上 下
1 / 45
プロローグ

悪役令嬢シェリー・アクダクト、婚約破棄される

しおりを挟む



 憧れの、乙女ゲームの世界。大好きな推し。

 なのに、どうしてだろう。見たことのある断罪シーンを、当事者として見るとき、こんなに震え上がるのは。ゲームの悪役令嬢もきっとこんな気持ちだったんだろうなって、嫌いっていってごめん! ヒロインの邪魔しないでよ、っていってごめん! 謝るから、どうか、どうか。私を助けて。


「シェリー・アクダクト公爵令嬢。貴様との婚約はこの場を持って、破棄させてもらう!」
「え……?」


 静まりかえる会場。
 シャンデリアが輝く会場の中央で、私は、婚約破棄を告げられた。

 大好きな乙女ゲームの世界に転生して、一年。悪役令嬢に転生してしまったことは、ハズレクジを引いたものだと自分の中で言い聞かせて、一生懸命汚名返上のために頑張ってきた。言葉遣い、佇まい。誤解されないような言動……全てに気を配った。婚約者であり、推しである、攻略キャラの皇太子、ライラ・デニッシュメアリーにたいして何の粗相もなかったはずだ。なのに何故、私は断罪されないといけないのか。


(ゲームの悪役令嬢だから? 冗談じゃないわ!)


 そんなことで断罪されるなんて、あり得ない。


「で、殿下待って下さい。わ、私は何か、何かしましたか」
「貴様は、自分のしたことも理解していないのか」


 ええ、理解してませんとも。何もやっていないのですから。
 けれど、殿下は私が何かやったんだと決めつけて、私をすごい凝相で睨んできた。光を帯びて輝く黄金の髪。美しい碧眼。低く響くテノールボイス。その全て最高に格好良くて、大好きなのに、こんなのってあんまりだと思う。
 殿下の腕の中で抱かれた、桃色髪の少女はしくしくと泣いている。私は、彼女に何かした記憶は無い。少女、このゲームのヒロイン、キール・スティンガー聖女に。


「殿下、大丈夫です。私は、大丈夫なので」
「いや、お前が許せても、俺は許せないんだ。俺の大切なキールを傷付けたのだから」
「殿下っ」


と、何故か二人で甘い空気を創り出して、それを当てつけのように私に向かって見せつけてくる。

 ひしっと、殿下に抱き付いて、ヒロインは身体を震わせていた。で、結局私が何をやったのか、全然教えてくれないのだ。酷い話だと思う。本当に。


「それで、殿下、私が何をしたと」
「少しは、自分の頭で考えられないのか」
「ですから、私は何もしていないのです」


 そう、私が必死に言っても、殿下の怒りは収まらないようで、ずっと睨み続けられている。もう、この人には話が通じないと、私は、サッと彼に冷めてしまった。
 私の一年は結局何だったのかと。無駄だったのかと。
 殿下の好きな色に、ドレスに身を包んで、いつも以上に張り切ってきたのに、こんなのってあんまりだ。努力なんてするだけ無駄だと言われているようなものだと思った。
 私は泣くのを必死に堪えて、ドレスの裾をギュッと握りしめた。ここで泣いたら、また笑いものにされるだけ。泣き脅しなんて卑怯者のすることだといわれるだけだと、分かっていたから。この会場にいる人達が、どれだけ私の事を信用しているか分からないし、きっと一年ちょっとじゃ、私の印象は変わらないんだけど、それでも、それでも私は――


「分かりました、殿下。その……婚約、婚約破棄……受け入れます」
「やっと、自分の罪を認める気になったか。ならば、今すぐこの場から立ち去れ。今すぐにだ」


 追い打ちをかけ、殿下は早く行けといわんばかりに片腕を前につきだした。
 もういらない、用済みだって。そういわれているような気がして、私は今度こそ耐えられなくなって、会場をあとにする。いつか一緒に歩きたかったレッドカーペット。私は銀幕のスター達を背中に、舞台から降りるしかなかった。悪役の出番はここまでだと。


「あっ」


 走る途中、白いテーブルクロスの敷かれた机に脚を引っかけ、真っ赤なワインがドレスに引っ繰り返った。ぽたぽたと、滴るワイン。もう、最悪、厄日だと。私は、汚れたドレスなんて気にせずに走る。誰もいないところへ。
 そうして、皇宮の大階段を走って降りれば、またそこでこけそうになる。結構上段だったから、落ちたら怪我を、最悪死ぬかも知れないと、私は覚悟する。でも、まあ、良いかなって……そう思っちゃって。


(どうせ、こんな悪役シンデレラを追いかけてくれる王子様なんていないわよ)


 私がそう自傷気味に笑えば、ぐいっと私の腰を誰かが抱いた。


「シェリー様」
「……え」


 煌びやかな皇宮を背に逆光になった彼を、見て私は目を丸くした。そこにいたのは、大好きな推しではなかったけれど、私を唯一信頼してくれていたたった一人の護衛騎士、ロブロイ・グランドスラムだった。


「ロイ?」


 見間違いかも知れないけれど、彼は、少し熱っぽい目で私を見下ろしている。その熱に、私はお酒に酔ったように、身体がポッと熱くなった気がした。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】夢見たものは…

伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。 アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。 そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。 「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。 ハッピーエンドではありません。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!

Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...