上 下
116 / 128
第3部3章

08 決着

しおりを挟む


 ああ、彼の記憶は戻ったんだ。
 そう思った瞬間先ほどとは違う意味で涙があふれ出した。もし彼の記憶が戻らなかったら……そう思って眠れない夜を過ごした。彼の記憶を取り戻すために裏切りのような行為をして彼から離れた。そして、数か月後、記憶を取り戻した彼は私のところに来てくれた。
 ヴァイスの魔法が解け、私はそれまでの疲れで体が動かなくなる。殿下は私の体をゆっくりおと起こさせて、床に刺さっていた剣を引きるいてヴァイスに向けた。彼が腰に下げている剣とは別のもので、刃こぼれしていない真新しいものだ。しかし、その剣先にはフルーガー王国の国王の首をはねたときに付着した血がついている。


「アイン、すみません。手を煩わせて」
「まだ言っているのか。いいといっているだろ。お前のせいじゃない。俺のために、いろいろやってくれたんだろ?」
「はい」
「今回は、ロルベーアに一発くらわされた。さすが、ロルベーアやることが一つも二つもとびぬけている」
「それは褒めているんですか? まったく……でも、お変わりないようで」


 彼の言葉を聞いて安心できた。本調子なようで、顔はあれからやつれているけれど、私の知っている殿下だと。それだけでうれしかった、心が温かくなった。
 本当は不安で、怒られるんじゃないだろうかと何度も思った。私のお粗末な作戦が成功するとも思っていなかった。だけれど、ゼイや、シュタールはうまくやってくれて、殿下も記憶をとりもどして……
 しかし、戦争を止めることはできなかった。戦争が起こることなく終わればいいと思っていたが、それだけは食い止めることができず、多くの血と涙が流れただろう。敵国とはいえ、フルーガー王国はヴァイスにほとんど操られていたようなものなのだから。
 冷戦状態、和平交渉をしようと何度も足を運ぶが、フルーガー王国はそれに応じなかった。自分たちの国には魔導士がいる。下手なことをしてみたら、戦争になると脅していたともいう。結局はいつか戦争になると、前々から言われていたらしい。だから殿下はそれが早くなっただろうと冷たく言い放った。遅かれ早かれ……と。ただ哀れにも、フルーガー王国の兵士たちはみなヴァイスに操られ、帝国に一方的に殴られる結果となってしまったけれど。でも、最悪のシナリオである共倒れ、どちらも壊滅というのはなさそうでそれはよかったというべきか。何にしても、戦争が起こらざるを得ない関係だったのだから、仕方ないのかもしれないが。


(さて、ここまでやってくれたわけだけど、彼をどう倒すかよね)


 顔を上げ、あの白い悪魔を見た。
 玉座に腰かけていた彼は、驚いたようにこちらを見て、爪をぎりっと噛む。


「どうやって、魔法を……僕の魔法は完ぺきだっただろ? どうして、ロルベーアは、それを……」
「さあ、愛の力じゃない?」
「そんなわけがあるか。魔法がそんなもので……! 呪いでもない限りは……」


 彼も結局は自分の魔法によっていた人間なのだと私は知ってしまった。
 彼ほど魔法が使えれば、人生うまくいくだろう。けれど、彼魔法も絶対ではなかった。国を覆えるほど、国に住む人間是認を操れるほどのラスボスのような魔法を持っていても、その魔法が途切れることだってあるわけだ。私もなぜ、抵抗できたか知らないが、魔法よりも、人の心というのは強いのではないかとそう思ってしまった。イーリスもいつかそう言っていたし。


(とはいえ、私も殿下が来なければ、この魔法が解けることはなかったでしょうけどね)


 かけられた魔法が何だったかはわからない。けれど、私が欲してしまった力というものを与えられ、私の体は与えられた力によって暴走していたのかもしれない。服従の魔法と、欲求を増幅させる魔法。そんな魔法があるのかすら怪しいが、魔法は何でもありだと思う。もし後者であれば、欲求が満たされた時点で切れたとか。それでも、魔法と呪いは違う。となるとやはり、私の魔法が解けたのは殿下の――


「ありえない……! ハハッ、ハハハハハハ! でも、最高だよ。そんな誤算……面白いね。いいよ、そうでなくっちゃ、面白くない」


 ヴァイスはそう笑いながら立ち上がった。
 殿下は私を抱きしめたまま、彼にさやから引き抜いたほうの剣を向け、私に先ほどの剣を握らせた。
 操られていたとはいえ、私は人を殺めてしまったのか、と罪悪感がやってくる。


