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プロローグ
悪役令嬢シェリー・アクダクト、婚約破棄される
しおりを挟む憧れの、乙女ゲームの世界。大好きな推し。
なのに、どうしてだろう。見たことのある断罪シーンを、当事者として見るとき、こんなに震え上がるのは。ゲームの悪役令嬢もきっとこんな気持ちだったんだろうなって、嫌いっていってごめん! ヒロインの邪魔しないでよ、っていってごめん! 謝るから、どうか、どうか。私を助けて。
「シェリー・アクダクト公爵令嬢。貴様との婚約はこの場を持って、破棄させてもらう!」
「え……?」
静まりかえる会場。
シャンデリアが輝く会場の中央で、私は、婚約破棄を告げられた。
大好きな乙女ゲームの世界に転生して、一年。悪役令嬢に転生してしまったことは、ハズレクジを引いたものだと自分の中で言い聞かせて、一生懸命汚名返上のために頑張ってきた。言葉遣い、佇まい。誤解されないような言動……全てに気を配った。婚約者であり、推しである、攻略キャラの皇太子、ライラ・デニッシュメアリーにたいして何の粗相もなかったはずだ。なのに何故、私は断罪されないといけないのか。
(ゲームの悪役令嬢だから? 冗談じゃないわ!)
そんなことで断罪されるなんて、あり得ない。
「で、殿下待って下さい。わ、私は何か、何かしましたか」
「貴様は、自分のしたことも理解していないのか」
ええ、理解してませんとも。何もやっていないのですから。
けれど、殿下は私が何かやったんだと決めつけて、私をすごい凝相で睨んできた。光を帯びて輝く黄金の髪。美しい碧眼。低く響くテノールボイス。その全て最高に格好良くて、大好きなのに、こんなのってあんまりだと思う。
殿下の腕の中で抱かれた、桃色髪の少女はしくしくと泣いている。私は、彼女に何かした記憶は無い。少女、このゲームのヒロイン、キール・スティンガー聖女に。
「殿下、大丈夫です。私は、大丈夫なので」
「いや、お前が許せても、俺は許せないんだ。俺の大切なキールを傷付けたのだから」
「殿下っ」
と、何故か二人で甘い空気を創り出して、それを当てつけのように私に向かって見せつけてくる。
ひしっと、殿下に抱き付いて、ヒロインは身体を震わせていた。で、結局私が何をやったのか、全然教えてくれないのだ。酷い話だと思う。本当に。
「それで、殿下、私が何をしたと」
「少しは、自分の頭で考えられないのか」
「ですから、私は何もしていないのです」
そう、私が必死に言っても、殿下の怒りは収まらないようで、ずっと睨み続けられている。もう、この人には話が通じないと、私は、サッと彼に冷めてしまった。
私の一年は結局何だったのかと。無駄だったのかと。
殿下の好きな色に、ドレスに身を包んで、いつも以上に張り切ってきたのに、こんなのってあんまりだ。努力なんてするだけ無駄だと言われているようなものだと思った。
私は泣くのを必死に堪えて、ドレスの裾をギュッと握りしめた。ここで泣いたら、また笑いものにされるだけ。泣き脅しなんて卑怯者のすることだといわれるだけだと、分かっていたから。この会場にいる人達が、どれだけ私の事を信用しているか分からないし、きっと一年ちょっとじゃ、私の印象は変わらないんだけど、それでも、それでも私は――
「分かりました、殿下。その……婚約、婚約破棄……受け入れます」
「やっと、自分の罪を認める気になったか。ならば、今すぐこの場から立ち去れ。今すぐにだ」
追い打ちをかけ、殿下は早く行けといわんばかりに片腕を前につきだした。
もういらない、用済みだって。そういわれているような気がして、私は今度こそ耐えられなくなって、会場をあとにする。いつか一緒に歩きたかったレッドカーペット。私は銀幕のスター達を背中に、舞台から降りるしかなかった。悪役の出番はここまでだと。
「あっ」
走る途中、白いテーブルクロスの敷かれた机に脚を引っかけ、真っ赤なワインがドレスに引っ繰り返った。ぽたぽたと、滴るワイン。もう、最悪、厄日だと。私は、汚れたドレスなんて気にせずに走る。誰もいないところへ。
そうして、皇宮の大階段を走って降りれば、またそこでこけそうになる。結構上段だったから、落ちたら怪我を、最悪死ぬかも知れないと、私は覚悟する。でも、まあ、良いかなって……そう思っちゃって。
(どうせ、こんな悪役シンデレラを追いかけてくれる王子様なんていないわよ)
私がそう自傷気味に笑えば、ぐいっと私の腰を誰かが抱いた。
「シェリー様」
「……え」
煌びやかな皇宮を背に逆光になった彼を、見て私は目を丸くした。そこにいたのは、大好きな推しではなかったけれど、私を唯一信頼してくれていたたった一人の護衛騎士、ロブロイ・グランドスラムだった。
「ロイ?」
見間違いかも知れないけれど、彼は、少し熱っぽい目で私を見下ろしている。その熱に、私はお酒に酔ったように、身体がポッと熱くなった気がした。
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