、ロイは動じず淡々と話し始める。その声は感情がこもっていないように思えたが、怒りや殺意を孕んでいるようで私の背筋はゾッとする。
「俺だけでは飽き足らず、俺の大切な人にまで手を出して……どういうつもりですか?」
「貴様あああ!汚れた血の化け物めッ……! 強力な毒だったというのに、何故動けている……!? 解毒薬はここに……」
「貴方には関係無いことです。はあ……煩いですね。その口切り落としましょうか?」
「……ひいいッ!」
そう言ってロイはどこからか取り出した短剣をチラつかせる。
伯爵はさっきの態度とは一変し、がたがたと震えだしナイフが刺さった肩を押さえなから後ずさりする。
「ゆ、許してくれ!」
「……それ、俺じゃなくてシェリー様に言って下さいよ。まあ、言ったところで俺が許さないので意味ないですけど」
ロイはそう言って私を強く抱きしめた。
抱きしめられただけで安堵し、その温もりにずっと浸っていたくなる。
ロイはそんな私を見て安心したのか伯爵に向き直り、ナイフの先端を伯爵に向けた。逃げ場を失った伯爵は懇願するように頭を床に擦る。
「何でもする、何でもするから許してくれ。ここに解毒薬だって!」
「何でもするなら、死んでくださいよ。不快です……ですが、貴方のやったことは死だけでは償えない」
と、ロイはナイフを握り伯爵を殺そうと振りかざしたが私は待ってとロイをとめた。
ロイは、何故? と言ったような表情で私を見る。しかし、そのワインレッドの瞳にはもはや殺意と怒りしかなく私でとめられるのかと不安になる。
だけど、私はロイが感情にまかせて人を殺すところを見たくない。この人がどれだけの罪人であっても、法で裁かれるべきだと。
「殺しちゃダメ、ロイ」
「何故ですか?」
「……この人は法で裁かれるべき……だし、ロイが人を殺しているところ、見たくない」
そう私が言うと、ロイは下唇から血が滴るほどギュッとかみ、分かりました。とナイフをおろす。
それにほっとしたのか伯爵は顔を上げるが次の瞬間、ロイの蹴りが伯爵の顔面に直撃し、彼は壁へ強く打ち付けられた。
「……今回はこれで許します。もう、二度と俺たちの前に現われないでください」
と、ロイは言い放ち泡をふいて気絶してしまった伯爵を見下ろした。
いささか、これもやり過ぎなのでは? と思ったが、彼なりに抑えたのだろうと私は思い、ありがとうと感謝を述べようとしたとき、ロイはふらっと私を支えていた腕を放し横に倒れた。
「ろ、ロイッ!?」
倒れたロイに駆け寄ると、彼の額には汗が滲んでおり苦しそうな表情でうなだれていた。
もしかすると、無理をしてここに来たのかも知れない。と私は察し、会場にいたカーディナルを呼びロイを運びつつ警備隊を呼び、この会場にいた貴族達を全員取り押さえたのであった。
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