一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第3部4章

06 新婚旅行

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 結婚してから変わったことはたくさんあるが、一番変わったことといえば、彼が頻繁に私に会いに来なくなったことだろうか。会いに来なく、というと語弊があるので、正しくは、会いに来ることができなくなったといっておこう。何せ彼は帝国をしょって立つ皇帝陛下だから。やることは、皇太子の時と比べ物にならないくらい多い。彼は執務室にこもって書類作業から、会議に出席、フルーガー王国の今後について、国土を広げるか問題、交易……もう叩いたら叩いた分だけやることが出てきて、叩き潰せない状況らしい。もともと書類仕事や堅苦しいことが嫌いな彼にとって苦痛でしかない日々だろうが、彼が甘えてきたら私はすぐにでも彼にこたえられるようにと心に余裕を作っているつもりだ。といっても、私も皇后としての仕事はそれなりにあるわけで……


(会いたい、な……)


 前世だったら、結婚したら~とか緩くしか変わらなかっただろうが、この世界に緩さはない。まあ、規律やルール、責任といったものはどこの世界にいても何かしら付きまとうわけで、それが大きいか小さいかの問題である。
 けれど、彼との時間が取れないのは悲しくて、夜の営みも、子孫を残すための行為というふうにみられるのも少し重く感じる。今のところ子供が誕生する様子はない。この世界に不妊治療があるのか、また、種無しとか子供ができない体だとか調べるすべがあるのかはわからないが、早くに子供を残さなければ側室を……とも声が上がるかもしれない。とにかく、国の存続にかかわる問題でもあるので、軽視できないのが現状だ。


「はあ……」


 午前の仕事を終え、ようやく一息つける、と私はだらしなくソファに沈み込む。公爵邸にもずいぶんと帰っていないし、顔くらいは見せたいものなのだが、それも考えられないくらいに忙しかった。この忙しさはいつまで続くだろうか。先の見えない多忙にうんざりするが、自分の決めた道。少しでも、陛下が楽になれるよう死力を尽くしてでも業務をこなすのが正しい在り方だ。
 あと数分休んだら午後の仕事にとりかかろう、と目を伏せたときだった。あわただしく廊下を走る音が聞こえたと思いきや、ノックもなしに扉が開かれた。
 いきなりのことで、つかの間の休息を邪魔したのは誰だと睨みつけようと顔を動かせば、鮮やかな真紅が目に飛び込んできた。


「あ、アイン!?」
「ロルベーア」


 どことなくうれしそうに息を弾ませ、勢いよく開けた扉はゆっくりと静かにしめ、彼は部屋の中へずんずんと入ってくる。
 こんなだらしない姿見せたくないと背筋をただそうと思ったが「そのままでいい、疲れているだろ?」と彼の言葉に甘えて、私はソファに沈み込んだまま彼を見上げた。


「何ですか、アイン。妙にうれしそうですが」
「ああ、休みをもぎ取ってきた」
「や、休みを? というか、陛下に休みとかいう概念があるんですか?」
「ロルベーアは俺を過労死させたいのか?」
「いえ、そういうわけでは……」


 その有給制度みたいなのがあるのが不思議だったが、何はともあれ、彼が休みをもぎ取った、というのは本当らしい。それを疑ったとして何にもならないし、休み、休みかあ……と私は、いったい何日の休みが取れたんだろうな、とつまらないことを考えながらもう一度陛下を見る。
 走ってきたのか息が上がっている。それか、休みをもぎ取れたことに興奮しているのか。夏の暑さもあって、髪をお団子にしている彼の髪はいつも通り赤々としている。どう手入れしたらそんな美しさを保てるのか秘訣を聞きたいところだったけれど、多分彼はそこまで気を使っていないんじゃないかという結論に至ってやめた。


「それで、休みをもぎ取ったという報告をしに来たんですか?」
「ああ、ロルベーアの分もな」
「へえ、私の……私の分も!?」


 陛下の発言に私は思わず前の目になって聞き返した。疲れが吹き飛ぶような衝撃は存在するんだ、なんて思いつつも、なぜ私の休みまで? そんなこと、皇帝陛下だからできるの? とよくわからない、どうつながりがあるのかわからない彼の発言に私は混乱するしかなかった。
 彼だけ休みがあって、私が休みがないのであれば、そしたら二人で休めないし……とも思ったりしなかったわけではない。
 陛下の行動力に驚かされ、私は彼を見つめるしかなかった。