「大丈夫だ。そんなことで嫌いにはならない」
「……アインには何でもお見通しですね」
「ああ。英雄としてまつってもいいぞ? あいつが裏で操っていたとはいえ、戦争を、宣戦布告してきたのはフルーガー王国の国王だからな。その王の首を打ち取った未来の皇后……いい話じゃないか?」
「嬉しくないです」
「まあ、ロルベーアが無事なだけで、みな喜ぶだろうな」


 と、どこまでが冗談で本気で言っているのかわからなかったが、殿下はふっと笑ってヴァイスをにらみつける。


「終わりにしようか。この間、決着をつけられなかったからな……それと、よくも俺の記憶を封じてくれたな。万死に値するぞ」
「ああ、血の毛が盛んなのはいやだね……ロルベーアに殺されるのが本望だったのなら、潔く殺されていればいいのに」
「まだ、伝えきれていないことがあるからな。死ぬのはそれからだ」


 そう言って殿下は床をけってヴァイスにとびかかった。ヴァイスは何重もの防御魔法で透明な盾を形成するが、殿下はそれをすべて切り捨てて前へ突進する。さすがは、魔法を切ることができる剣。その剣は真っ白く、汚れが一切ない。また、不思議な力がこちらにまで伝わって気、切り刻まれていく光の結晶を見ながら、私は自分に飛んできた流れ弾をよける。
 ゼイと、シュタールにある程度の護身術と、剣術を教えてもらった。といっても、付け焼刃というかまだまだなっていないし、自分の身を十分に守ることもできない。だが、少し訓練したこともあり、剣を握れるようにはなった。貧弱な私の手は剣を握って持ち上げ、ふるうことすらままならなかった。そう思えば進歩である。
 しかし、さすがに彼らの中に割って入れるほどの技量は持ち合わせていない。
 激しくぶつかりあう、赤と白を目で追うのもやっとだった。ヴァイスは四方八方から様々な属性の魔法で攻め立てるが、殿下はそれをすべて見切ったように切り捨て、彼との距離をつめていく。彼の剣がヴァイスをとらえそうになった瞬間、突然目の前に水の盾が現れた。それは殿下の剣を受け止めたように見えて、よく見ると斬撃をすべて吸収しているように見える。


「アイン!」


 私が叫んでも彼はよそ見をする余裕もないようだ。再び二人の戦いに割って入れずにいると、白い悪魔はにやりと笑って言った。


「ほんと厄介だよね……その剣。折れないしさあ……だから、受け止めるしかない!」
「くそっ!」


 ヴァイスは、このままでは負けると思ったらしく、殿下から剣を引きはがそうと考えたらしい。殿下の剣は水にからめとられ、彼の手から離れていく。殿下の剣は武器でもあり、防具でもあった。それが離れた今、殿下を守るものは何もない。
 口が三日月形に避けるほどヴァイスは勝ちを確信した顔で手を振り上げた。その一撃で殿下を確実に仕留めようと、今まで感じたことのない殺気が広がっていく。殿下には私が持っていた剣を投げて渡したが心もとなさすぎる。


「アイン!」
「離れていろ、ロルベーア!」


 私を巻き込まないと、来るな! と叫ぶ殿下。しかし、すでに私もヴァイスの攻撃の対象になっており、空中に無数の槍が出現し、今にも落下し私たちを串刺しにしようと狙いを定めていた。
 珍しく感情をむき出しにした悪魔は、勝利の雄たけびを上げていた。


「これで終わりだ、アインザーム・メテオリートッ! ――ッ!?」
「……っ」


 かはっ、とかすれた声が聞こえた。純白の悪魔は、ありえないというようにまた目を見開いた。瞳孔が開かれ、透明だ瞳大きく揺れている。彼が動揺しているということはここにいる誰もが見てわかることだった。


「……な、お前」
「終わりは貴方です。ヴァイス様……いや、ヴァイス・ディオス。わが兄」


 彼の胸を貫いたのは、ほかでもない、灰色の頭のシュタールだった。彼は静かに剣を引き抜き、彼から噴き出た返り血を浴びながら静かに膝から崩れ落ちた自分の兄を見下ろしていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

『番』という存在

恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。 *基本的に1日1話ずつの投稿です。  (カイン視点だけ2話投稿となります。)  書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。 ***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

処理中です...