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第3章 一難去ってまた一難

01 そういう知識に疎くてすみません

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「マスター彼女に、カクテルを」
「ロイからお酒を私に頼んでくれるのって初めてじゃない?」
「そういえば、そうですね」
「何かいいことでもあったの?」


 私と彼しかいない静かなバーで、年下の護衛騎士であり恋人である、ロブロイ・グランドスラムことロイは私の隣に座り、マスターにカクテルを頼むと私の方をじっと見つめてきた。バーの独特な雰囲気と、淡いオレンジ色の光を反射し、彼のワインレッドの瞳はいつもより輝いて見える。
 そしてその綺麗で熱を帯びた瞳で見つめられれば、私は彼に見惚れてしまうのだ。目が離せなくなる、まるで魔法にかけられたかのように。
 そうして、ロイを見つめているとバーのマスターが、こちらエンジェル・キッスです。と生クリームらしきものが乗った茶色のカクテルを私の前に差し出した。
 一口飲んでみると、飲みやすくてチョコレートの甘さが口いっぱいに広がる。生クリームがまろやかさを引き立て、口いっぱいにカカオが広がるようだった。でもアルコール度数は高そうだ。


「美味しい」
「それは良かったです。シェリー様に合うと思って」
「ありがと……ロイも何か飲む?」


 彼は私が差し出したグラスを見て、首を横に振った。遠慮しているのだろうか。と思ったが、そうではないらしい。前までは、一緒に並んで席に座るなんてこと無かったのに、今彼は隣に座っている。それは、彼が護衛としてではなく恋人として私の隣にいると言うことだと、私は思った。
 私は、ここは格好良く決めなければとマスターに、自分の名前と同じシェリーカクテルを頼んだ。
 暫くして、シェリーカクテルが何故か私の前に差し出される。


「飲まないの? も、もしかして迷惑とか、嫌だったりした?」


 ロイは目を丸くしたままカクテルと、私を交互に見てそれから大きなため息をついた。


「の、飲まないなら私が飲むね!」


と、何か余計なことでもしただろうかと、私がロイの顔をのぞき込もうとすると、彼は私の頬に手を添えそのまま唇を重ねた。

 突然の出来事に私は頭が真っ白になる。
 ちゅっとリップ音を鳴らしながら、何度か角度を変えてキスをされやっと解放されたかと思うと、ロイは欲情した目で私を見た。そして、また唇を重ねようとするものだから、私は慌てて手でガードする。


「え、えと、えっと、ロイ……!?」
「誘ってるんですか?」


 いやいや、そんなつもりは無いんだけど……と言いたかったのだが、マスターがコソッと私に耳打ちした。
 シェリーを女性が頼み、飲むとはどういう意味なのかと。それを聞いた瞬間、顔が赤くなるのを感じた。そんな私の様子を見ていたロイは、嬉しそうな表情をする。
 どうしよう、完全に誤解されてる気がする。い、いや確かに別に、嫌ではないけど!
 シェリーカクテルには、"今夜はあなたにすべてを捧げます"という意味があるらしく、女性がそれを飲むと言うことは男性側にとってそのOKという意味らしい。
 だから、マスターが勘違いしたのか……! 名前がシェリーだったからつい頼んじゃったけど!


「分かってますよ、シェリー様はそういうの疎いですもんね」
「ば、馬鹿にしてるの。ちょっと知らなかっただけじゃない」
「俺以外の人と飲んでいるときに、飲まれたらたまったもんじゃないです」


 ロイは私の髪を撫でると、そろそろ戻りましょうかと言って席を立った。私は待ってと言うように、彼を呼び止める。一瞬また彼が悲しそうな顔をしたから。


「これ、飲んでから!」
「え、えっと……シェリー様それって」
「……これ飲んだら家まで帰ること出来ないと思うから、そのホテル……に」


 恥ずかしくて俯いていると、ロイは分かりました。と優しく微笑んだ。私は、シェリーカクテルを飲み干すと会計を済ませて店を後にする。
 外に出れば夜風が冷たくて、思わず身震いしそうになるが、そっとロイが私の肩を抱いてきていたローブを私にかけてくれた。


「ありがと」


 いえ。とロイは短く返事をして、私の手を握る。ロイの手は私よりも大きくて熱くて、安心できるものだった。


「ねえ、ロイは……私のこと飽きたりしない?」
「急にどうしたんですか?」
「……だって、何度も抱かれてるから……もう飽きたとか、そういうの心配になっちゃって。ほら、ロイって格好いいし、私より可愛い女の子一杯いると思うからさ」


と、つい本音がぽろりと出てしまう。これもそれもお酒のせいだと言い聞かせ、私は今のこと忘れてとロイにはにかむ。

 でも、彼は私の言葉を聞くなり真顔になって黙り込んでしまったのだ。
 もしかして怒ったのかな? と不安になりながらも、彼の言葉を待っていると、突然ぎゅっと抱き締められた。ロイの顔が見えない。でも、抱きしめられている腕の力が強くて、少し痛かった。


「俺が、不安にさせてるんですか?」


 暫くして、彼はゆっくりと口を開いた。いつもの優しい声音ではなく、どこか寂しげで辛そうだった。違う、そう言いたいのに言葉が出なくて、私はただ首を横に振ることしか出来なかった。


「ううん、違うの。ただね、私って魅力ないんじゃって時々思って。さっきだって、何も知らずに……女としてどうなのかなとか」


 そこまでいうと、彼は私の顎を掴み上に向かせると、強引に唇を重ねて舌を入れてきた。
 いきなりのことで驚いたが、拒まなかったのは、彼が私のことを好きだという気持ちが伝わってくるような気がしたからだ。
 息が出来なくなるくらい深いキスをし終えると、ロイは真剣な眼差しを向けながら言った。


「こんなにも魅力的で美しい女性なんて、シェリー様以外いません。俺は、シェリー様は魅力的だと思います。だから、そんな……」
「あはは、ごめんね。ロイ冗談、冗談。何か……でも、しらけちゃったね。ほんとごめん」


 ロイの言葉を遮るようにして、私は笑みを浮かべながら彼に謝るとその場を離れようとした。
 だが、それは叶わなかった。ロイが私の腕を掴んだから。彼は、何とも言えない表情をしながら私を見つめている。
 そんなロイに私は困ってしまって、如何したの? と聞くが、彼はいえ。と首を振るだけ。


「あ、そうだロイ。今魔女狩りとか悪魔狩り……とかが巷で騒がれているから、気をつけてね」
「……ッ」


 私が言うと、ロイは目を大きく見開いて驚いていた。瞳孔は激しく揺れ、彼は私の肩から手を離した。


「ロイ?」
「いえ、何でもないです。さあ、帰りましょう」


と、ロイは何事もなかったかのように私を抱き上げて歩き始めた。


(今一瞬、ロイ……悲しいような、怖がっているような……顔をした?)


 気のせいかな、といつも通りの彼の横顔を見て私は彼の腕の中で目を閉じた。



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