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第3部4章
01 公女としての最後の夜◇
しおりを挟む暖かい光のアロマキャンドルがたかれた部屋。胸元の開いた寝着に身を包んだ彼は、ベッドサイドに腰を掛けて私を待っていた。深紅の髪ははらりと白いシーツの上に広がっている。
「でん……」
「陛下だろ。即位式はもう終わったはずだが?」
「すみませんね、慣れてないので。陛下……これでいいですか?」
「名前でいいだろう、普通に」
「いえ、癖をつけておかなければならないので。私が表に出るときに、アイン、なんて呼んだら私が軽い女に見られますし、陛下の威厳にも関わりますが?」
「はあ、まあそういうことにしておこう……だが、二人きりの時は名前で呼んでもらえると嬉しい。さみしいだろ」
と、最後には消えそうな声でそういうと、私を見た。親に叱られたような子供の顔をして、殿下……あらため陛下は私に許しを請いている。起こっているわけじゃなくて、ただ反論しただけなんだけど……そう思いながらも、私は彼の名前を呼ぶ。すると、わかりやすく彼は顔をほころばせ、お礼と言わんばかりに私の名前を呼んだ。
「でも、本当にここ一か月は目まぐるしくて、倒れそうでしたよ。よく頑張りましたね、陛下」
「俺だけじゃないだろう。ロルベーアも……」
「はい。明後日が結婚式とか考えられません」
「……う、そうだな」
「何ですか、乗り気じゃないんですか?」
「いや、うれしくてだな。だが、お前のウエディングドレス姿をほかの奴らも見ると思うと、こう、なんというかな……」
陛下は言いにくそうにそう言って私に、な! と同意を求めてきた。反んなのでどうすると思ったしそれは、仕方がないことだろう。国民に私たちが夫婦になることを認めてもらわなければならない。祝福も……
ヴァイスを打倒し、フルーガー王国との長きにわたる冷戦、および時間にすれば短い戦争を終わらせ私たちは帝国に帰ってきた。戦争終結後、殿下が率いてきた軍隊の前に顔を出すのはちょっと気が引けたのだが、私を見た途端みんながみんな安堵したように、そしてお帰りなさいといってくれた。私が邪魔者でもなく、そして数年前まで悪女と噂されていた女だったのにもかかわらず、心配してくれていたことにとても胸がいっぱいになった。陛下の隣にいてもいいと、また陛下の隣は私しかいないとそう言ってくれて、認めてくれて……私はなんて返したらいいかわからなくなった。ただ胸がいっぱいになってまた彼らの前で泣いてしまい、困らせてしまったのはまた別の話だが。
それから、帝国に戻り戦争の英雄として陛下はたたえられ、前皇帝陛下から皇位を譲り受け、正式な即位式を執り行ったうえで彼は皇帝の座に就いた。彼がずっと目指していたものの一つがかなえられたその瞬間に私は立ち会えたのだ。新たな皇帝の誕生。それは想像以上に祝福され、皆が皆、陛下アインザーム・メテオリートを祝福し、皇帝だと認めたのだ。
戦争の英雄、戦闘狂、女嫌いで愛も恋もくそだと思っていた男、恐れられていた男がここ三年の間にその印象を変え、彼以外皇帝は考えられないとまで言わしめたのだ。
そんな即位式もすませ、私たちは次に結婚式をようやく上げることになった。前々からどうすると日取りをふんわりとだが決めていたのに、殿下が襲撃され、そして戦争終結、即位式の後となってしまったのだが、まあようやくこちらも決まり、即位式から一か月半ほどかかりながらも明後日に結婚式が執り行われることとなった。
私も公女ではなく、皇后になるのだ。
「本当に夢みたい……今でも信じられないわ」
「夢か。確かに、ここまで来るのにずいぶんと時間がかかったしな」
「そ、そうじゃなくて」
「何だ?」
と、殿下は首をかしげる。
夢、というか、陛下は知らないかもしれないし、これは一生いうつもりはないのだが、転生して、初めはあきらめて一年の寿命好きなように生きると決めていたのに、彼に執着されて、番としての役割というか、彼とかかわっていって好きになって……こんなふうになるとは思わなかったのだ。悪役令嬢に転生した時点で積んでいた人生が、どうしたらこんなふうに逆転できるのか。今でも信じられないことで、それこそ夢みたいに思う。けれど、これが現実なのだと、そんな温かさに包まれて、私は陛下を見る。
「いいえ、陛下が……アインと一緒になれたことが嬉しいって話です」
「何だそれは。そうだな、俺も……」