「ああ。これまでよく頑張ってくれたからな。それに、前に約束しただろ?」
「な、何をですか?」
「忘れたのか? 新婚旅行の話だ。帝国には一応そういう文化がある」
「は、はあ」


 新婚旅行に行きたいという話は確かにしたが、それを覚えていてくれたなんて。かれこれ一年前の話になるが。


(私だって、忘れていたわけじゃないけれど……)


 忙しくて行くことはできないんだろうなと心のどこかであきらめていたところはあった。結婚式を挙げられたことで、満足していたというのもあって、まさか彼から言い出してくれるなんて思ってもいなくて、驚きが隠せない。
 そのために休みを取ったのだと、すべてがようやくつながって、すとんと何かが落ちたような気分になった。


「新婚旅行……」
「海に行きたいといっていただろ?」
「は、はい……そんなことまで覚えていてくれたなんて」


 私がそういうと、当たり前だろ? と彼は何をいまさら、とでも言わんばかりの顔で見てきた。彼にとって、私との会話はすべて記憶すべき大切なことなのだと、そういっているようでうれしくなる。私だって忘れているわけじゃないんだといいたいけれど、これには驚きを隠せなくて、喜びと、急に舞い込んできたその話に落ち着いていた心が加速する。
 あきらめていたもの、もっと言えば心の中にしまっていたものを掘り起こしてもらってそれに興奮が抑えられない感じだ。
 海に行きたい。二人だけで……でも、現実はそんな簡単ではないのだ。皇帝と、皇后――二人だけの外出が許されるわけもない。でも、邪魔しないようにと護衛してくれるだろうし、そこは問題ないのか。


(今から、そんなことを考えても無駄よね……)


 楽しむために行く、夫婦水入らずで。


「それでどうだ? 一緒にいってくれるか?」
「もちろんよ。とても楽しみ」
「そうか、そういってくれるならうれしい」
「サプライズのつもりでした?」
「まあ、少しはそうだな。だが、一人で勝手に決めたことを怒られないかと思った」


 と、陛下は旬と耳を下げた犬のように私に聞いてきた。サプライズという意味ではとても成功した音もう。何せ、思いもしなかったことなのだから。けれど、陛下の言った通り、一人で勝手に決めた、というのは少しいただけないかもしれない。だって、きっと彼の中にプランとかいろいろあって、それを仕事の合間合間に考えてくれたということだから。一人で決めさせてしまって申し訳なさと、歯がゆさを覚えた。一緒に決めたいって、それこそわがままな気もするけれど。


「いいえ、怒ってないわ。だって、アインらしいんだもの」
「そういってくれると助かる。場所だが……ゲベート聖王国と、帝国の間にある小島になるが」
「そんなところがあったんですね」
「ロルベーアは地理は弱いからな」
「放っておいてください! 帝国の領地内……」
「ああ、皇族が持つ別荘のうちの一つがあるところだ。本当ならば、外国にとも思ったが、治安が良くないからな。あと、俺たちの身分で勝手に動くのは国が心配する」
「そうですね。でも、楽しみですよ。二人で海なんて……ふふ」


 想像するだけで楽しくなってくる。
 皇族が持っているいくつかの別荘のうちの一つがある小島。無人島のようなものなのだろうか。プライベートビーチということだろうか。
 行ってみなければわからないが、陛下がそこを選んだということはきっといい場所なのだろう。


「ありがとう、アイン。とっても楽しみよ」
「俺も、久しぶりにロルベーアと一緒にいられる時間が取れて、幸せだ。いい思い出にしような」


 こつんと額をぶつけて微笑みあう。お互い突かれていたから触れるくらいにやさしいキスにとどめて、指を絡ませあって笑った。また一つ、私の、私たちの夢がかなうと、ちょっと先の楽しい未来を想像しながら私たちはちょっとの間仮眠をとることにした。


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