何かを言いかけて、彼は自分の口をふさぐように私に唇を押し当ててきた。あれから一度もキスはしていない。半年ぶりのキスだと、感慨深くなり、性急に入ってきた舌に合わせ、私は彼を求めるように舌を絡めた。
「ん、アイン……愛してる……」
「ああ」
額を合わせて、二人で微笑みあうと私はもう一度彼に向かって言う。私を見つめる彼の目にはまた熱がこもっていき、そして私もそれは同じだった。
久しぶりのキスで、彼の体温も味もすべて忘れてしまっていたような気もしたけれど、なんてことない。そんなことはなかった。
「久しぶりですね」
「そうだな。なんだ、その不満そうな顔は」
「いえ。久しぶりだったので、びっくりしたのもそうだけど……そうね、もっとロマンチックが良かったわ」
「注文が多いな。まあ、そういうところが愛おしいが……」
「どうしたの?」
陛下は私の服を流そうと伸ばした手をぴたりと止めて私を見た。どうしたのかと首をかしげていれば、陛下は改まって私のほうを向きなおした。
「いや、公女を抱くのはこれで最後かと思ってな」
「え……?」
「ああ、勘違いするな。公女を、だ。明後日には俺の妻になるだろ? 婚約者から妻になるんだ。公爵家のご令嬢ではなくなる……という意味だ」
「え、ええ、まあ」
なんとなく彼の言いたいことが理解できた。ロマンチックでもないし、ムードという意味でもまったくなってもなかったけれど、それでも、確かに、と一理あると思った。
明後日には私は彼の婚約者から妻になる。私が彼を殿下ではなく、陛下と呼ぶようになったように、もう彼に公女と呼ばれなくなるのだと、少し寂しい気もしたが、じきにそれも慣れるだろうと思った。
陛下は言い終わると、ゆっくり私を押し倒した。彼の真紅の髪のカーテンが私の顔を外から見えないよう覆い隠す。私の銀色の髪に溶けていくその紅は、とてもきれいで、よく映える。
「記憶が戻ってから、こうしてゆっくりロルベーアと過ごす夜は初めてだな。そして、お前を抱くのも……」
「そうね。先に言っておくけれど、もうあんなことはしないからね?」
「あんなこととは?」
と、わかったようににやにやと聞いてくる陛下。私に言わせようとしているのがまるわかりで、私は「あんなことです!」といって顔をそらせば、彼はくすくすと笑ったように「意地悪して悪かったな」といって、私の首筋に唇を這わせた。チュッと、耳の下でなるリップ音。そして、次のキスはチクリとした痛みが走り、私は陛下を見上げる。
「ちょ、ちょっと、ここはウエディングドレスで隠れない場所じゃ!」
「いいだろ? 俺のものだっていう牽制になる」
「さすがに、皇帝陛下の妻に手を出す輩はいないのでは?」
「だが、ロルベーアは無自覚に男を誘惑するからな。強引に風呂場に……」
「ああっ! もう! 陛下!」
悪かったと謝ったうえで、また私をからかうんだからひどい、と私が陛下の胸を殴れば、ふはっと噴き出したように彼は笑った後、私の手を掴み、自分の心臓の音を聞かせた。それは、通常よりも早く脈打って、ドキドキとその鼓動が伝わってくる。顔には出ていない、そんな彼の内なる熱が伝わってきた気がして、私はドキリと心臓を飛び跳ねさせる。
「そろそろいいか? 俺ももう我慢の限界なんだ」
「……いい、って言わなくても貴方はどうせ私を抱くでしょうに」
「それでも、お前にいいって言われたい。同じ気持ちだってそう、思いたいんだ」
優しく私の手のひらにキスを落とす。彼の薄い唇が掌にふにっと当たり、私は何とも言えない気持ちになる。ちゅ、ちゅっと、彼は掌、額、頬、とキスの雨を降らせ、丁寧に私の服を暴いていく。それは腫物を扱うように丁寧だったのに、ものの数分ですべてを剥ぎ取られてしまうのだから彼の手際の良さには頭が上がらない。私だけ裸にされて理不尽ではないかと見上げれば、彼は「待てもできないのか?」と悪い笑みを浮かべながら自身の服を脱ぎ捨てた。その体はやはり何度も見てきているのに、何度だって直視するのが恥ずかしくて目をそらしてしまう。厚い胸筋も、痛々しい傷も、割れた腹筋も……陛下のすべてを目の前にさらけ出されて、どんな気持ちで彼を見ればいいかわからなくなってしまう。
「お前は、本当に初心だな。いつまでもそのままでいろ」
「い、いえ、いつまでもって!」
「ああ、でもたまに大胆な……」
「もう、それ擦るのやめてください!」
よほど、彼の中であのお風呂での一件が気に入ったのだろう。今思い出しても、なんであんなことしたのか過去の自分を殴りたいくらいだ。体は覚えている、だったら体だけでも求めてもらおうなんて、あさましいにもほどがある!
しかし、それもまた一つの思い出として昇華されるのであれば私は……
「い、から……早く、触ってください。私も、我慢の限界です」
「……っ、そうだな。俺もだ。ははっ、一緒の気持ちだな」
と、どこまでもうれしそうに彼は言って、今度は触れるだけのキスを唇に落とす。しかし、その優しさとは対照的に私の胸をもむ手は卑猥で、外側からも揉みあげるようにつかむと、今度は胸の先端を弾いた。緊張と期待で昂ったそこは彼の指の腹ではじかれるだけでも大きな刺激を受け、腰が浮く。それを楽しそうに陛下は見つめ、人差し指と親指でつまむとこねくり回した。
「へい、かっ……」
「名前で呼べと、あれほどいったのに。ああ、じゃあ、俺も公女と呼ぼうか?」
「いやっ、アイン、名前でっ」
「ふっ、どっちなんだ。ロルベーア」
胸への刺激もそこそこに、彼の手は下へ降りていき、すでに濡れている割れ目にぴたりと充てられた。早く早くと思って腰を動かせば、彼の指を飲み込んでしまった。自ら彼を招き入れてしまった恥ずかしさで顔を上げれば、陛下はうれしそうに私を見つめてくいっと中で指を曲げる。
「あっ、ああっ」
「本当に俺の指が好きだな」
「指、だけじゃないので……もう」
「そういうところが、愛おしい」
二本と増やした指は私の中を暴いていく。狭い入り口を思い切り開くように陛下は指を左右に広げ、胸を刺激していた指はいつの間にか、私の一番敏感なところを刺激し始めた。親指でぎゅっとあて、そして指の腹でくるくると円を描くように動かされる。その刺激は強すぎて、私は素直にあえぎ声を止められなくなる。
「ああっ、だ、そこ、だめっ……さわっちゃ……」
「相変わらず、かわいい声で鳴くな」
陛下は私がいやいやと首を振るが聞こえないふりをし、執拗に一番敏感な部分を指で弄ってくる。中も外もぐちゃぐちゃにされて理性を保てないほどだった。やだやだと声をあげるがそれは彼の加虐心を煽るだけで、私が本当はいやじゃなくて、もっと触ってほしいと知っているからこそその指を止めなかった。
私ばかりが気持ちよくなっている、けれど、陛下は前戯を楽しそうに続け、そしてようやく指を引き抜くころには、私の腰は絶えずぴくぴくとはねて、何度も甘く達していた。けれど、まだ足りないとパクパクと蜜を垂らし彼を誘惑している。
「本当に、ロルベーアは、美しいな」
「アイン、そろ、そろ……」
「ああ。すっかり出来上がったしな、これなら数か月ぶりに入れても大丈夫だろう」
「私を気遣ってくれていたと?」
「半分な。まあ、もう半分はロルベーアの反応が楽しくついつい長く弄ってしまったが、大方そうだ。ロルベーアを傷つけたくないからな」
と、陛下は言いつつも、がくがくと震える足を左右に開かせ、己の昂ったそれを私に掲げるように見せつけ、蜜口に当てる。
「あ、ああ」
「ロルベーア、愛してる」
彼は私の名を呼んでから、ゆっくりと私の中へ押し入ってきた。その質量は指とは比べ物にならないほどで、私は思わず声を漏らす。しかし、彼の昂ったそれは止まることを知らないのかどんどん中へと押し入り、そして一番奥の壁まで到達したのを中で感じると、私は彼が入ってきているであろうところをお腹の上からさすった。
「アインっ……」
「なんだ?」
「……キスして……ほしい、です……」
「もちろん」
陛下は私を抱きしめキスをくれた。何度も角度を変えて彼は私の中に入っていく昂りをもっと奥へと進めてこようと腰を打ち付けるが、そのたびに私は喘ぎ声をあげそうになる。けれど、彼が唇でふさいでいるから、声は漏れずに苦しくて幸せそうな息となって漏れるばかりだった。
「アインっ、好きっ……愛してるっ」
「俺もだ。愛している、ロルベーアっ」
「もっと、もっと、私をっ」
「いくらでもやる。俺のすべては、ロルベーアのものだからな!」
彼は遠慮なく私の最奥を突き上げていく。そのたびに私は何度も達してしまい、気が遠くなるような感覚を覚えながら彼の背中に爪を立てた。その刺激で彼もまた私の中で果てたが、すぐに形を取り戻して腰を打ち付ける。私が何度果てても敏感になった体を無理やり快感へと堕とされるように、そしてそれが気持ちいいのだと彼に教え込むように責め立てられるのだった。
そうして、幾度目かの絶頂の後、彼は私の中に一滴残らず吐き出し、ゆっくりと腰を引いて出ていく。
乱れたシーツの上に沈んだ私の横にゴロンとその大きな体を寝ころばせ、陛下は私の顔に張り付いた髪を払った。
「あ、いん……」
「いつか、お前との間に子供ができるといいな」
「私と、アインの?」
「ああ……」
陛下は子供嫌いではなかったのだろうか。それとも、私との間にできる子どもだから?
何よりも、陛下が子供を願ってくれたことが嬉しくて、私も心のどこかであきらめていた結婚生活、子育て、という願望がちらりと顔を出し、重い瞼を開いて陛下を見た。今はまだ、避妊魔法をしていて、それが解かれるのが結婚式の夜なのだ。そうしたら、もしかしたら陛下の間に子供をなせるかもしれないと。そんな期待を胸に、眠気から遠のいていく意識の中、はっきりと彼の「おやすみ」という優しい声を聴いた後、私は目を閉じ眠りについた。
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